第16話「自然体な距離、態度」
「俺と涼奈の関係?」
中野の質問に、思わずこちらも質問で返してしまった。
「兄妹以外に、何かあるか?」
「ああ、すまない。僕の聞き方が悪かったね。僕が気になっているのは、二人の仲についてなんだ」
仲って言うと……仲がいいとか悪いとか、そういう感じか?
「以前、涼太郎は言っていたよね。妹、つまり涼奈ちゃんとの仲は決して良好とは言い難い、って」
「そういえば、そんな話もしたな」
中野には、何度か涼奈のことを話したっけ。
確か涼奈が入学してきた時だったか……俺もあまり覚えていないけど。
「けど、僕が知りうる限りの二人は、そこまで不仲って感じには見えないんだよね。ただ、涼奈ちゃんは、何だか涼太郎と話をする時、少しだけ固いような気もするけど」
「そ、それは……その」
そう言われ、少し慌て気味の涼奈。
改めて言われると確かにそうだな。涼奈は、俺と話をする時と中野と話をする時、少しだけ態度に差がある気がする。
中野の言う通り、どこか固いというか……なんか、緊張気味というか。
まあ、しばらく言葉を交わしてこなかったわけだし、いきなり普段通り喋れってのも難しいんだとは思うけど。
そういえば、今朝は割と自然な感じで話ができたような。
しばらく涼奈とは関わりが無かったから気づかなかったけど、意外と涼奈の本当の性格って、あんな感じなのかな。俺と接するときは、基本的にクール属性っぽい態度ばかりだから、よくわからんけど。
「以前涼太郎からそれらしい相談を受けたような気もするから、何となく事情は察しているつもりだけど……不仲だった二人の仲が改善されようとしているのは、良いことだと僕は思うよ」
だからこそ、と付け加えながら。
「涼奈ちゃんは、もっと自然な感じで涼太郎と接することが出来れば、より二人の関係は良くなると思うんだ。せっかく同じ部活に入部したんだし、これを機にどうかな?」
そんな提案をしてきた。
まあ、中野の言いたいことは分かる。
同じ部活に入部した以上、いつまでも俺と涼奈の間がギクシャクするわけにもいかないだろう。現状三人しかまともに部活へ参加しない以上、特にだ。
「えっと──」
中野の言葉を聞き、少し間をおいて涼奈が返事をしようとした時。
「失礼するぞー」
突然部室のドアが開き、誰かが部屋へと入ってきた。
よく見ればジャージ姿の女性……ああ、鷹野先生か。
「鷹野先生、ノックくらいしてくださいよ。ビックリするじゃないですか」
「ん? ノック忘れてたか? いやー、すまんすまん」
この人がノックせずに入室するなんていつものことだから、注意するのも今更感あるけど……本当に、いつも適当な人だな。
「っと、そんなことより。新入部員の高垣涼奈、いるか?」
「あ、はい。私です」
「おお、ちゃんと出席してるのか。偉いな」
部活に来ただけで褒められる妹。
そういえば、入部届だけ出して結局一回も部活に参加しなかった人もいるんだっけ……改めて思うけど、鷹野先生の適当さがあってこそ、この幽霊部員だらけの部活も成立しているんだろうな。
「ちょっと職員室に来てもらっていいか? いくつか書いてほしい書類があってな」
「分かりました。……えっと」
「行ってらっしゃい。僕と涼太郎は、部室で待っているよ」
「よし。それじゃ少し着いてきてくれ」
そう言い、涼奈を連れて鷹野先生は職員室へと向かっていった。
部員の集まりを見ても何一つ言わないところは、やはりいつも通りだな。
やがて、俺と中野は二人きりになった。
いつもの光景に戻った気分。そういえば、先週まではこれが当たり前だったっけな。
「──涼太郎」
そんなことを考えていると、不意に中野が言葉を発す。
「ん?」
「さっき、僕が言ったことは、余計なことだったかな?」
「さっき言ったことって……俺と涼奈が、もっと自然に接すればってやつか?」
「ああ。涼太郎や涼奈ちゃんの気持ちを考えずに、何だか押し付けるような形に聞こえていないか、少し心配でね」
「いや、そんなことは無いと思うぞ。少なくとも俺は、そんな風には思わなかったし・・…涼奈も、多分そんなこと思っちゃいないはずだ。それに俺自身、涼奈とはこれを機にもう少し関係を修復できればと思っているのは事実だしな。逆に中野がそう言ってくれて、助かったかもしれない」
涼奈が何を思っているかなんてのは分からないが、少なくとも、そんな風に受け取っていることはないと思う。
「そう言ってくれると嬉しいよ。君には、変な誤解をして欲しくは無いからね」
ふっと笑いそう言うと、机に置いてあったスマートフォンを手に取り。
「おっと、ゴメン。少し用事が出来てしまった」
「用事?」
「ああ、両親からね。買い物を頼まれて……すまないけど、今日は先に帰ってもいいかな?」
「ああ、それは別に構わないけど……帰り道同じなんだし、涼奈と一緒に三人で向かっても良いぞ?」
「ふふっ、それはとても魅力的な提案だけど……今日のところは辞めておこう。どうやら、急いで帰らないといけないみたいだしね」
「そうか。なら俺は、ここで涼奈の戻りを待って、それから帰ることにするよ。部室で待ってるって言ったしな」
「すまないね。それじゃ、お先に失礼するよ」
そう言いながら、一足先に中野は帰宅してしまった。
それにしても珍しいな。中野が部活を途中で抜けるなんて、今まで無かったような気がするけど……まあ、そういう日もあるか。
◇
やがて、中野が帰宅してから数十分後。
「──あれ? 杏子さんは?」
部室に戻ってきた涼奈は、中野がいなくなっていることに気づき、俺に声をかけた。
「ああ。あいつは用事があるって、先に帰ったぞ」
「……そ、そうなんだ」
「というわけで、俺たちもそろそろ帰ろうと思うんだけど、どうする?」
「え?」
「いや、涼奈も帰るかどうかって」
「……私も、帰る」
と、そんな感じで、涼奈と二人一緒に帰ることとなった。
二人並んで一緒に下校なんて、ちょっと前じゃ考えられないよなぁ。
なんてことを思いながら、涼奈と一緒に家路につく。
相変わらず、これといって会話は無い。何か話す話題でもあればいいんだけど…・…っと、そうだ。
「なあ、涼奈」
「……なに?」
「さっき中野が言ったこと、あまり気にしなくていいからな」
「杏子さんが……あっ、さっきの」
「そうそう。俺とお前の関係も、なかなかに複雑なところがあるからな……無理に自然に接しようとしなくても、大丈夫だから」
中野はああ言っていたけど、俺は涼奈にはできるだけ無理はして欲しくないと思っている。
だから、もし涼奈がまだ自然体でいられるのが難しいのであれば……そこは、時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。
「……お兄ちゃんは」
「ん?」
「お兄ちゃんは、どっちがいい?」
「どっちがって……どういうことだ?」
涼奈の質問の意図がいまいち汲み取れない。
「その……やっぱり、自然な感じで接した方が、お兄ちゃんは嬉しいのかなと思って」
「んー、そうだな。そりゃ、そっちの方が嬉しいといえば嬉しいけど……さっきも言った通り、別に無理する必要は無いぞ」
「……そっか。嬉しいんだ」
「え? 何か言ったか?」
「……ううん、別に」
そう言うと、また無言に戻る涼奈。
結局その後、家に着くまで会話が生まれることは無かった。
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