第21話「偶然、だよな」

『虹色グラフィティ!』


 そんなタイトルボイスを聞き、さっそくニューゲームを押す。

 すると画面が切り替わり、主人公の語り──いわゆる、プロローグ部分の物語がスタートした。

 大体の世界観は説明書で把握していたが、なるほど。なかなかに複雑な家庭に生まれたんだな、主人公と妹の奏って子は。

 子供の頃の回想シーンでは、妹と離ればなれになってしまう可哀想なシーンが展開され、それから数年後……という形で舞台は移り、両親の再婚が決まって、また家族四人一緒に暮らし始めるところで、丁度導入部分は終わった。

 それにしても……この奏って子は、主人公とまた一緒に暮らせるのが本当に嬉しいんだな。

 主人公の前では抑え気味だが、自分の部屋に戻った途端喜びを爆発させるって描写を見るに、今までずっと我慢していたんだろう。

 さて、先ほどの説明書によれば、まずはこの妹キャラである奏ちゃんを攻略しなければ次のヒロイン攻略にたどり着けないらしい。

 よって、このゲームを最後まで楽しむには、まずメインヒロインの攻略からスタートしなければならないのだが……。


「……なんとなく、やりにくいな」


 実際に兄という立場である以上、妹キャラの攻略というのは思った以上に複雑な心境だ。

 もちろん、ゲームはゲーム。現実と区別して考えなきゃいけないというのは分かっているが……まあ、あまり気にしすぎても仕方ないか。

 このゲームをプレイしていく上で、奏ちゃんという子の攻略は避けて通れない道。

 ここはしっかり切り替えて、ゲームを楽しんでいくとしよう。

 そう思い、一度止めた手をもう一度動かすと……。


『お兄ちゃん、お弁当……食べてくれる?』


 ちょうど、奏ちゃんがお弁当を作ってくれるシーンに到達した。

 一緒に暮らし始めて二日目のこと。どうやら、お昼ご飯用にお弁当をこしらえてくれたらしい。そういえば、キャラクター紹介欄にも『特技:料理』って書いてあったっけ。

 読んだところ、母親の手伝いという形で晩御飯も作っているらしい。

 なるほど、料理上手な妹か……ん?


「……なんか、聞いたことあるな」


 つい先ほどゲームはゲームと切り替えたばかりなのに、思わず涼奈の顔が浮かんでしまう。

 いかん。それはそれ、これはこれだ。


 そうして、改めてゲームを続ける。今度は、妹と脱衣所で鉢合わせしてしまう……いわゆる、お約束シーンってやつだ。

 十八禁ゲームではないので、もちろんタオルや謎の光で大事な部分は隠されているものの……ゲーム内の主人公は、バッチリと裸を見てしまっているわけで。

 これ、主人公はこの後気まずいだろうなぁ。

 そんな、謎の感想を抱いてしまった。兄妹とはいえ、やはりその辺りは気を遣うものである。

 現に俺も、ついこの間似たようなことがあったしなぁ……気持ちは分かるぞ、主人公。

 幸い、妹の寛大な心で許しは得たものの、あれ以来脱衣所へ入る前は、しっかり鍵がかかっているかを確認する癖がついてしまった。


 と、そんなことを考えながらゲームを進めていると、今度は妹視点の物語展開へと移った。

 これまではずっと主人公視点で進んでいたから、ここでようやく妹の心の内だったり、そういう部分が楽しめるみたいだ。


『お兄ちゃんのために、明日からお弁当を作ってあげよう』

『お兄ちゃん、喜んでくれるかな……』


 部屋で献立を考えながら、物思いにふける妹、奏。

 どうやら、兄と離ればなれになってから、ずっと料理の勉強をしてきたらしい。

 兄妹だからと諦めるのではなく、兄と結ばれたい。そのために、色々なアプローチを頑張ってしていく。お弁当作りも、最初の一歩。


 先ほどのお約束シーンも、実は奏のアプローチの一つだったらしい。

 わざと脱衣所の鍵を開けたままにして、兄と遭遇することを狙う。

 鈍感な兄に、少しでも自分のことを『妹』ではなく『女性』として意識させたい……そんな思いで、実行したんだとか。


 ……まあ、確かに主人公結構鈍感だもんな。


 こっちは、妹の視点もプレイできるから、奏ちゃんが主人公を好いていることは知っているが……この主人公は、妹の気持ちに全く気付いていない。

 やれやれ……頑張ってくれ、主人公。そして奏ちゃん。

 そんな、謎の応援をしつつゲームをプレイしていると。


『か、奏? どうしたんだ、急に』

『んー、お兄ちゃんと一緒にテレビが見たい気分だったの』

『そ、そうか……なら、別にいいんだけど』

 

 今度は、ソファに座っている兄のすぐ隣に奏ちゃんがやってきて、肩がくっつくような距離で、一緒に座ってテレビを見るというシーンに突入した。

 突然のことに慌てふためく主人公。どうやらこれも、奏ちゃんのアプローチの一つみたいだ。


「……ん?」


 だが、俺はそんな二人のシーンを眺めていて、なんとなくデジャブのようなものを感じていた。

 なんだか、前に似たような経験をした気が……そうだ。

 つい先日、涼奈と同じような状況を作ったような気がする。

 あの日は確か、急に涼奈がリビングにやってきて……それで、俺が座っているソファの隣に、突然腰かけて……。


「……偶然、だよな」


 チラッと時計を見ると、すでに深夜一時を回っていた。

 明日も学校がある。そろそろ寝ないとマズい時間帯だ。


「……とりあえず、セーブして終わろう」


 なんとなく、胸に引っかかるものを覚えながら……結局この日は、ここで中断することとなった。

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