第44話「お兄ちゃん、今なんて言った?」

 ここ最近、色々なことがあったからだろうか。

 晩御飯とお風呂を済ませると、ドッと疲れが出て、急激な眠気に襲われた。

 時刻は二十一時。いつもであれば、まだ就寝するには早すぎる時間ではあるが、今日はその眠気に逆らうことが出来ず、身をゆだねるようにして、布団へと入ることを決めた。

 そして、眠りについて数時間が経っただろうか。


「──んんっ」


 違和感。

 それまで、快適に睡眠をとっていたはずの身体に、突如感じる謎の感触。

 まるで、誰かが布団の中に入ってきたかのような……。


「……ッ?!」


 何事かと、思わず目を開く。

 すると、俺の両目に映ったのは……。


「す、涼奈……!?」

 そこにいたのは、妹の涼奈であった。


「あ、お兄ちゃん。おはよう」

「ああ、おはよ……って、そうじゃなくて! こんなところで何してるんだ!?」

「何って、お兄ちゃんと一緒に寝ようかなって」


 ごくごく当たり前のことを口にしている。そんな口ぶりだった。

 ……いやいや、普通じゃないだろ!


「……涼奈、もしかして、また虹色グラフィティの真似事か?」


 虹色グラフィティ。

 涼奈が大好きなギャルゲー。以前は、涼奈がこのゲームに出てくる妹キャラクターの真似をして、俺に対して色々なことを行ってきていた。

 もしかして、今のこの状況もゲームの……と疑ってしまうのは、仕方ない。

 だが、涼奈は。


「いいや、今回のは違うよ」

 と、答えるのである。


「……それじゃ、どうしてこんなところに」

「言ったでしょ、お兄ちゃんが私のことを好きだって言ってくれるように頑張るって」

「それは……まあ、確かに言ってたけど」


 以前俺は、妹の涼奈から真剣ガチ告白を受けた。

 結局その時は、その告白を断わったが、結局涼奈は俺のことを諦めることはないらしく、色々な形でアプローチをすると宣言をされた。

 確かに、そうは言っていたが……。


「……お兄ちゃん、もしかして緊張してる?」

「ばっ、そんなわけが……!」


 嘘である。

 緊張という表現が正しいのかは分からないが、俺は今、確実に涼奈のことを意識していることには間違いない。

 涼奈から告白を受け、妹としてではなく、一人の女性として意識してしまう場面が増えてしまった今、同じ布団の中で、それもこんなにも間近な距離で接するなんて……そんなの、意識しない方が無理だって話だ。


 心臓の鼓動が響く。

 涼奈から漂ってくる、女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、時折触れる涼奈の柔肌が、更に涼奈のことを意識させようとしてくる。


「……嬉しい。お兄ちゃん、ちゃんと私のことを意識してくれてるんだ」

「……はぁ。もう何とでも言ってくれ。仕方ないだろ、こんな距離で涼奈と接するなんて久しぶり……いや、初めてか」

「うん、多分初めてだと思うよ。だってほら、私もすごく緊張してて……」


 そう言いながら、涼奈は俺の手を握った。

 本人の言う通り、緊張からか、少しだけ汗をかいているのが伝わってきた。

 ……そういえば、涼奈とこれほどの距離になるのは初めてだけど、最近は中野とも似たような状況になってたっけ。

 流石に、同じ布団の中で寝るなんてことはあり得ないけど……あの時も、状況としては同じようなもので……。


 なんてことを、ぼんやりと思い浮かべていると。


「──いてっ」

 俺の手を握る涼奈の力が、急に強くなった。


「お兄ちゃん、今、私以外の人を思い浮かべてたでしょ」

「い、いや……そんなことはないぞ?」


 また、口に出していないのに見透かされてしまった。

 どうしてこう、俺という人間はこんなにも分かりやすい性格をしているのか。


「……杏子さんのこと、だよね」


 やはり、俺の嘘は通用することは無かった。

 涼奈は俺が、今何を考えていたのか。気づいていたらしい。


「お兄ちゃん、この間言ってたよね。杏子さんと何かあったって」

「……まあ、雷の時にな。苦手だって言うから、側にいてやったが」

「それだけじゃ、ないんでしょ?」


 涼奈の声色が、少し強張った気がした。


「今日のお兄ちゃん、明らかに杏子さんのこと意識してたよね。それに、放課後に部室で……」

「ち、違うぞ! 念のためにもう一度言っておくが、あれは本当に中野から尋問をされてたんだ」


 慌てて否定する。


「……その、中野も、今日の俺の様子が変だってことを気にしてたみたいでな。理由を尋ねられてたんだ。それで、結果的にああいう状態になったんだが……」


 改めて説明しながら思う。

 どうして尋問を、壁ドンされながら受けていたんだろうか。俺は。


「……まあ、その話は分かった。お兄ちゃんたちを信じるって言ったし」

 まだ半信半疑な様子の涼奈は、こう続ける。


「けど、私は怖いんだ」

「怖い? 何が……」

「お兄ちゃんが、杏子さんのことを好きになっちゃうんじゃないかって」

「……す、好き!? 俺が、中野のことをか?」


 突飛な話だった。

 思わず俺も、それまで抑えていた声のボリュームが大きくなってしまう。


「だって今日のお兄ちゃん、杏子さんのことを意識してたみたいだし……土曜日に何かあったって言ってたし、今日のことだってあったから……もしかしたら、お兄ちゃんが杏子さんのことを好きになっちゃうんじゃないかなって思って」


 確かに、中野との間には色々とあった。

 それこそ、涼奈と同じように、中野のことを女性として意識してしまうことだって……。

 ただ、そこから中野のことを女性として好きになるかと言われれば、それは……。


「……中野はいい友達だよ。今のところは、それ以上もそれ以下も無い」


「けど……」


「"確かに、中野から好きだって言われてビックリはしたが"、だからといって俺が中野のことを……」



「え?」



 ……ん?



「お兄ちゃん、今なんて言った?」

「いやだから、俺が中野のことを好きになるってのは……」

「その前。何か、言ったよね」


 ……待て。俺は今、何を口走った?


「杏子さんから好きって言われたって、どういうこと?」

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