第59話「これからもよろしくね、お兄ちゃん」


 誰もいない海岸というのは、何とも静かなもので。

 涼奈と中野、三人で一緒に満足するまで泳いだ俺は、砂浜に用意したパラソルの下で、休憩を取っていた。ちなみに涼奈たちは、一旦部屋に戻っているらしい。まあ、結構遊んだからなぁ……それにこの日差し、幾らパラソルがあるとはいえ、休憩するのには不向きな場所だろう。俺もそろそろ戻るべきかな。


 そういえば……と、海を眺めながら、少し前のことを思い出す。

 前に、中野家所有の別荘で、二人で過ごしたことがあったなぁと。

 あの時は、ずいぶんとビックリした。まさか、中野にも苦手なものがあるなんて……ということと、それからあの寝言。

 思えば、あれから色々と動きだしたんだよなぁ……ああ、なんか思い出したら恥ずかしくなってきたな。多分、いま鏡を見たらひどく顔が赤いことだろう。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 と。一足先に休憩に入っていた俺のもとへ、涼奈がやって来た。

 覗き込むような形で、前かがみになる涼奈。決して大きくはないが、それでも小さいとは言えないその胸元のふくらみが目の前に来て、思わずドキッとしてしまう。

 パーカーは羽織っているものの、以前下は水着のまま。チャックを締めていないので、それが余計、意識させる要因になって……。

 いかんいかん、涼奈は妹だぞ。……義理だけど。


「いや、何でもない。ちょっと考え事を」

「考え事……もしかして、杏子さんのこと?」


 うっ、鋭い。

 俺の反応を見て、どうやら自分の推理が当たっていたことに気づく涼奈。

 すると、ムッとした表情を浮かべ。


「杏子さん、美人だもんね。スタイルもいいし……やっぱりお兄ちゃんの目が行くのは、そっちだよねー」


 と、拗ねた口調で言うもんだから、俺は慌てつつ。


「いやいや。涼奈だって負けてないと思うぞ」


 とフォローしておいた。

 本当? と尋ねてくる涼奈に、本当だと返す。

 具体的にどこが? と聞かれた時は、流石にどう返したものか……と悩んだが、思ったことをそのまま口にした方がいいだろうと、「水着姿が新鮮でドキッとした。涼奈によく似合っていて可愛いと思う」と、正直な思いを告げる。

 すると、すっかり機嫌を取り戻した様子の涼奈。やっぱり、思ったことは正直に言うべきだな。

 そのまま、話題の流れで。


「それで、中野はどうしたんだ?」

「杏子さん、しばらく休憩するって。……お兄ちゃんと、二人で過ごしていいよって、言われちゃった」


 何だその許可制。いつからそんなシステムが出来たのだろうか。


「てことで……お兄ちゃん、ちょっと散歩でもしない?」

「散歩か……そうだな。せっかくだし、その辺歩いてみるか」


 まあ、不満があるわけじゃないし、いいんだけども。



 そうして、涼奈と二人、海岸沿いを歩き始めた。

 波の音と、足音だけが耳に入る。先ほどまで、色々と話をしていたはずなのに……こうして、いざ涼奈と二人で歩き始めると、何を話していいのか分からなくなった。

 そして、少しして。


「実はさ──」


 涼奈が口を開いた。


「海に行くって決まってから、お兄ちゃんと二人で、こういう場所を散歩したいなって思ってたんだ」

「そうなのか? 一緒に泳ぐとかなら分かるけど……」

「うん。……私の好きなゲームにね、同じようなシーンがあって、それで」

「ああ、なるほど。言ってくれれば、もっと早く付き合ったのに」

「なかなかタイミングが無くって。……それに、誘うのも結構勇気出さなきゃだし」


 そうなのか。

 俺にとっては、何気ない散歩だけど……涼奈にとっては、結構大きなイベントのようだ。

 まあ、色々あったしなぁ……よく考えてみれば、今こうして、普通に接していられるのも、凄いことのなんじゃないかと思う。

 元通り、とは少し違う。涼奈からの告白を受けて、俺たちの関係は、今までとは別物になったから。

 多分、この感じが……これからの俺たちの当たり前になるんだろうな。

 そんなことを思ったら、ふと、口から言葉が漏れた。


「俺はさ、いまの感じの方が好きだな」


 と。そんな俺の言葉に、涼奈が問う。


「今の感じ?」

「中学生の頃はさ、涼奈とは全く関わらなかっただろ? 俺はそれが当たり前だと思ってたし、これからもずっとそれが続くんだと思ってた」

「……うん」

「けどさ、涼奈と血の繋がりが無いって知って、それから涼奈の本当の気持ちを聞いて、それに応じてあげることは出来なかったけど……それが一つのきっかけになって、俺たちの関係って、ずいぶんと変わってさ。最初は戸惑いもしたけど……あのころに比べたら、今の方が、何というか……楽しいっていうかさ」

「……そっか。お兄ちゃん、そんな風に思ってくれてたんだ」

「涼奈には、ちょっと申し訳ないけど……俺は、こうなれたことが嬉しいと思ってるんだ」


 それは、俺の正直な気持ちだった。

 今後、俺の気持ちがどうなるかなんて分からない。

 けど、これだけは言える。不仲だったあの頃よりも、こうして色々ありつつも、仲良く一緒に海岸沿いを歩いている今の関係の方が、絶対に良いって。


「……まあ、申し訳ないって思ってるなら、私の告白に応えて欲しい気持ちはあるけどね!」


 と、俺の言葉を聞いて、少し意地の悪い回答をする涼奈。

 けど、すぐにこう続けた。


「けど、別にいいの。私も、こうしてお兄ちゃんと一緒にいられるだけで、幸せだって思えるから。あの頃……お兄ちゃんへの気持ちを我慢してた頃は、毎日辛かった。顔を合わせるたびに、胸が痛くなってた」

「涼奈……」

「けど、今は毎日が楽しい! それに……お兄ちゃんが振り向いてくれないなら、アタックすればいいだけだしね! その許可だって貰ってるわけだし……これからも私は、我慢しないでどんどん行こうって思ってるから!」


 そう言うと、涼奈は俺の右手をぎゅっと握り。


「だから……これからも宜しくね、お兄ちゃん♪」


 と、今日一番の笑顔を見せるのであった。

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