第39話「はい、あーん」
「……んんっ。あれ、僕は寝てたのか」
「ああ……随分と、気持ちよさそうにな」
「……っと、すまない。膝を借りっぱなしだったんだね」
「いや、それは別に構わないんだが……」
「おや、涼太郎。どうしたんだい、難しい顔をして」
「……お前、さっき自分が言ったこと、覚えてないのか?」
「さっき?」
「……いや、覚えてないならいいや」
「さて、何か変なことを言ってしまったかな?」
「変なこと……いや、変なことではないんだけど」
「……あれ。もしかして、涼太郎風邪ひいた?」
「え?」
「なんだか顔が赤い気がするんだけど、気のせいかな」
「……もしかしたら、そうかもしれないな」
ああ。きっとこれは、風邪だろう。
決して、さっき中野が言っていたことを、意識しているわけじゃない。
……断じてな。
◆
気づけば、雨はすっかり上がっていた。
あれほどうるさかった雷もすっかりおさまり、来た時と同様に、電車を乗り継ぎ帰宅。
一旦中野を家まで送ったのち、ようやく自宅へと戻ってきた。
そして帰ってきた俺は、一日の疲れがドッと押し寄せてきたのか、そのまま力尽きるようにベッドに倒れこみ……。
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ……なんとか、大丈夫そうだ」
気が付けば、涼奈の看病を受けていた。
「やっぱり、雨に打たれたのが悪かったのかな。熱、随分あるね」
「風邪なんて久しぶりだ……しんどいな、結構」
というか、まさか本当に風邪を引いているとは思わなかった。
確か、中野の家の前で解散したところまでは覚えている。だが、そこから先の記憶が曖昧だ。
……よく中野を送って帰ってこれたな、俺。
ちなみに、心配になって中野にも一応連絡を入れてみたが、どうやら向こうは大丈夫らしい。
お見舞いに行こうかと尋ねられたが、丁重に断りを入れておいた。
万が一移してしまったらよくないし、それに……まあ、今はちょっと顔を合わせづらいところもある。
……にしても、俺だけ風邪とは。まあ、疲れとか溜まってたのかもな。
最近は、特に色々あったし。
「とりあえず、お粥でも作ってくるね」
「あ、もう晩御飯の時間か……すまん涼奈」
「大丈夫だよ。それより、今はゆっくり休んでて。無理したら、余計悪化しちゃうから」
「ああ、そうする……」
そう答えると、涼奈は一旦部屋から出て行った。
そして、一人きりになったところで……。
「中野のあれ、なんだったんだろうな」
俺は、先ほど中野が口にしていた言葉を、朦朧とした意識の中でぼんやりと思い浮かべていた。
『すき、だよ』
『だいすき』
そう口にする前、俺の名前を呼んでいたことも、ハッキリ覚えている。
それが無ければ、ただ単に素敵な夢を見ているんだろう……と気にすることも無かったんだけど。
まさかとは思うけど、本当に俺のことが好きだとか、そういうことか?
……いや、それは流石に自意識過剰か。
ついこの間、涼奈と似たような状況になっていたから、考えすぎているんだろう。
……そう、だよな?
「お待たせ、起きてる?」
「ん、起きてるよ」
ぼーっと色々なことを考えていると、お盆を持った涼奈が部屋へと戻ってきた。
湯気が立っている。どうやら、お粥を持ってきてくれたらしい。
「食欲、あんまりないかもしれないけど……」
「いや、そんなことないよ。ちょうど腹減ってたし、助かる」
晩御飯を待つまでの間で、少しだけ体調も落ち着いたみたいだ。
腹も減っている。この感じなら、余裕で食べられそうだな。
「良かった。それじゃ、どうぞ」
「……あの、涼奈さん?」
てっきり、お盆ごと渡してくれるのかと思いきや……涼奈は、ベッドのすぐそばに座り、お盆に乗せられていたお粥をスプーンで掬い、俺の口元へとやった。
「せっかくだから、食べさせてあげようかなって。ほら、お兄ちゃん風邪ひいてるし」
「いや、確かに風邪は引いてるけど! 自分で食べられるから!」
流石に、この年で妹からご飯を食べさせられるってのは恥ずかしいぞ!?
だが、そんな俺の返答を聞き、しょんぼりした顔を見せる涼奈。
「……そっか。やっぱり、私に食べさせてもらうのなんて嫌だよね」
「いや、涼奈が嫌だって言ってるわけじゃなくて……」
ぐっ……そんな顔されたら、食べないわけにはいかないじゃないか。
「……はぁ。分かった、食べるから」
「ほんとっ! それじゃ、はい!」
そう答えると、先ほどまでの沈んだ表情が一変、満面の笑みに変わる。
「……涼奈、表情の割にあんまり悲しんで無かったな?」
「だって、そうでもしなきゃお兄ちゃん食べさせてくれないでしょ?」
いや、確かにそうだけど。
「鈍感なお兄ちゃんには、これくらいしないと駄目かなって、ね。はい、あーん」
「……あむ」
差し出されたお粥を口にする。
……美味い。確かに美味いんだけど、恥ずかしい。
「はい。それじゃ、次ね」
「…………むぐ」
だが、結局流されるままに、最後の一口まで食べきり。
「……ごちそうさまでした」
「うん。それじゃ、片付けてくるね」
完全に、涼奈のペースで食事は終わった。
【追記】
明日は一日更新をお休みします。
次回更新は17日になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます