第43話「もし、お兄ちゃんが」
状況を整理しよう。
いま俺は、壁に背中を付けるようにして立っている。そして、すぐ目の前には中野。俺は、そんな中野から壁ドンをされているわけで……もちろん、この状況は理由があっての事だが、何も知らない人が見れば、勘違いするのは仕方がないだろう。
それはもちろん、涼奈や芹沢さんも例外ではなく。
「え、もしかしてお邪魔でしたか!? すみません、気が利かなくって!」
「ち、違うぞ! 芹沢さんは今、ものすごい勘違いをしているはずだ! 涼奈も……って、涼奈?」
何やらとんでもない勘違いをしている芹沢さんと、死んだような顔でぶつぶつと何かを呟いている涼奈。
「お兄ちゃんと……杏子さんが……もしかして、遅かった……? けど、京子さんは……」
俺の必死の説明も、全く届いていない様子。
確実に、涼奈も勘違いをしているのだろう。
やがて涼奈は、ハッと意識を戻し。
「お兄ちゃん!」
「は、はいっ」
大きな声量で、俺のことを呼ぶ。
思わずつられ、俺まで大声で返事をしてしまった。
「いま、二人で何してたの?」
「何してたって……も、もちろん変なことはしてないぞ!」
何をしていたかと聞かれれば、中野から尋問を受けていたところだけど……涼奈に見られた状況を考えるに、それを信じてもらえるのかは分からない。
ひとまず、中野にも説明を頼もうと、彼女の方を見てみるが……。
「…………」
涼奈たちが来て、すぐに俺の元から離れ、近くに棒立ち状態になっていた中野を見ると、ほのかに顔を赤らめ、なんとも言えない表情で立ちすくんでいた。
今頃になって、冷静に自分の状況を把握したのだろう。
よく考えてみれば、あんなにも近づいて問答を繰り返す必要など無かったのだ。恐らく中野は、勢いだけで行動をしていたのだろうが……。
そう。あんな……まるで、キスするような距離で。
「……怪しい。もしかして、本当にお兄ちゃんと杏子さんは」
「ち、違うぞ! 涼奈が何を考えているのかは分からないが、決して変なことをしてたわけじゃない!」
「で、でも……」
「中野、お前からも説明をしてやってくれないか!? 俺だけじゃ無理だ!」
「え? ……ああ、そうだね。えっと、涼奈ちゃんと、芹沢さん。2人が考えているようなことはないから……その、安心して欲しい」
「……本当ですか?」
俺の返答を聞いている間は、全く信用してくれなかった涼奈だったが、中野の言葉は聞き入れてくれるみたいで。
「もちろん。前にも言ったと思うけど……ね?」
「──っ。そ、そうですよね……杏子さんは……」
やがて、はーっと一つ溜息をつき。
「……分かりました。杏子さんの言うこと、信じます。二人は何も無かったんですよね?」
「あ、ああ。単に中野から色々と質問をされていただけなんだ」
そうして、涼奈は納得してくれた様子。
芹沢さんは、どうなのか分からないけど……まぁ、最悪涼奈に説明をお願いしよう。
「──それじゃ、気を取り直して」
コホンと一つ咳払いをし、中野は自分の席へと戻る。
やがて、扉の前に立ったままの涼奈たちも、各々席へと座る。
それを見て、俺もいつもの定位置へと座り……少しして、先程の会話を思い出していた。
『前にも言ったと思うけど』
中野がそういった途端、あれだけ疑っていた涼奈の態度が急変した。
一体、中野は涼奈に何を言ったのだろうか。
◆
「いやー、今日はビックリしたね。涼奈」
部活終わり。
この間の経過報告も含めて、今日も有紀と一緒に帰ることになった。
有紀が言っている今日のことってのは……間違いなく、お兄ちゃんと杏子さんのことだろう。
有紀はビックリした、なんて表現を使っているけど……私からすれば、ビックリしたなんて言葉じゃ表しきれないくらい、あの瞬間、色んな感情が心の中で渦巻いていた。
お兄ちゃんと杏子さんが、まるでキスするような距離でお互い顔を見合わせていて……一応、私の勘違いだって説明はしてくれたけど、本当にそうなのかは分からない。
杏子さんは、前に「お兄ちゃんと付き合うつもりは無い」って言ってたし、大丈夫だとは思うけど……もし、仮に。
もしも、お兄ちゃんが杏子さんのことを好きになったら、どうなるんだろう。
今日、二人のことを見て、そんな不安が私の心に過った。
杏子さんは、お兄ちゃんのことが好き。
それは、本人の口からも聞いたし、間違いないと思う。
なのに、お兄ちゃんと杏子さんの間に何も進展がないのは、杏子さんから何もアプローチをせず、関係を進展させようという気がないから。
けど、もしお兄ちゃんが杏子さんのことを好きになって、自分たちの関係を進展させようとしたら……?
この間も、二人の間に何かあったみたい……主に、お兄ちゃんに何か重要なことがあったみたいだし。
「……やっぱり、このままじゃ駄目だよね」
「へ? 涼奈、何か言った?」
「う、ううん。なんでもないよ、なんでも」
独り言を聞かれていたみたいで、慌てて誤魔化す。
けど、決めた。
このままにしてたら、お兄ちゃんが杏子さんに取られちゃうかもしれないし。
──帰ったら、思い切って行動してみよう。
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