第40話「どういう状況になったら、そうなるの?」
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「ああ。涼奈の看病のおかげか、なんとか回復したみたいだ」
日曜日の朝。
昨日は色々と予想外な出来事はあったが、涼奈の晩御飯を食べぐっすりと寝たら、すっかり体調も良くなってきた。熱も下がったし、体のだるさもほとんど感じない。一応、マスクは必須だろうけど、これなら明日から学校へ行っても問題ないだろう。
「良かった。お兄ちゃんが風邪ひくなんて、珍しいから」
「あー、確かにな。小学生の頃から、風邪なんてほとんど引いた記憶がない」
元気だけが取り柄ってわけじゃないけど、今まで小学校からずっと無遅刻無欠席をキープし続けている。
今回のことで、その記録も途絶えるか……と思っていたが、軽い症状で助かった。
……ただ、個人的には少し、学校へ行きづらいなと思うこともある。
「……杏子さん、大丈夫かな?」
と、まさに中野のことを考えていると、涼奈も同じことを思っていたようだ。
ただ、心配の内容は異なるが。
「中野が?」
「うん。だって、お兄ちゃんと一緒だったってことは、杏子さんも雨に打たれてたってことでしょ? 風邪ひいてないといいけど……」
「一応、昨日連絡した感じだと大丈夫みたいだったけどな」
「……あとで私も、念のため電話してみるね。杏子さん、一人暮らしなんでしょ?」
「そうだな。本人はそう言ってたぞ」
確かに、一人暮らしで風邪を引いたら色々と不便しそうだな。
俺ももう一度、メールでもしておくか……と、考えていると。
「そういえば。お兄ちゃんたちって、昨日はずっと外で雨が止むのを待ってたの?」
涼奈が尋ねてきた。
……そういえば、涼奈には昨日のこと、何も説明してなかったな。
「あー、そういうわけじゃないんだけど……」
さて、どう説明するか。
一応、昨日の帰り際に別荘のことを説明しても大丈夫か尋ね、許可は貰っている。
……まあ、正直に話した方がいいか。
「実はな、昨日は中野の実家が所有してるとかいう別荘に入れてもらったんだ」
「……へ? 別荘?」
あまりにも突飛な発言に、驚きを隠せない様子の涼奈。
というより、信じていない……?
「涼奈は中野の住んでるマンションを見たことないから知らないだろうけど、どうやら中野の家はかなりお金持ちらしい。中野も、随分広い部屋を持て余しながら一人暮らししてたからな」
「そうだったんだ、知らなかった……」
まあ、それでも別荘だなんて非現実的なもの、なかなかイメージは付かないだろうけどな。
「あの海岸、観光地として有名だろ? 中野の両親が気に入って、あの辺りに一軒家を買ったらしい。そう説明してたぞ」
気に入ったから家を買うって発想がすごいなと思いつつ。
その辺はまあ、感覚の違いがあるんだろうな。
「……てことは」
「うん」
「お兄ちゃんと杏子さん、その別荘で二人っきりだったってことだよね」
「……へ? そりゃ、まあそうだな」
「……やっぱり、私もお兄ちゃんたちと一緒のグループになっておけばよかった」
「いや、別に二人だったからって、何かあったわけじゃ……」
そう言いかけた時、不意に頭に浮かんできたのは。
『すき、だよ』
『だいすき』
という、中野が無意識のうちに発した言葉の数々。
「…………無いからな」
その回答を聞き、じっとこちらを見つめる涼奈。
「……な、なんだ。そんなにじっと見て」
「お兄ちゃん、杏子さんと何かあったでしょ?」
「い、いや? 何もないけど?」
「……はぁ。分かりやすすぎるよ、お兄ちゃん」
そう言うと、涼奈は呆れた表情を浮かべる。
……なんか、前にも中野に同じようなことを言われたことがあるような。とっさの出来事に弱すぎるのか、俺は。
「けど、そっか。杏子さんと、何かあったんだ」
「……別に、何かってほどのことじゃない。それに中野は、寝てたから覚えてないだろうし……」
俺としては、ごく普通のことを説明したつもりだった。
だが、それを聞いた涼奈は、突然大きな声で。
「杏子さんが寝てた!?」
「おお、ビックリした。ど、どうしたんだ涼奈……?」
「ねえお兄ちゃん、どういう状況になったら、杏子さんが寝てる隣にお兄ちゃんがいる図が完成するのか、聞いてもいいかな?」
「……へ?」
「しかも、何かあった時、杏子さんは寝てたから覚えてないんだよね。ねえ、お兄ちゃん。杏子さんと何があったか、じっくり説明してもらうよ?」
……待て。確かに俺の説明が悪かった。
これじゃ、勘違いされて当然じゃないか!
「ち、違うぞ。別にやましいことがあったわけじゃない!」
「そんなこと、別に聞いてないけど? 自分から言うって、怪しい……」
ああもう、墓穴掘ったみたいに言わないで!
「本当だ! ただ、中野が雷が苦手みたいでな……ひとまず隣にいてやったんだが、落ち着いたのか寝ちゃったんだ」
「……ふーん。そうなんだ」
信じていないのか、それとも別の意味を含んでいるのか。
涼奈は随分不服そうな表情である。
「それで、お兄ちゃん。その後どうしたの?」
「……これ以上は黙秘で」
「ええっ! ここまで説明したのに、どうして!?」
言えるわけないだろ!
中野が、寝言で俺の名前を呼んだ後に「好き」だと呟いたなんて!
そもそもあれは、俺に向けたものなのかも分からないしな。説明して、自意識過剰だと思われても仕方ない。
「……とりあえず俺はもう一回寝る! 涼奈も、昨日は疲れただろうからゆっくり休め!」
そう言い、強引に布団の中へと潜った。
「ああ、お兄ちゃん!」
すまんな涼奈。お兄ちゃんは卑怯なんだ。
翌日。
体調もすっかり回復し、いつも通り学校へ向かう準備をしていた時のこと。
──ピンポーン。
玄関のチャイムが聞こえてくる。
どうやら、今朝も中野が迎えに来てくれたようだ。
「やあ、涼太郎。おはよう」
いつも通りの表情。良かった、元気みたいだ。
土曜日のこともすっかり大丈夫な様子。
だが──。
「お、おう。おはよう……中野」
「ん? 涼太郎、何だか様子がおかしくないかい?」
「いや、いつも通りだ。問題ない、ああ問題はない」
駄目だ、流石に中野を見ていると、少し照れが入ってしまう。
……早いとこ、いつも通りにならなきゃな。
「それじゃ、学校へ行くか」
「え? ああ、うん。そうだね早くしないと……」
一方、何も知らない中野は、俺の様子に疑問を持った様子。勘繰られないように、意識しないようにしないとな。
「……あれ、涼奈ちゃん。どうかした? むっとした顔で、涼太郎を見つめて」
「……なんでもないです。なんでも」
一方、涼奈の様子も何だかおかしくて。
涼奈、今何を考えてるんだろうな……。
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