第45話「……モヤモヤ、する」
起きた。
いや、正確には起こされたというのが正しいか。
つい先ほどまでベッドに寝ていたはずの俺は、涼奈に「ゆっくり話を聞かせて」と言われ、気が付けばテーブル越しに相対するように、椅子へ座らされることとなった。
灯りが眩しい。ずっと暗闇の中にいたのだから、それも当たり前のこと。
……しかし、今はそんなことに気を取られている場合ではなさそうで。
「それじゃ、ゆっくり話を聞かせてね。お兄ちゃん」
静かに、涼奈がそう言う。
怖い。別に、怒られているわけではないんだけど……この雰囲気が。
「杏子さんから好きって言われたって、どういうこと?」
「い、いや……それは、その……」
口が滑った、なんてレベルじゃない。
どうしてあの時俺は、あんなことを言ってしまったのか。
気が抜けていたと言えば、確かにそうかもしれない。寝起きだったからとか、涼奈が隣で寝ていたことにビックリして、冷静じゃなかったからとか……挙げようと思えば、いくらでも理由は挙げられる。
しかし、そんなことをしても意味は無い。
起こってしまったことを、今更どうすることもできないからだ。
「お兄ちゃんの様子がおかしかったのって、それが原因だよね?」
正解だ。俺が中野に対して距離を取ってしまったのは、土曜日の一件があったからなのは間違いない。
もちろん、中野はそのことを知らないし……涼奈も、知るはずは無かったのだが。
……駄目だ、もう誤魔化しても無駄だろうな。正直に話すのが、きっと正しい選択肢だと思う。
「ああ、そうだ。涼奈の言う通りだよ」
「……そ、そうなんだ」
俺の答えを聞き、涼奈は下を向く。
ただ、別に告白をされたわけじゃない。そのことは、しっかり答えておかなきゃ。
「といっても、中野は寝てたからな。俺の名前を出して、その……好きだなんて寝言を言ってたけど、正直本当に俺のことをどう思っているのかは分からない。変に距離を取ったのは、俺が考えすぎというか、ちょっと自意識過剰になってたところも──」
そこまで話をするも、涼奈の様子が何だかおかしいことに気づき、一度話を止める。
「涼奈、どうかしたか?」
「……え?」
「いや、何だかボーっとしてたみたいだから」
「う、ううん。何でもないよ、ちょっと考え事をしてただけだから……」
そう言うと、涼奈は。
「……ちょっと、考え事したいから部屋に戻るね。起こしてごめん、お兄ちゃん」
「へ? ああ、それは別に構わないけど……」
「それじゃ、お休み。お兄ちゃん」
「お、おやすみ……」
スッと席を立ち、自分の部屋へと戻っていった。
……やっぱり、正直に話さない方がよかったのだろうか。
鈍い俺でも、流石に分かる。
涼奈は……俺のことを好きだって言ってたからな。そんな涼奈にとって、この話は決して楽しいものではなかったと思う。
きっとそれは、俺の考えすぎなんかじゃなくて……。
涼奈に、悪いことをしてしまったな。
◆
否定して欲しかった。
さっきのは言い間違えだ。別に、杏子さんから好きだなんて言われてないよって、否定して欲しかった。
けど、返ってきた答えは、私の質問を認めるもので。
「……杏子さん、どうしてお兄ちゃんに」
杏子さんは言っていた。自分は、
別に、そのことを聞いて、安心していたわけじゃない。
ただ、あの時の杏子さんは、決して嘘をついているようにも見えなくて……。だから、お兄ちゃんに好意を告げた理由が、どうしても分からなくて。
そのことばかり考えていて、結局お兄ちゃんの話を最後まで聞くことができなかった。お兄ちゃん、何か喋ってたみたいだけど……何だったんだろう。
今更、もう一度聞かせて欲しいだなんていえないし……それに、今は杏子さんがどうしてお兄ちゃんに好きだって気持ちを伝えたのか、そればかりが気になって仕方ない。
「……モヤモヤする」
誰に対しての感情なのか分からず、心の中に留めるしかない、この感情。
もし、お兄ちゃんが杏子さんのことを好きになったら。
そんな不安から生まれたモヤモヤは、さっきの話を聞いて更に大きくなり……かといって、誰かに相談するわけにもいかず。
結局答えを出すことは出来ないまま、眠りに落ちてしまうのであった。
翌朝、私は自然に、いつも通りお兄ちゃんと接することができた。
昨日のことを、忘れたわけじゃない。
今だって、心の中には色々な感情が渦巻いている。
けど、それをお兄ちゃんにぶつけてしまうのは間違っている気がするし……もう少し落ち着いたら、またゆっくり話をしてみようと思う。
……ただ、それにしても。
妹とはいえ、女の子が寝ているベッドに入ってきたんだから、もう少し意識してくれてもいいんじゃないかな、とは思う。
私が自然で接するように、お兄ちゃんも、いつもと変わらない様子。
確かに、昨日は寝る前にあんな話をしたけれど……でも、私が忍び込んだのは紛れもない事実で。
少しくらい、私と顔を合わせづらいなんて態度を見せてくれてもいいと思うんだけどな。
──ピンポーン。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴り響いた。
どうやら、杏子さんが迎えに来てくれた様子。
「──っと、中野が来たか」
そのチャイムを聞き、どこか落ち着かない姿のお兄ちゃん。
ついさっきまでいつも通りだったのに、杏子さんが来たと分かった途端、様子が変わる。
──ッ。
そんなお兄ちゃんを見ていると、何だか胸がキュッと締め付けられるような気がして……。
昨日からずっと胸に残り続けているモヤモヤとした感情が、また少し大きくなった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます