第17話「涼奈の過去、それから…」

 お兄ちゃんと一緒に帰るなんて、何年振りだろ……。

 放課後、部室に戻ると用事があるとかで、杏子さんは先に帰っていた。

 その結果、お兄ちゃんと二人で一緒に帰ることになって……ううっ、今思い出しても、緊張して上手く喋れなかった後悔が残る。せっかくのチャンスだったのに、もっと色々話が出来ればよかったな……。


「……けど、作戦は成功しているみたいだし」


 ただ、後悔こそあれど、現状にはそこそこ満足している。

 お兄ちゃんと血の繋がりが無いと分かってから、少しずつ始めた、私の作戦。

 兄妹だからと諦めていた私に、差し込んだ一筋の光。


「……そういえば、ずっとこれで我慢してたんだよね」


 ふと目に飛び込んできたのは、少し前まで私が毎日のようにプレイしていたゲーム『虹色グラフィティ』。

 今日、お兄ちゃんの口からこのゲームの名前が出てきてビックリしたけど……どうやら、お兄ちゃんの知り合いが、このゲームをプレイしていたという話みたいだった。


「お兄ちゃんがプレイしてたらどうしようかと思ったけど……」


 主人公の高峰昴と、妹でメインヒロインの高峰奏ちゃんを中心とした、恋愛シュミレーションゲーム。私はこのゲームが、大好きだった。

 


『それでね、お兄ちゃんがね──』

『涼奈さ』

『え?』

『中学生になったんだし、そろそろ兄離れした方がいいんじゃない?』


 きっかけは、友人のそんな一言。


 小学生の頃から、私はお兄ちゃんのことが大好きだった。それが男性としてなのか、それとも純粋に兄として好きなのかは分からない。

 だけど、お兄ちゃんのことを好きだという感情は、確かだった。

 自分でも無意識だった。後から聞いて気づいたけど、私の話す内容の大半は、お兄ちゃんに関することだったらしい。


 けど、それが許されるのは小学生までみたいで。


 中学生になると、だんだん周りの友達も、お兄ちゃんの話ばかりすることに疑問を持ち始め、やがて「兄離れをした方がいい」と指摘されるようになった。

 もちろん、最初は「お兄ちゃんの話をすることの何が悪いのか」と思ったけど、どうやら間違っているのは自分の方だと、すぐに気づいた。


 実際、周りにも兄がいる友達はいた。けど、みんな口を揃えて言うのは、

『お兄ちゃんなんて、ウザいだけ』

 そんな言葉ばかり。


 中学生になって、兄のことを好きだなんておかしい。

 今になって思えば、それこそ短絡的な決めつけだって思えるような話だけど……当時の私は、自分がおかしい、間違えているんだと本気で考えていたんだよね。


 周りと比べて、私は違っている。

 だから私は、お兄ちゃん離れをしないといけないって、思ったんだ。


 お兄ちゃんの話題をしないよう気を付けて、周りの恋バナにも必死についていこうと努力して、家でもお兄ちゃんとはなるべく距離を置いて、それで……。


 結果として分かったのは、私がお兄ちゃんのことを『兄として』ではなく、『一人の男性』として好きだってことだった。


 「隣のクラスの誰々と付き合いたい」とか「俳優の誰々がカッコいい」だとか、そういう話には一切興味が湧かなくて。

 いつも、「付き合うならお兄ちゃんの方がいい」「俳優の誰々より、お兄ちゃんの方がカッコいい」なんて、心の中で思い続けてた。

 そんな日々が続くにつれて、徐々に私は「お兄ちゃんのことを本気で好き」だった自分の存在に気づくことが出来て……それと同時に、辛い日々が始まることとなった。

 お兄ちゃんへの思いを自覚してから、距離を置き続けている毎日が寂しくて、心が張り裂けそうで……今思えば、中学生の頃の私は、本当によく我慢したよね。

 結果的に、お兄ちゃんとは距離を作ることに成功したけど……逆に、もう二度とお兄ちゃんとは仲良くできない。取り返しのつかないことをしてしまったと、何度も後悔する毎日だった。


 だけど、私はお兄ちゃんの妹。

 そんな感情に気づいたところで、どうすることもできない。

 そもそも、お兄ちゃんとは修復不可能なほど、不仲になってしまっているし。

 

 そんな、後悔と寂しさに苛まれ続けていたある日。


「恋愛シュミレーションゲーム……?」


 せめてお兄ちゃんと同じ高校に通うくらいは……と思い、お母さんに『家から一番近いから』とそれらしい理由を付けて、今の高校へ通うことが決まった中学三年生のあの日。

 たまたま開いていたインターネットページに表示された広告に、私は思わずくぎ付けになってしまっていた。


『世界一真剣な兄妹愛が、ここにある。


「虹色グラフィティ」


 好評発売中!』


 それは、今まで触れたことのない世界だった。

 ギャルゲー。一般的に、そう呼ばれるジャンルのゲーム。

 これまでゲームなんてろくにしたことは無かった。高校受験に合格し、お父さんからパソコンを買ってもらってこうして使っているけど……もちろんゲームなんてプレイしたことも無いし、する予定も無い。

 ……けど、私はどうしてもこの広告から、目を離すことが出来なかった。


「世界一真剣な兄妹愛って……」


 随分と大きく出たキャッチコピーだなと思う。

 だけど、何故かそんな言葉に惹かれ、公式サイトであらすじやキャラクター一覧のページを眺めているうちに、私の興味はとうとう頂点に達し。


『ご購入、ありがとうございました!』


 気が付けば、通販サイトで注文してしまっていた。

 

 それから、数日後。

 無事に虹色グラフィティを手に入れた私は、そのゲームの素晴らしさに、すっかり魅了されていた。

 主人公である高峰昴と、妹の高峰奏の織り成すラブコメディ。

 お兄ちゃんの気を引きたくて、お弁当を作ってあげたり、ソファで隣同士になって一緒にテレビを見たり、わざと脱衣所の鍵を開けたままにしてお兄ちゃんと鉢合わせて意識させたり……。そんな、お兄ちゃんのことが大好きな奏の行動を見ていると、知らない内に自分を重ね、もし私が同じことをしたら、お兄ちゃんはどんな風に思うかな……なんてことを、考えるようになっていた。


 けど、そんなこと絶対にできない。


 そもそもお兄ちゃんと結ばれることは出来ないし……それに、お兄ちゃんと距離を置いていた期間が長すぎたせいで、どうやって話をすればいいのか、どんな風に声をかければいいのか、全く分からなくなっていたから。

 だから私は、自分の『お兄ちゃんのことが好き』だという感情を抑えるために、虹色グラフィティの高峰奏ちゃんに気持ちを重ね続けた。

 そうすることで、少しだけ気持ちが楽になった気がしたから。

 


 ……けど、そんなある日。

 私の人生は、大きく変わることになった。


『実はな。お前たち兄妹は、血が繋がっていないんだ』


 お父さんとお母さんが教えてくれた、私の生い立ちについて。

 私には別のお父さんとお母さんがいて、けどその二人は私が生まれてすぐに亡くなってしまって、幼馴染だった高垣家に引き取られることになって……。


 要するに、自分には別の両親がいた。そういうことらしい。


 初めは、もちろん動揺した。いきなりそんな話を聞かされて、冷静でい続けるのは無理だと思う。


 ……だけど、私にとって目の前にいるお母さんとお父さんが両親だって気持ちには変わりがないってことにも、すぐに気づいた。

 生まれてから十六年、ずっと私を育ててくれたのは、今のお母さんとお父さんだ。生んでくれたのは別の両親だってことは受け入れられるけど、だからと言って、今の両親二人を他人だなんて、私は思えない。


 だから私は、すんなりとその話を受け入れることが出来た。


 私を生んでくれた両親が、既にいなくなっているという事実だけはショックだったけど……今ここにいる私は、高垣涼奈だ。


 もちろん、いつか本当の両親の元へ、挨拶には行きたいと思う。けど、その話を聞いて、今の環境が変わるのかと聞かれたら、そんなことは…………。

 

 …………あれ、ちょっと待って。


 今ここにいるお父さんとお母さん、二人と血が繋がっていないってことは……もしかしなくても、お兄ちゃんとも血が繋がっていないってことだよね?

 兄妹だけど、私たちは血が繋がっていない。

 つまり、私とお兄ちゃんは、赤の他人。

 だから私とお兄ちゃんが結ばれることに、問題は何もない!?


「少し、一人で考えたいからさ……部屋に戻ってもいい?」


 口では冷静を装いつつも、その事実に気づいてからは、心の中はずっとドキドキしっぱなしだった。

 お兄ちゃんへの気持ちに気づいてから今日まで、ずっと耐え続けていた日々。

 だけど、ひょっとしたら……もう、我慢する必要、ないんじゃ?


「やったああああああああああああああ」


 思わず、喜びを枕にぶつけてしまっていた。

 もちろん、下にいる三人には聞こえない声量で。

 

 お兄ちゃんと結ばれても良い。

 そんな事実に、私は喜びを隠すことは出来なかった。

 だけど、すぐに現実へ戻されてしまう。


「……でも、具体的にどうすればいいんだろう」


 自分のこれまでを振り返り、お兄ちゃんとは関係修復が難しいほど、不仲な状態にある。

 それに、ずっと距離を置き続けたせいで、どんな風にお兄ちゃんと接すればいいのか、正直分からない。


 そんな時だった。


「虹色グラフィティ……」


 私の目に飛び込んできたのは、今日まで私の心の支えになってくれていたゲーム、虹色グラフィティ。

 このゲームのヒロイン、奏ちゃんも、お兄ちゃんへの気持ちを我慢できなくなって色々と行動していたんだよね……。


 そうして私は、もう一度奏ルートをプレイし、そして──。


「──奏ちゃんの行動を、真似てみようかな」


 ゲームと現実は別物だってわかっている。

 けど私はもう、藁にも縋るような思いだった。

 今この瞬間を逃したら、もう二度とお兄ちゃんとは結ばれることは出来ないだろう。

 そう思うと、少しでも何か行動を起こしたくて……。


「とりあえず、明日からお弁当作ってあげよう」


 翌日から、私の作戦はスタートすることになった。

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