第20話「お兄ちゃんに、教えてほしいなって」

「あ、お兄ちゃん」


 放課後、少し遅れて部室へ向かうと、すでに涼奈と中野が活動を始めていた。

 といっても、いつも通りただ雑談をしているだけだが。


「やあ涼太郎。ちょうど今、涼奈ちゃんと涼太郎の話をしていたところだよ」

「き、杏子さん!」


 少し慌てた様子を見せる涼奈。

 なんだなんだ、二人揃って俺の話なんて……一体、何を話題にすることがあるのか。


「一体何の話をしてたんだ。ちょっと怖いな」

「いやなに、涼奈ちゃんの涼太郎に対する接し方が、少し柔らかくなった気がしてね。そのことをちょうど尋ねていたんだよ」

「ああ、なるほど……」


 恐らく今朝の登校時に、俺たちを見て思ったのだろう。

 確かに中野の言う通り、涼奈は変わった。劇的な変化っていうほどでもないけど、少なくとも昨日までよりかは柔らかくなったとでも言えばいいのか……。


「けど、やっぱり勘違いじゃなかったみたいだね。どうやら涼太郎と涼奈ちゃんは、無事仲直りできたそうじゃないか」

「仲直り……ってのとは、ちょっと違う気もするが」


 別に喧嘩してたわけじゃないからな。


「まあ、以前よりは仲も良くなったんじゃないか? なあ、涼奈」

「う、うん」


 少し照れた表情を見せる涼奈。

 そのまま、言葉を続け。


「昨日、杏子さんが言ってくれたお陰です。私も、いつまでも硬くなってちゃ駄目だって思って……」

「そっか、それなら良かったよ。僕なんかの言葉で、高垣家兄妹の仲が少しずつ改善されたのなら、願ってもないところさ」

「はい。……でも」

「ん?」

「……いえ、何でもないです」


 涼奈が、中野に何か言いたげな様子。

 だが、結局誤魔化し、そのまま会話は終わった。涼奈のやつ、何を言おうとしたんだろうか。




「さて、課題はこれで終わりだったかな」


 結局、今日もこれといった活動をしないまま部活動は終わり。

 涼奈と中野、三人で帰宅した俺は、夕食と授業で出された課題を済ませ、あとは寝るだけとなった。

 といっても、時間はまだ九時前。流石に寝るのには早すぎるし……さて、どうするかな。


──コンコンッ。


 これからの行動を頭の中で思い浮かべていると、誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。

 まあ、この家にいるのは俺と涼奈だけだから、ノックする人物なんて一人しかいないんだけど。


「お兄ちゃん、入ってもいい?」

 ドア越しに涼奈の声が聞こえてくる。


「ああ、別にいいぞ」

「──ごめんね、急に」


 パジャマ姿で部屋へとやってきた涼奈。手には、何やらノートらしきものを持っている。


「どうした、こんな時間に? ……って言っても、まだ九時だけど」

「うん。実は、少し課題で分からないところがあって……お兄ちゃんに、教えてほしいなって」

「ああ、なるほど。……といっても、俺に教えられるほどの学力は無いと思うが」


 頼るなら、学力トップクラスの中野辺りにお願いした方が良いんじゃないだろうか。

 その課題ってのが、いつまでに提出しなきゃいけないのかにもよるけど。

 と、思ったことをそのまま伝えてみると。


「い、いいの! お兄ちゃんに教えてほしいから! それに、提出も明日だし!」


 なんて言うもんだから、俺も断るわけにはいかない。

 俺なんかで役に立つのかはさておき。涼奈に頼られるってのも、新鮮でいいなと思ったのも正直なところだ。


「それじゃ、机借りるね?」

「あ、ああ。分かった」


 そう言い、テーブルに参考書を開き、課題を始める涼奈。

 ……にしても、不思議なもんだな。まさか涼奈と一緒に勉強する日が来るなんて。

 少し前だったら、考えられないことだ。

 涼奈と血の繋がりが無いと分かって、何故だか涼奈の態度が徐々に変わってきて……今朝からは、すっかり小学生の時みたいな雰囲気で、話ができるようになって。

 初めは涼奈の様子がおかしくなって、驚きや困惑といった感情が強かったけど、


「──えっと、ここなんだけど……」

「どれどれ。ああ、ここなら俺でも教えられるかもな」


 今では、こうして涼奈と過ごす時間も悪くないなと、感じる自分がいる。

 前に、中野から「涼奈とどうなりたいのか」みたいな質問をされて、具体的な回答が出来なかったけど……自分が気づいていなかっただけで、もしかしたら心のどこかで、涼奈とまた仲良くしたいと思っていたのかもな。

 なんにせよ、俺も頑張ろう。せっかく涼奈との関係が修復したんだし、今度こそ壁が生まれないようにしないと。


 そんなことを思いながら、結局一時間近く経って、涼奈との勉強会はお開きとなった。

 


 涼奈との勉強会も終わり、先ほど使用した筆記用具を片付けるべく通学鞄を漁っていると、袋に入った長方形のケースの存在を思い出した。


「しまった、完全に忘れてた」


 虹色グラフィティ。今日悠一から借りたゲームのことを、今になって思い出した。

 ……よし。少し、遊んでみるか。

 あれだけオススメされたものを、流石にプレイせず返すってのも申し訳ない。

 あまりこの手のゲームをプレイする機会は少ないが……まあ、丁度暇だしな。それに、週末のこともあるし、何かヒントになるようなものがあれば。

 そう思い、ケースからソフトを取り出し、PCの電源を入れた。


「ええと、何々……」


 インストールをしながら、説明書に書かれた大まかなあらすじを読んでみる。

 なんでも主人公とヒロインの妹キャラは、小さい頃に両親の離婚で離ればなれになったと。けど、数年経って両親が再婚。高校生になっていた二人は、また一緒に暮らすように。


「なるほど、これが悠一が好きだって言ってた妹キャラの高峰奏ちゃんか……他にも、幼馴染ヒロインだとか、クラスメイトなんてのもいるんだな」


 引き続き、キャラクター紹介ページを読んでみる。

 主人公と結ばれる可能性のあるヒロインは合計四人。その中でも、妹の高峰奏は一番初めに紹介されている。なるほど、この作品のメインは、あくまでこの奏って子なんだな。

 幼い頃から兄に好意を抱いていた奏は、また一緒に暮らすようになってから今まで秘めていた思いが溢れ、兄に対して色々とアプローチをかけ始める。

 そんな感じの説明が、つらつらと書かれていた。

 妹キャラか……実際に妹がいる身としては、なんとなく複雑な気持ちになるな。

 っと、そんなことを考えていたら、無事インストールが終わったみたいだ。

 PC画面に表示されたプレイ開始の項目をクリックし、さっそくゲームを起動する。


『虹色グラフィティ!』


 可愛らしい女の子のタイトルボイスとともに、ゲーム画面が表示された。

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