第46話「そんな、まさか」

「ごめんね、涼奈ちゃん。急に呼び出したりして」


 放課後。部活動が終わり、お兄ちゃんたちと一緒に帰ろうと準備をしていると、杏子さんに呼び止められ、これから時間を作ってほしいとお願いをされた。

 そうして私と杏子さんは、以前も一緒に訪れた学校近くの喫茶店へとやってきた。

 このタイミングでの呼び出し……多分、お兄ちゃんのことだと思うんだけど、一体何を聞きたいんだろう。


「あ、いえ。ちょうどよかったです。私からも話があったので……」


 昨日ほどではないけど、やっぱりお兄ちゃんは、まだ杏子さんのことを意識しているようだった。

 察しの良い杏子さんなら、お兄ちゃんの様子がまだおかしいことにも気づいているはず。

 ただ、昨日までとは少し違って……今回、お兄ちゃんがどうして杏子さんのことを意識しているのか、その理由を私は知っている。


「話? 涼奈ちゃんが、僕に?」

「そうです。けど、先に杏子さんからどうぞ。今日だって、もともとは杏子さんが用事があったみたいですし」


 昨日の夜、お兄ちゃんが話をしてくれた出来事──杏子さんが、お兄ちゃんに好きだって気持ちを伝えたこと。それが、原因だって。

 杏子さんは言っていた。

 自分は、涼太郎おにいちゃんに思いを伝えることはしないと。

 決して、杏子さんが悪いことをしたわけじゃない。私も別に、怒っているわけでもない。


 ただ、知りたいだけ。


 どうして杏子さんは、お兄ちゃんに告白したのかって。

 そして、お兄ちゃんはそれに、どう返事をしたのかって。


 私の聞きたいことはそれだけ。ただ、杏子さんが私に聞きたいこと。それが全く見当がつかなかった。

 家でのお兄ちゃんの様子を話せばいいんだろうか。それとも、もしかしてお兄ちゃんのことじゃなかったり……。


「それじゃ、聞きたいんだけど……最近、涼太郎の様子がおかしいんだよね。本人に尋ねてみたら、僕が何かしてしまったみたいなんだけど……何か、心当たりはないかな」

「──え?」


 一瞬、思考が止まった気がした。

 だって、杏子さんの質問の意味が、よく分からなかったから。


 土曜日に、杏子さんはお兄ちゃんのことを好きだと言った。これは、お兄ちゃんの口から聞いたことだし、間違いないと思う。

 それに対して、お兄ちゃんがどう返答したのか。結局それは聞きそびれちゃったけど、二人の感じを見ていると、付き合ったりだとか、そういうことになっていないと思う。


 そして、その後からお兄ちゃんの、杏子さんに対する態度がおかしくなった。

 そんなの……杏子さんが考えるまでもなく、土曜日の一件が理由に違いない。


 だけど、杏子さんは。


「全く心当たりが無いんだ。土曜日に、何か涼太郎に対して言ってしまったみたいなんだけど、結局──」


 全く、分からなかった。

 どうして、告白した張本人が知らないフリをするのか。

 そして……どうしてそれを、私に言うのか。

 お兄ちゃんのことを好きだって知ってるはずの杏子さんが、どうして……。


「──っ」


 昨日からずっと胸に残り続けていたモヤモヤが、より大きくなった気がする。


 痛い。

 土曜日、一体二人の間に何があったのか。

 この間、二人で部室で何をしていたのか。

 お兄ちゃんは、杏子さんの告白にどう返事をしたのか。

 杏子さんのことを好きなのか。

 どうして今、杏子さんは私にこんな話をしたのか。


 ここ最近の出来事を思い出して、胸がズキズキと痛む。


「おや、涼奈ちゃんどうした──」

「──お兄ちゃんに、告白したんですよね」


 そうして、私は。

 結局、我慢をすることが出来なくなって……今日、杏子さんに聞こうと思っていたことを、口にした。


「土曜日、お兄ちゃんに好きだって告白したんですよね」

「……え?」


 だが、杏子さんの反応は。


「僕が涼太郎に……告白? そんな、まさか」


 何を言っているのか分からない。そんな表情と、言葉だった。


「けど、お兄ちゃん言ってました。杏子さんから、好きだって言われたって。だからここ最近、意識してるんだって」


 最後の言葉は、私が勝手に想像しているもの。

 だけど、きっとそれは間違いじゃない。


「……ありえないよ。だって僕は、涼太郎に自分の気持ちを伝えることは絶対にしないって、決めてたんだ。だから……」


 私に向けての言葉なのか、それとも独り言なのか。

 ぶつぶつと杏子さんは言葉を呟き、そしてハッと何かに気づいたような素振りを見せ。


「──そうだ。涼太郎は確か、寝てる間にって」

「き、杏子さん……?」


 あまりの変化に、思わず名前を呼んでしまう。

 今までに見たことない様子だった。うろたえているのか、それとも落ち込んでいるのか。もしくは、全く別の感情なのか。

 とにかく、今まで杏子さんと関わってきて初めて見る姿に、私が戸惑ってしまっている。


 もしかして、お兄ちゃんから聞いた話と、杏子さんの認識に、何かズレがあったりしたのだろうか。

 私はただ、杏子さんがお兄ちゃんに告白したって聞いて、それを尋ねたかっただけなのに……。

 

 やがて、無言だった杏子さんは。


「……ごめんね、今日はもう帰るよ」

「え? あ、杏子さん──!」


 私の呼びかけにも応じず、お金だけおいて先に帰ってしまった。



 そして、その翌日から。

 杏子さんは、部活へ来なくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る