第39話「はい、あーん」

「……んんっ。あれ、僕は寝てたのか」

「ああ……随分と、気持ちよさそうにな」

「……っと、すまない。膝を借りっぱなしだったんだね」

「いや、それは別に構わないんだが……」

「おや、涼太郎。どうしたんだい、難しい顔をして」

「……お前、さっき自分が言ったこと、覚えてないのか?」

「さっき?」

「……いや、覚えてないならいいや」

「さて、何か変なことを言ってしまったかな?」

「変なこと……いや、変なことではないんだけど」

「……あれ。もしかして、涼太郎風邪ひいた?」

「え?」

「なんだか顔が赤い気がするんだけど、気のせいかな」

「……もしかしたら、そうかもしれないな」


 ああ。きっとこれは、風邪だろう。

 決して、さっき中野が言っていたことを、意識しているわけじゃない。

 ……断じてな。



 気づけば、雨はすっかり上がっていた。

 あれほどうるさかった雷もすっかりおさまり、来た時と同様に、電車を乗り継ぎ帰宅。

 一旦中野を家まで送ったのち、ようやく自宅へと戻ってきた。

 そして帰ってきた俺は、一日の疲れがドッと押し寄せてきたのか、そのまま力尽きるようにベッドに倒れこみ……。


「……お兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ……なんとか、大丈夫そうだ」


 気が付けば、涼奈の看病を受けていた。


「やっぱり、雨に打たれたのが悪かったのかな。熱、随分あるね」

「風邪なんて久しぶりだ……しんどいな、結構」


 というか、まさか本当に風邪を引いているとは思わなかった。

 確か、中野の家の前で解散したところまでは覚えている。だが、そこから先の記憶が曖昧だ。 

 ……よく中野を送って帰ってこれたな、俺。

 ちなみに、心配になって中野にも一応連絡を入れてみたが、どうやら向こうは大丈夫らしい。

 お見舞いに行こうかと尋ねられたが、丁重に断りを入れておいた。

 万が一移してしまったらよくないし、それに……まあ、今はちょっと顔を合わせづらいところもある。


 ……にしても、俺だけ風邪とは。まあ、疲れとか溜まってたのかもな。

 最近は、特に色々あったし。


「とりあえず、お粥でも作ってくるね」

「あ、もう晩御飯の時間か……すまん涼奈」

「大丈夫だよ。それより、今はゆっくり休んでて。無理したら、余計悪化しちゃうから」

「ああ、そうする……」


 そう答えると、涼奈は一旦部屋から出て行った。

 そして、一人きりになったところで……。


「中野のあれ、なんだったんだろうな」


 俺は、先ほど中野が口にしていた言葉を、朦朧とした意識の中でぼんやりと思い浮かべていた。


『すき、だよ』

『だいすき』


 そう口にする前、俺の名前を呼んでいたことも、ハッキリ覚えている。

 それが無ければ、ただ単に素敵な夢を見ているんだろう……と気にすることも無かったんだけど。 


 まさかとは思うけど、本当に俺のことが好きだとか、そういうことか?


 ……いや、それは流石に自意識過剰か。

 ついこの間、涼奈と似たような状況になっていたから、考えすぎているんだろう。


 ……そう、だよな?

 


「お待たせ、起きてる?」

「ん、起きてるよ」


 ぼーっと色々なことを考えていると、お盆を持った涼奈が部屋へと戻ってきた。

 湯気が立っている。どうやら、お粥を持ってきてくれたらしい。


「食欲、あんまりないかもしれないけど……」

「いや、そんなことないよ。ちょうど腹減ってたし、助かる」


 晩御飯を待つまでの間で、少しだけ体調も落ち着いたみたいだ。

 腹も減っている。この感じなら、余裕で食べられそうだな。


「良かった。それじゃ、どうぞ」

「……あの、涼奈さん?」


 てっきり、お盆ごと渡してくれるのかと思いきや……涼奈は、ベッドのすぐそばに座り、お盆に乗せられていたお粥をスプーンで掬い、俺の口元へとやった。


「せっかくだから、食べさせてあげようかなって。ほら、お兄ちゃん風邪ひいてるし」

「いや、確かに風邪は引いてるけど! 自分で食べられるから!」


 流石に、この年で妹からご飯を食べさせられるってのは恥ずかしいぞ!?

 だが、そんな俺の返答を聞き、しょんぼりした顔を見せる涼奈。


「……そっか。やっぱり、私に食べさせてもらうのなんて嫌だよね」

「いや、涼奈が嫌だって言ってるわけじゃなくて……」


 ぐっ……そんな顔されたら、食べないわけにはいかないじゃないか。


「……はぁ。分かった、食べるから」

「ほんとっ! それじゃ、はい!」


 そう答えると、先ほどまでの沈んだ表情が一変、満面の笑みに変わる。


「……涼奈、表情の割にあんまり悲しんで無かったな?」

「だって、そうでもしなきゃお兄ちゃん食べさせてくれないでしょ?」


 いや、確かにそうだけど。


「鈍感なお兄ちゃんには、これくらいしないと駄目かなって、ね。はい、あーん」

「……あむ」


 差し出されたお粥を口にする。

 ……美味い。確かに美味いんだけど、恥ずかしい。


「はい。それじゃ、次ね」

「…………むぐ」


 だが、結局流されるままに、最後の一口まで食べきり。


「……ごちそうさまでした」

「うん。それじゃ、片付けてくるね」


 完全に、涼奈のペースで食事は終わった。


【追記】

明日は一日更新をお休みします。

次回更新は17日になります。

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