第22話「どういう、ことなんだ?」

「……ちゃん、起きて」


 ぼんやりとした意識の向こうで、誰かが何か喋っているのが聞こえてくる。

 更に言えば、先ほどから何やら体を揺らされているような感覚も……って、これ夢じゃないな。


「お兄ちゃん、朝だよ。起きて」


 現実だということを認識し、パッと目を覚ます。

 すると、目の前にいたのは……妹の涼奈だった。

 先ほどから聞こえてきた声は、涼奈の声。体を揺らされていたのも、どうやら俺を起こすために行っていたみたいだ。


「……す、涼奈?」


 しかし、そのことに気づいてすぐ、ある疑問が頭に浮かんできた。

 今まで、涼奈に起こされたことなんて一度もなかった気がするが……。


「あ、やっと起きた。おはよう、お兄ちゃん」

「あ、ああ……おはよう」


 もしかして、無意識のうちに目覚ましを止めてしまっていたのだろうか。

 そう思い、枕元に置いてある時計を見るが、時刻は七時前。いつも起きる時間より、少しばかり早い。

 つまり、まだ目覚ましは鳴っていないということだ。


「どうしたんだ、涼奈。何か用事でもあったか……?」


 もしかすると、急を要することがあったのだろうか。

 そう思い、尋ねてみるが。


「ううん。別に、何もないよ。ただ……今朝は、何だかお兄ちゃんを起こしてあげたくなったから」


 と、答えるものだから、全く理由が分からずじまいだった。


「それじゃ、早く朝ごはん食べよう? のんびりしてると、杏子さん来ちゃうよ?」

「そ、そうだな。とりあえず着替えたらすぐに下へ降りるよ」

「うん、わかった」


 結局、そう言い涼奈は部屋を出て行ってしまった。

 ……な、なんだったんだ。今のは。

 確かに、ここ最近の涼奈は、今までにない行動を俺に見せている。昨日の夜、勉強を教えてあげたこともそうだし、ついさっきの出来事もそうだ。

 明らかに、涼奈の様子はおかしい。

 理由を尋ねても、毎回はぐらかされるというか、はっきりとした理由も教えてくれないし……。

 そんな時、ある一つの考えが頭に浮かんできた。


『虹色グラフィティ』


 つい昨日の夜、プレイしたばかりのギャルゲー。そのケースを手に取る。

 ヒロインの高峰奏を攻略途中に抱いた違和感。もしかして、何か関係があるのか……?


「とりあえず、今夜もプレイして……」

「──あ、お兄ちゃん」

「す、涼奈!? どうした」


 てっきりもうリビングへと向かったのかと思い油断していると、涼奈が突然部屋に戻ってきた。

 慌てて、手に持っていたケースをその場に隠す。


「いや、週末の予定のことを聞こうと思ったんだけど……どうしたの?」

「ん? ああいや、何でもない。それより週末だよな……とりあえず、今考え中だから、もう少し待っててくれ」

「うん。……それじゃ、お兄ちゃんにお任せするね」

「ああ。任せてくれ」


 楽しみにしてるから。そう言い、今度こそ涼奈は一階のリビングへと向かった。

 ……ふう、焦った。

 とりあえずこれは、涼奈に見つからないよう隠しておかないとな。

 あとは……週末の予定。これも決めておかないと。



「……よし、早速続きをプレイするか」


 帰宅した俺は、さっさとやるべきことを済ませ、昨日と同じく『虹色グラフィティ』を起動した。

 これで、ようやく涼奈に対して抱いていた違和感を、払しょくすることができるはず。


 一日中ずっと頭の片隅で考えていたが、やはり俺の勘違いなはずだ。

 涼奈が……まさか、そんなはずはない。

 昨日、たまたま高峰奏が作中で行っていたことと似たようなことを経験していただけで、きっとそれは偶然だろう。

 今日プレイしていけば、それは分かるはず。

 うん……きっと、今日は昨日みたいなことは起こらない。


 そう、思っていたんだけど。


『お兄ちゃん、勉強教えてもらっていい?』

『起きて、お兄ちゃん』


 そして──。


『今週末、一緒にデートして欲しいな』


 ヒロイン、高峰奏の行うアプローチは、すべて見覚えのあるものばかりだった。

 勉強を教えたり、朝起こしてもらったり。

 そして……週末に、デートへ誘われたり。

 

 もし、これだけを見ていれば、偶然だと片付けたかもしれない。


 けど、昨日『脱衣所の出来事』、『お弁当を作る』、そして……『ソファで隣同士座って、テレビを見る』というアプローチを見た俺は、どうしてもこれを、偶然という形で納得することができなかった。


「……どういう、ことなんだ?」


 浮かんでくる答えは一つ。

 だが、そんなわけない。涼奈が、そんなはず……。

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