第42話「二人とも、そこで何をしてるんですか?」

 意識しないように、と意識すれば意識するほど、中野のことを意識してしまう。

 ……駄目だ、自分でも何を言ってるのか分からなくなってきたぞ。


「……はぁ」


 昼休み。俺は、適当な用事をつけて、久しぶりに中野との昼食をキャンセルした。

 悠一に呼ばれたとか、先生から用事を申し付けられているとか……理由なんてのはどうでもよくて。俺はとにかく、一人になりたかったのだ。

 

 中野が、俺のことを好きだと言ったわけではない。

 ただ、寝ているときに俺の名前を出して、その直後に「好きだ」と言っただけ。もしかしたら、何か変な夢を見ていただけなのかもしれないし、俺の自意識過剰だと思われても仕方がない。


 そう、頭では分かっているんだが。


 ついこの間。状況は全く違えど、涼奈から告白をされたことも影響しているんだと思う。

 今までだったら、同じようなことがあっても、ここまで深くは考えたりしなかっただろう。

 ただ、発言の意図は、本人にしか分からない。

 しかも、今回に至ってはその本人すら意識は無かったと来ている。

 そうなると、もうどうすることもできず……。


「俺の考えすぎってことで、切り替えるしかないか……」


 ひとまず、放課後は普段通りを心がけよう。

 そう決め、ようやく涼奈の作ってくれたお弁当に箸をつけた。

 ……うん、美味い。



「……あれ、涼奈は?」

 放課後。いつも通り部室へと行くと、中野一人しかいなかった。


「ああ。多分涼奈ちゃんたちのクラスは、ホームルームが長引いてるんじゃないかな」

「なるほど……ん? たちって、どういうことだ?」

「そういえば、涼太郎はまだ知らないんだったね。実は、芹沢さんもこの部に入部するみたいだよ。お昼休み、部室まで来て教えてくれたのさ」


 涼奈の友達の……なるほど、入部決めたのか。


「それより……」

「ん? どうかしたか、中野」


 椅子に座ったままの中野は、こちらをジッと見つめ。


「どうかしたのは涼太郎、君の方じゃないか? どうしてそんなに、距離を置いて座っているんだい? いつもはこっち側に座っているのに」


 すぐ近くの席を指さし、そう言う中野。

 俺が座ったのは、中野の席とちょうど対面の、一番離れた席。


「……あ、いや。なんとなく気分で」


 し、しまった。いつも通りを心がけようと決めたのに、無意識のうちに中野から離れてしまっている……!

 これじゃ、怪しまれるのも当然じゃないか。


「気分? 不思議なことを言うね」


 ごもっとも。

 どんな気分になれば、わざわざこの場所に座ろうというのか。


 すると、そんな俺を見て中野は「それに」と言葉を続け。

「今日の涼太郎、何だかおかしい気がするんだよね。……もしかして、わざと僕から距離を取ろうとしていないかい?」


 ぐっ……! 全てバレていた。


「き、距離を取るだなんて……そんなこと、あるわけ」

「いいや。考えてみれば、今朝もそうだしお昼もそうだ。今だって、わざと離れた位置に座ったりして……」

「お、おい。中野……?」


 そう言いながら、中野は席を立ち、徐々にこちらへと距離を詰めてきた。

 それにつられるように、俺も思わず席を立ってしまう。

 少しずつこちらへ歩みを進める中野に、つい距離を取ってしまおうと後ろへ下がった俺は、やがて壁に背中を付けるように立ち。


「ねえ、涼太郎。僕は君に、何かしてしまったかな?」


 それに対して中野は、俺を壁際に追いやるようにして正面に立ち。

 その右手を壁に当て、俺にそう尋ねてきた。


「ちょ、中野! 近いからいったん離れて!」

「いいや。教えてくれるまで、僕はここを離れる気はないよ」


 この状況。いわゆる、壁ドンというやつだ。

 けど、漫画やアニメなどとは違い、俺が中野に壁ドンをされていて……これじゃ逆壁ドンじゃないか! 

 すぐ目の前に中野の顔があり、思わず目をそらす。

 こんなの、土曜日の一件が無かったとしても意識してしまうだろうが!

 一瞬だが、間近で見て思う。中野、めちゃくちゃ綺麗な顔立ちをしているなと。

 今まで、友達としてしか見ていなかったから忘れていたけど、そういえば中野は学年でもトップクラスの女子だ。

 そんな女子から、これほどまでに接近されて……このままじゃマズい!


「ああ、中野の言う通りだよ! 俺は、今日一日お前を避けてた! ほら、正直に言ったからもう離れて!」

「まだだね。理由を教えてくれないと」


 な、なんだと……。

 理由なんて、教えられるわけが……!


「……どうやら、言うつもりは無さそうだね」


 答えない俺を見て、中野が次の方法をと俺に質問を投げかける。


「何かしたのは、涼太郎の方かな?」

 ふむ、と言いながら。

「それじゃ、僕の方かな?」

「……ッ」

「……なるほど。どうやら、何かしてしまったのは僕の方みたいだね」


 だ、駄目だ……なんて分かりやすい奴なんだ、俺は。

 このまま中野に質問をされ続けたら、いずれバレてしまうんじゃないだろうか……!

 だが、無理やり中野をどけるわけにもいかないし……。


「普通に考えると、何かあったのは土曜日だろうね。僕は、あの日君に弱みを見せてしまったわけだけど……そうなると、様子がおかしくなるのは僕の方だと思うんだ。けど、何故か涼太郎、君の様子が変。そうなると……」


 そう言い、中野は。


「もしかして、僕が寝ている間に、何かあったのかな?」

「……ち、違うと言ったら?」

「はぁ……どうやら正解みたいだね。涼太郎、その反応でなんとなくわかったよ。どうやら僕は、自分の意識が無い時に……涼太郎に、何か変なことをした。ああいや、もしかしたら変なことを言ってしまった可能性もあるのか。つまり、そういうことなんだね?」

「……」


 答えない。否、答えられない。


「沈黙ということは、僕の予想は正解していたみたいだ。……さて、あとは涼太郎に何をしてしまったのか、という一番大事なところだけど──」


「──遅くなってすみま……え?」


 そうして、中野と問答を繰り返していると。

 ホームルームが終わったのか、涼奈と芹沢さんが、部室へとやってきた。


「……す、涼奈」

「ふ、二人とも……。そこで、何をしているんですか?」

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