第42話「二人とも、そこで何をしてるんですか?」
意識しないように、と意識すれば意識するほど、中野のことを意識してしまう。
……駄目だ、自分でも何を言ってるのか分からなくなってきたぞ。
「……はぁ」
昼休み。俺は、適当な用事をつけて、久しぶりに中野との昼食をキャンセルした。
悠一に呼ばれたとか、先生から用事を申し付けられているとか……理由なんてのはどうでもよくて。俺はとにかく、一人になりたかったのだ。
中野が、俺のことを好きだと言ったわけではない。
ただ、寝ているときに俺の名前を出して、その直後に「好きだ」と言っただけ。もしかしたら、何か変な夢を見ていただけなのかもしれないし、俺の自意識過剰だと思われても仕方がない。
そう、頭では分かっているんだが。
ついこの間。状況は全く違えど、涼奈から告白をされたことも影響しているんだと思う。
今までだったら、同じようなことがあっても、ここまで深くは考えたりしなかっただろう。
ただ、発言の意図は、本人にしか分からない。
しかも、今回に至ってはその本人すら意識は無かったと来ている。
そうなると、もうどうすることもできず……。
「俺の考えすぎってことで、切り替えるしかないか……」
ひとまず、放課後は普段通りを心がけよう。
そう決め、ようやく涼奈の作ってくれたお弁当に箸をつけた。
……うん、美味い。
◆
「……あれ、涼奈は?」
放課後。いつも通り部室へと行くと、中野一人しかいなかった。
「ああ。多分涼奈ちゃんたちのクラスは、ホームルームが長引いてるんじゃないかな」
「なるほど……ん? たちって、どういうことだ?」
「そういえば、涼太郎はまだ知らないんだったね。実は、芹沢さんもこの部に入部するみたいだよ。お昼休み、部室まで来て教えてくれたのさ」
涼奈の友達の……なるほど、入部決めたのか。
「それより……」
「ん? どうかしたか、中野」
椅子に座ったままの中野は、こちらをジッと見つめ。
「どうかしたのは涼太郎、君の方じゃないか? どうしてそんなに、距離を置いて座っているんだい? いつもはこっち側に座っているのに」
すぐ近くの席を指さし、そう言う中野。
俺が座ったのは、中野の席とちょうど対面の、一番離れた席。
「……あ、いや。なんとなく気分で」
し、しまった。いつも通りを心がけようと決めたのに、無意識のうちに中野から離れてしまっている……!
これじゃ、怪しまれるのも当然じゃないか。
「気分? 不思議なことを言うね」
ごもっとも。
どんな気分になれば、わざわざこの場所に座ろうというのか。
すると、そんな俺を見て中野は「それに」と言葉を続け。
「今日の涼太郎、何だかおかしい気がするんだよね。……もしかして、わざと僕から距離を取ろうとしていないかい?」
ぐっ……! 全てバレていた。
「き、距離を取るだなんて……そんなこと、あるわけ」
「いいや。考えてみれば、今朝もそうだしお昼もそうだ。今だって、わざと離れた位置に座ったりして……」
「お、おい。中野……?」
そう言いながら、中野は席を立ち、徐々にこちらへと距離を詰めてきた。
それにつられるように、俺も思わず席を立ってしまう。
少しずつこちらへ歩みを進める中野に、つい距離を取ってしまおうと後ろへ下がった俺は、やがて壁に背中を付けるように立ち。
「ねえ、涼太郎。僕は君に、何かしてしまったかな?」
それに対して中野は、俺を壁際に追いやるようにして正面に立ち。
その右手を壁に当て、俺にそう尋ねてきた。
「ちょ、中野! 近いからいったん離れて!」
「いいや。教えてくれるまで、僕はここを離れる気はないよ」
この状況。いわゆる、壁ドンというやつだ。
けど、漫画やアニメなどとは違い、俺が中野に壁ドンをされていて……これじゃ逆壁ドンじゃないか!
すぐ目の前に中野の顔があり、思わず目をそらす。
こんなの、土曜日の一件が無かったとしても意識してしまうだろうが!
一瞬だが、間近で見て思う。中野、めちゃくちゃ綺麗な顔立ちをしているなと。
今まで、友達としてしか見ていなかったから忘れていたけど、そういえば中野は学年でもトップクラスの女子だ。
そんな女子から、これほどまでに接近されて……このままじゃマズい!
「ああ、中野の言う通りだよ! 俺は、今日一日お前を避けてた! ほら、正直に言ったからもう離れて!」
「まだだね。理由を教えてくれないと」
な、なんだと……。
理由なんて、教えられるわけが……!
「……どうやら、言うつもりは無さそうだね」
答えない俺を見て、中野が次の方法をと俺に質問を投げかける。
「何かしたのは、涼太郎の方かな?」
ふむ、と言いながら。
「それじゃ、僕の方かな?」
「……ッ」
「……なるほど。どうやら、何かしてしまったのは僕の方みたいだね」
だ、駄目だ……なんて分かりやすい奴なんだ、俺は。
このまま中野に質問をされ続けたら、いずれバレてしまうんじゃないだろうか……!
だが、無理やり中野をどけるわけにもいかないし……。
「普通に考えると、何かあったのは土曜日だろうね。僕は、あの日君に弱みを見せてしまったわけだけど……そうなると、様子がおかしくなるのは僕の方だと思うんだ。けど、何故か涼太郎、君の様子が変。そうなると……」
そう言い、中野は。
「もしかして、僕が寝ている間に、何かあったのかな?」
「……ち、違うと言ったら?」
「はぁ……どうやら正解みたいだね。涼太郎、その反応でなんとなくわかったよ。どうやら僕は、自分の意識が無い時に……涼太郎に、何か変なことをした。ああいや、もしかしたら変なことを言ってしまった可能性もあるのか。つまり、そういうことなんだね?」
「……」
答えない。否、答えられない。
「沈黙ということは、僕の予想は正解していたみたいだ。……さて、あとは涼太郎に何をしてしまったのか、という一番大事なところだけど──」
「──遅くなってすみま……え?」
そうして、中野と問答を繰り返していると。
ホームルームが終わったのか、涼奈と芹沢さんが、部室へとやってきた。
「……す、涼奈」
「ふ、二人とも……。そこで、何をしているんですか?」
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