第31話「もう一回。告白、してもいい?」

「……よし。行くか」

 中野の家を後にし、自宅へと戻った俺は……涼奈の部屋の前でひと呼吸置き、ドアをノックした。


「涼奈、話がある。入っていいか?」

 返事はない。

「……大事な、話なんだ。今までのこと、それからこれからのこと」


 やはり無理か。

 一瞬、そう諦めの気持ちが浮かんできたが。


「──いいよ。入っても」


 閉ざされたままの扉が開き、涼奈が部屋へと招いてくれた。


 カーテンを閉め切った部屋の中は、真っ暗だった。

 電気をつけず、パソコンやテレビの明かりも無い。

 きっと、帰ってからずっとこの調子だったのだろう。涼奈の服は、昼間と何一つ変わっていない。


「…………」

「…………」


 暗くて、涼奈の表情は見えない。

 だからというわけではないが、少しの間、無言の時間が続いた。

 どう切り出すか。さっきまで、ずっと考えていたはずなのに……いざ涼奈の前に立つと、上手く言葉を紡ぐことができなかった。


「──涼奈」


 だが、ずっとその状態を続けるわけにもいかない。

 上手く伝えられるかは分からないが、俺は、俺の思ったことを口にしよう。

 そう思い、続いていた静寂を断ち切った。


「最初に、謝らせてほしい。今日のこと……それから、今までのこと。ごめん。俺は、涼奈のことを何一つ考えていなかった。涼奈の気持ちも、何一つ分かろうとしなかった」


 今日俺は、涼奈の気持ちを全く考えずに行動した。

 あんな形で、無理やり涼奈の気持ちをさらけ出そうとして。

 結局、こうして涼奈のことを傷つけてしまって。


 それから、今までのこと。

 俺はずっと、涼奈に嫌われていると思っていた。

 涼奈が毎日料理を作ってくれるのも、ただ両親に頼まれたからやっていること。そんな風に思い込んでいて……いつしかそれが当たり前になって、涼奈に感謝することも忘れて。

 もし、もっと早く俺の方から涼奈へ歩み寄っていれば、こんな風にはならなかったのかもしれない。

 だが、そんな俺の言葉を聞いて涼奈は。


「……して」

「え?」

「どうして、お兄ちゃんが謝るの……?」


 まさか、そんな返答が返ってくるとは思っていなかった。


「どうしてって……それは」

「謝らなきゃいけないのは私の方なのに」


 今までずっと黙っていたのが嘘のように、涼奈は堰を切ったように言葉を発し始めた。


「いきなり、あんな困らせるようなこと言ってごめんなさい。今までずっと、お兄ちゃんのことを無視していたのも、ずっとずっと謝りたかった。お兄ちゃんと血が繋がっていないって分かって、自分勝手なことをしたのも、全部私。お兄ちゃんは、私のことを何一つ考えいなかったって言ったけど……それは、私も同じだから。お兄ちゃんのこと、何一つ考えていなかった。私がこうやって行動することで、お兄ちゃんが悩むことなんて、少し考えれば分かることなのに。今日だって、家に帰ってからずっと後悔してたの。何も言わず、帰っちゃったこと」


「す、涼奈……。それを言うなら、俺の方もだ。今日だって、涼奈にお礼をするって約束で出かけたのに……結局俺は、自分のことしか考えていなくて、涼奈を傷つけてしまった」

「違うよ! それは、私が勝手に自分の気持ちを……」


「涼奈、泣いてただろ」


「……っ」

「あの表情を見て、俺はとんでもないことをしてしまったって、後悔した。けど、どうすればいいのか分からなかった。あの場で、涼奈のことを追いかければ……また、傷つけるんじゃないかって。けど、それは言い訳だ。遅くなったけど、俺からも謝らせてくれ。今日は、本当にごめん」


 そう言い、頭を下げる。

 すると、涼奈も俺と同じように。


「……私の方こそ、ごめんなさい。今までのこと、それから今日のこと。お兄ちゃんが私に謝ってくれるなら、私もお兄ちゃんに謝らなきゃいけない。迷惑をかけて、本当にごめんなさい」


 そう言い、頭を下げるのであった。

 まさか、涼奈も俺と同じようなことを考えていたなんて、思わなかった。

 てっきり俺は、告白を断ったことでずっと塞ぎこんでいるんだと思っていた。けど、実際は今日のこと、それから今までのことを、ずっと一人、部屋で後悔していたなんて。

 ……けど、それなら。


「涼奈、一つだけ言っておくことがある」


 これだけは、伝えておかなきゃいけない


「涼奈はさっき、迷惑をかけてごめんって言ったよな」

「うん……」

「確かに、涼奈の気持ちを聞いて、俺はどうすればいいのか分からなかったけど……一つだけ、これだけははっきり言える。俺は、別に迷惑なんてしていない」

「……え?」

「涼奈の告白を、結果的には断る形になったけど……だからといって、お前が俺のことを、その……好きだって思う気持ちを、俺は否定しない。迷惑だとも、思っていない」


 虹色グラフィティをプレイして、ずっと知りたかった。

 涼奈が今、俺のことをどう思っているのか。

 ただ、それだけが知りたかったんだ。


「さっきも言ったと思うけど、俺はまた、涼奈とこうして話が出来るのを……嬉しいって思ってる。だから、今日のことでまた元通りなんて、それは嫌だな」


 だからこそ。俺はこうして、ここに来たんだ。

 俺が一番伝えたかったことだ。


「お兄ちゃん……」

「涼奈が許してくれるなら、俺はこれからも、涼奈とはいい関係のままでいたい。また距離が出来るのは、俺も悲しいから」


 そう言うと、涼奈はまた泣いていた。

 少しずつ暗闇に慣れ、見えるようになった涼奈の表情は……さっきみたいに、悲しそうな顔をしているんじゃなくて。


「私、これからもお兄ちゃんと一緒にいてもいい?」

「ああ。もちろん」

「……これからも、お兄ちゃんのこと、好きでいていい?」

「あ、ああ……それは、まぁ。ああ言ったしな……」


 確かに、涼奈が俺のことを好きだって思う気持ちは、自由だ。それを俺は、どうこう言うつもりは無い。

 けど……ハッキリと返事をするのは、ちょっと難しい質問だ。


「……それなら、お兄ちゃん」

「ん?」

「最後に……もう一回。告白、してもいい?」

「…………はっ!?」


 予想だにしていなかったことを、口にした。


「私は、お兄ちゃんのことが好き。大好き。兄妹としてじゃなくて、一人の男性として……好きなの」


 昼間、同じ言葉を涼奈から聞いた。


「……涼奈。その、俺はお前のことを」

「分かってる。お兄ちゃんが、"まだ"私のことを妹としてしか見ていないってこと。さっきも、覚悟してるつもりだった。けど、実際にお兄ちゃんの口から言われると、思ったより辛くて……でも、今は違う。だって、お兄ちゃんはこれからも、私とずっと一緒にいてくれるって言ったから。だからね、お兄ちゃん」


 そう言い、涼奈は。


「これから、お兄ちゃんが私のことを好きだって言ってくれるように……頑張るからね?」



「そういえば、お兄ちゃん」

「な、なんだ!?」

「……どうして、そんなに挙動不審なの?」

「それは……お前が、あんなこと言うから」

「でも、お兄ちゃんも良いって言ってくれたよね?」

「いや、確かに言ったけど……その、慣れないんだよ。こういうの」

「ふーん……そうなんだ」

「……それより、何か話があったんじゃなかったか?」

「あ、そうだった。その右手に持ってるタッパー、それなに?」

「え? ああ、すっかり忘れてた。これは、さっき中野の家で作ったご飯だよ」

「お兄ちゃん、杏子さんの家に行ってたの……?」

「す、少しだけな。飯だけ作って、帰ってきたから」

「私が家で一人だった時に、お兄ちゃんは杏子さんと一緒だったんだ……」

「い、言い方にとげがあるような気がするんだけど……」

「別に、そんなことないよ? ……それより、お兄ちゃん料理出来たんだね」

「まあ、一から十まで教えてもらったんだけどな……それから、これをもって涼奈のところへ行けって言われてな」

「……杏子さんが?」

「ああ。詳しくは説明していないんだけど、涼奈とちょっと喧嘩みたいなことをしたって言ったら、ウチに来いって言われてな……それで、料理作って色々と言われたよ」

「そう……だったんだね」

「ああ。すっかり冷めたと思うけど、食べるか?」

「……うん。せっかくだから、食べようかな」

「分かった。それじゃ、レンジで温めてくるかな」


 そう言って、お兄ちゃんは台所の方へと向かった。


「……どうして、杏子さんは」

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