第33話「お互いのこと、過去」

 放課後。

 杏子さんと一緒に、二人で学校の近くにある喫茶店へとやってきた。

 朝、私が聞いた質問に答えてくれる……ってことで、いいのかな。

 結局、一緒に話をしようという誘いだけで、具体的に何を話すかまでは聞いていない。


「いらっしゃいませ」


 まぁ、でも。聞きたいことは沢山ある。

 それに私は、杏子さんのことを何も知らない。お兄ちゃんと仲がいい先輩ってこと以外、本当に何も聞いていないから。


「さて。涼奈ちゃんは、何を注文する?」

「あっ……えっと、それじゃあこのキャラメルフラペチーノを」

「じゃあ、それを二つお願いします」


 カウンターで注文を済ませ、お互いに商品を受け取り、近くの席に着く。

 別に、周りに聞かれて困るような話じゃないけど……無意識にか、少し隅っこの席を選んだ。


「涼奈ちゃんは、ここはよく来るのかな?」

「たまに、ですけど……友達と、学校帰りに寄ったりしたことはあります」


 部活動に入る前は、たまに有紀と来たりしたことがある。

 ここのお店、季節のメニューもあってその時々で色んな味が楽しめるんだよね……って、そうじゃなくて。


「あの、杏子さん」

「ん?」

「その、今日は……お兄ちゃんのことで、話をするってことで、良いんですか?」


 気になっていた質問を投げかける。

 すると。


「そうだね。涼太郎の話もしたいし……涼奈ちゃんのことも、色々と話がしたいかな」

「私のこと、ですか?」

「うん。思えば、涼奈ちゃんと二人でこうしてゆっくり話をする機会が無かったからね。涼太郎には悪いけど、今日は二人で時間を過ごしたいなと思ったんだ」

「そうだったんですか……実は、私も杏子さんのこと、色々と聞きたいなと思ってたので」


 まさか、お互いに同じようなことを考えていたとは思わなかった。


「僕のことか……うーん、そうだね。あまり面白い話は出来ないと思うけど」

「それはお互い様ですよ。きっと」

「ははっ、それもそうか。……それじゃ、お互いに一つずつ質問をしていくってのはどうかな?」

「えっとつまり……私が一つ質問をしたら、次は杏子さんが質問をするってことですか?」

「うん。ただし、答えたくない質問は答えなくていいよ。僕も涼奈ちゃんも、お互いがどこまで話せるのかってのが分からないと思うからね。もし聞かれたくない質問だったら、すぐに言ってくれると僕も助かるかな」

「分かりました。それじゃ、最初に質問いいですか?」

「うん。どうぞ」


 聞きたいことは沢山ある。

 けど、その中でまず質問したかったのは……。


「杏子さんとお兄ちゃんって、いつから……その、今みたいな関係になったんですか?」


 冷静に考えてみれば、ものすごく不思議な話だ。

 ずば抜けた容姿。聞いた話だと、学園でもトップレベルだって話だ。

 確かに、女の私から見ても、杏子さんはものすごく美人だと思う。

 くりっとした大きな瞳に長いまつげ。艶のある唇に、サラサラのショートヘア。男子人気もかなり高いって話だし……多分、化粧もほとんどしてないよね。

 そんな杏子さんが、お兄ちゃんと二人で毎日部活動って……正直、ちょっとビックリ。

 別に、お兄ちゃんがかっこ悪いっていう話じゃなくて。

 単純に、私やお兄ちゃんとは住み世界が違うような……。今もこうして、一緒にいられるのが、ちょっとだけ不思議なくらい。

 一体、何がきっかけだったんだろう。


「んー、確か……去年のこのぐらいの時期だったかな」

「夏前ってことですか?」

「うん。きっかけは言うまでもなく、部活動だね。といっても、僕も涼太郎も、お互い仕方なくこの部を選んだって感じだったけど」

「そこで、お兄ちゃんと仲良くなったんですか?」

「いや、最初はあまり仲は良くなかったよ。僕も涼太郎も、お互いほとんど話をしたことは無かったかな。それに涼太郎は、最初はあまり部活動に出席していなかったしね」

「そ、そうだったんですか……。てっきり、最初から今みたいな感じなのかと思ってました」

「ふふっ。それじゃ、次は僕の番だね」

「は、はい」


 ビックリだった。

 確かに、去年の今ぐらいは、お兄ちゃん普通に学校が終わったらすぐ帰ってきてたっけ。帰りがやけに遅いなと思い始めたのは、もうちょっと後だったような。


「涼奈ちゃんは、どうして涼太郎のことが好きなのかな?」

「ど、どうして……ですか?」

「うん、ずっと気になってたんだ。だって涼太郎と涼奈ちゃんは、兄妹でしょ? 別に、おかしなことだとは思っていないけど……珍しいなと思ってね」


 確かに、兄妹同士で恋愛だなんて、ほとんど聞かないもんね。

 だから私は、しばらくずっと自分の気持ちを我慢してたくらいだし……。


「……その、具体的にいつ好きになったとかは分からないんですけど」


 それから私は、今までのことをかいつまんで説明した。

 距離を取った理由、そこでお兄ちゃんのことを好きだって自覚したこと。


「なるほど、そういうことだったんだね」

「はい。……えっと、説明になってましたか?」

「うん、ありがとう。それじゃ次はまた、涼奈ちゃんの番だね」

「あ、はい」


 ……少し、恥ずかしい。

 今までこんなにも自分のことを素直に話したことなんて無かったから、何だか変な気分になる。

 有紀にだって、お兄ちゃんの話はしたことなかったし。

 っと、次は私の質問だよね。さっき、一番聞きたかったことはそれとなく聞けたし……それじゃ、次は。


「……それじゃ、単刀直入に聞きます。杏子さんは、どうしてお兄ちゃんのことを好きになったんですか?」


 先ほど、杏子さんが私に質問したことを、そのまま返す形になる。

 けど、出会いを知ったら次は、そこから先が聞きたい。


「あ、もちろん言いたくなかったら大丈夫です」

「いや、別にいいよ。他の人に聞かれるのはあまり好ましくないけど……涼奈ちゃんなら、話してもいいかな」

「私なら、ですか……?」

「うん。僕が一年生の時のこと。あまり、聞いて楽しい話じゃないとは思うけど、大丈夫?」

「はい。私は大丈夫です」


 すると、少しだけ雰囲気が変わった気がした。

 気のせいと言われれば、気のせいなのかも知れない。

 けど、今の杏子さんの話ぶりからして……確かに、あまり楽しい話を聞けるような感じではなくなった。


「僕はね、一年生の時に周りの人間……女の子たちから、あまりいい印象を受けていなかったんだ」


「それって……」


「そう。涼奈ちゃんの想像してる通りだよ」

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