第41話「一体、二人の間に何があったの……?」

 ……お兄ちゃん、やっぱり杏子さんのこと意識してるのかな。

 今朝の様子を見ていると、いつもと違う雰囲気で杏子さんに接しているお兄ちゃんを見てしまい、つい不機嫌な顔をしてしまった。

 土曜日、お兄ちゃんたちの間に何があったんだろう……気になる。

 お兄ちゃんは教えてくれないし、杏子さんも寝てたから覚えてないみたいだし……けど、ああやってお兄ちゃんが意識してるってことは、それなりに大きな出来事があったに違いない。


「ううっ……気になる」


 結局、二人のことが気になって、授業に全く集中できなかった。

 やっぱり、あの日私もお兄ちゃんたちと一緒にいればよかった……。


「あれ? 涼奈、どしたん?」

「え?」

「いや、お昼ご飯の時間なのに、まだ日本史の教科書出しっぱなしだから」

「……あ、そうだね。すぐに片付けないと」


 お兄ちゃんたちのことを考えていると、気づけばもうお昼休みを迎えていた。

 いつも一緒にお昼ご飯を食べる相手──有紀が私のもとへやってきて、様子がおかしいことを指摘する。

 私は、慌てて机に出しっぱなしだった教科書を片付け、鞄からお弁当を取り出した。



「──あっ、そーだ。涼奈さ、この後ちょっと付き合ってくれない?」


 土曜日の話をしつつ、有紀と一緒にお昼ご飯を食べていると、不意にそんなことを言われた。


「付き合う? どこに?」

「部室。もう正式に入部しちゃおうかなって思って、入部届書いてきたんだよね」

「あ、そうなんだ。良かった」


 結局、有紀は入部することに決めたみたいだ。

 理由は……どうなんだろう。やっぱり、伏見先輩がきっかけだったりするのかな。


「部室なら、中野先輩もいるでしょ?」

「うん。お兄ちゃんと一緒にお昼ご飯食べてるらしいから、今日もいると思うよ」


 そう答えると、「えっ!?」と驚きを見せ。


「なになに、涼奈のお兄ちゃんと中野先輩って、付き合ってるん?」

「……へ?」

「だって、お昼ご飯一緒してるんでしょ? それも部室で」

「そ、そうらしいけど……付き合ってるわけじゃ、ないと思うよ」


 有紀に動揺がばれないよう、いつも通りを心掛け返事をする。

 杏子さんは、私のライバル。お兄ちゃんと付き合うつもりは無いって言ってたけど……やっぱり、こうやって勘違いされるのは、私としてもいい気分はしない。

 確かに、何も知らない人が見たら、お兄ちゃんたちが付き合ってたりするって思っても、不思議じゃないとは思うけど……やっぱり、複雑だ。


「案外、涼奈のお兄ちゃんが中野先輩のこと好きだったりして」

「ど、どうなんだろうね……あはは」


 乾いた笑いが生まれる。

 お兄ちゃんが杏子さんのことを好きだなんて……そんなこと!

 ……絶対に無いとは、言えない。

 そういえば、お兄ちゃんが杏子さんのことをどう思ってるのか、聞いたことが無かったな。

 友達だ、みたいなことを言ってたとは思うけど……女性として、杏子さんのことをどう思っているのか。それは、全く分からない。

 やっぱり、可愛いなとか、そういうこと思ってるのかな……。


 私と杏子さん、どっちが好きだとか、そういうことも……どうなんだろう。


「ごちそーさま。んじゃ、行こ?」

「え? ああ、うん。そうだね」


 駄目だ。今日の私、色々なことを考えちゃって、思考がまとまらない。

 ……とりあえず、お兄ちゃんと杏子さんの様子を見てから、また考えよう。



「失礼しまーす……って、あれ? 中野先輩一人ですか?」


 有紀と一緒に部室へ行くと、そこには杏子さんしかいなかった。

 お兄ちゃんは……どこか行ったのかな?


「ああ、二人とも。涼太郎なら、今日は用事があるとかで一緒じゃないよ」

「そうなんですか……お兄ちゃんが、用事……」


 なんだろう、気になるな。

 ……もしかして、顔を合わせづらくてわざととか、そういうわけじゃないよね?


「それより、二人はどうして部室に?」

「えっと、私が入部届を出そうと思ってて、それで持ってきたんですけど」

「そうだったのか。ありがとう、入部してくれる気になったんだね」

「はい! その……色々あって、決めました」

「けど、それなら僕じゃなくて顧問の鷹野先生のところへ持って行くといいよ。そうすれば、すぐに受理してくれるだろうから」

「あ、分かりましたー! それじゃ、ちょっと持って行ってきます!」

「うん。行ってらっしゃい」

「涼奈も、職員室行ってくるから先に教室戻ってていいよー」

「あ、うん。分かった」


 そう言うと、有紀は職員室の方へと行ってしまった。

 部室には、私と杏子さんが残る。ううっ……なんとなく、私も顔を合わせづらい。

 別に、私自身が何かあったわけじゃないんだけど……。


「ねえ、涼奈ちゃん」

「は、はい! なんでしょうか」


 急に名前を呼ばれ、思わず変な声が出てしまった。


「……どうしたの? 何だか、様子がおかしいみたいだけど」

「そ、そんなことないと思います……はい。全然、そんなことないです」

「……? そっか、それならいいんだけど。何だか、涼太郎の様子もおかしかったから、何か知ってるかなと思ったんだけど……」


 杏子さん、本当に知らないのかな。

 とはいえ、私も『土曜日にお兄ちゃんと杏子さんの間に何かがあった』ということしか聞いていないし……。


 ……よし、ここは思い切って。


「土曜日、お兄ちゃんと一緒に雨宿りしてたんですよね?」

「ああ。そういえば、涼太郎は体調大丈夫だったかい?」

「はい。日曜にはすっかり良くなってましたよ。それより……そこで、お兄ちゃんと何かあったんじゃないですか?」

「僕と涼太郎が?」

「そうです。だから、お兄ちゃんの様子がおかしいんじゃないですか?」


 というより、それでほぼ間違いない。

 お兄ちゃんのあの態度……絶対、変だもん。


「うーん……確かに、あの日は色々とあったけど……むしろこの場合、態度がおかしくなるのは僕の方というか……」

「杏子さんの方?」

「ああいや、何でもないよ。うーん……分かった。とりあえず、涼太郎に直接尋ねてみようかな」


 正直に答えるのかは分からないけど、と付け加える杏子さん。


 ……私も、何があったのか気になるな。

 お兄ちゃん、土曜日に杏子さんと何があったの……?

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