第32話「二人の関係について、色々と聞きたいんです」

「あ、おはよう。お兄ちゃん」


 翌朝。いつも通りの光景が、そこには広がっていた。

 食卓に並べられた朝食。エプロン姿の涼奈。

 昨日あった出来事が、まるで夢だったかのような……いや、もちろん現実だということは分かっている。


「お、おう。おはよう」


 若干、ぎこちなさを見せてしまう。

 ……よく涼奈は、いつも通りでいられるな。

 どうにも俺は、まだ昨日の出来事を引きずっているみたいだ。涼奈の顔を、まともに見ることができない。


「……? どうしたの、お兄ちゃん?」

「あー、いや。何でもない。それより、今朝もありがとうな」

「……ふふっ。別にいいよ、毎回感謝しなくても」

「いや、でもなぁ……」

「私がしたいから準備してるの。それに、毎回お礼言われてたら、逆にこっちが申し訳なくなるから」

「……分かった。なら、心の中で感謝するだけにしとく」

「うん。そうしてくれると嬉しい」


 そう答え、エプロンを外し席へと座る涼奈。

 ……俺も、早く慣れないとな。


「それじゃ、いただきます」



「おはよう、二人とも」

 朝食を食べ終わったと同時に、中野が家へとやってきた。

「あ、杏子さん。おはようございます。私、準備してきますね」


 そう言い、一旦部屋へと戻る涼奈。

 すでに準備を終えていた俺は、中野と二人、玄関で涼奈を待つこととなった。


「今の様子だと、無事仲直りできたみたいだね」

「ああ、お陰様でな。昨日は助かったよ」

「いいや、僕も楽しかったし……それに、涼太郎たちの役に立てたのなら、良かった」


 昨日は、本当に中野に助けられた。

 あのまま、部屋で一人考えていたら……きっと、今朝こんな風に三人で登校することは出来なかったと思う。


「僕は、涼太郎が──」

「すみません、お待たせしました」


 涼奈が戻ってきて、中野は何か言いかけたまま止まった。


「ん、今何か言おうとしなかったか?」

「……いや、何でもないよ。それじゃ、行こうか」


 結局、教えてもらえず。

 その後はいつも通り、三人で学校へと向かうのであった。



「……あの、杏子さん」


 三人で登校している途中。

 お兄ちゃんが、ボールペンを買ってから学校へ行きたいと言い、コンビニへと寄ることになった。

 私と、杏子さんは二人でお兄ちゃんの買い物を待っている。

 そのタイミングで私は、杏子さんに聞きたかったことを、尋ねてみようと思った。


「ん? どうかした、涼奈ちゃん」

「その……お兄ちゃんから聞きました。昨日、杏子さんの家にお兄ちゃんが行ったって」

「ああ、そのことか。うん、涼太郎が昨日ウチに来たのは事実だよ」

「……そうなんですね」

「心配しなくても、一緒に料理をしたくらいで、それ以外は何もなかったから大丈夫、涼奈ちゃんが考えているようなことは、何もなかったよ」

「い、いえ……っ! その、私が聞きたかったのはそういうことじゃなくて」


 確かに、お兄ちゃんが杏子さんの家に行ったことを、全く心配していないわけじゃないけど……私が聞きたかったのは、それじゃなくて。


「……その、杏子さんは、お兄ちゃんのこと好きなんですよね?」

「ふふっ。急に何を言い出すかと思ったら、こんなところでビックリしたよ。……そうだね、前も言った通り、僕は涼太郎のことが好きだよ」

「だったら、一つだけ聞きたいことがあるんです。もし答えたくなかったら、大丈夫なので」

「分かった。答えられることなら、何でも聞いていいよ」


 そうして、私は杏子さんに尋ねる。


「どうして杏子さんは昨日、お兄ちゃんの背中を押したんですか?」

「どういうことだい?」

「昨日、思ったんです。お兄ちゃんのことが好きなら、杏子さんにとって昨日は、すごくチャンスだったんじゃないかって……。だって、私とお兄ちゃんがあんな感じになってて……」

「……なるほど。不思議だったんだね、僕が昨日、涼太郎に何もしなかったこと。それどころか逆に、涼太郎の背中を押すようなことをしたのが」

「昨日のことだけなら、別にそこまで不思議に思うことは無かったです。けど、改めて考えてみると、私とお兄ちゃんの距離が縮まる時って、いつも杏子さんがきっかけになることが多くて」


 部活動に入ったことも、結果的には杏子さんがきっかけだ。

 一緒に登校するようになったのも、杏子さんが迎えに来てくれたことが最初で……今こうして、お兄ちゃんと普段通り会話が出来るようになったのも、この間、杏子さんの一言があったからだ。

 どれも、偶然だとは思っている。

 だけど、昨日の一件があってからは……前に気になっていたことを、また思い出して。


「杏子さんとお兄ちゃんの関係について、色々と知りたいんです。二人が、今みたいな関係になったのはいつなのかなとか、どうして杏子さんは……その、お兄ちゃんのことを」

「……そうだね、それは」

「──すまん、待たせた」


 その時、丁度お兄ちゃんが戻ってきた。


「ん? 二人とも、どうかしたか?」

「あ、ううん。別に」

「そうだね、何もないよ」


 結局、その場は誤魔化して終わり……杏子さんからは、質問の答えが返ってくることは無かったけど。


『放課後、二人でゆっくり話をしようか。今日は部活を休みにするから、近くの喫茶店にでも行こう』


 気が付くと、そんなメールが、杏子さんから届いていた。

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