第58話「悪くない、と思う」

 プライベートビーチ。

 そんな言葉を、身近に感じる瞬間が訪れるとは思わなかった。

 中野に誘われ、涼奈と三人でやって来た海旅行。中野家が所有している超豪華な別荘で寝泊まりをさせてもらえるというだけでも、ずいぶんと非現実的な日常を過ごしているって感覚だったんだが……まさか、次に登場するのがプライベートビーチとはな。

 驚きを通り越して、呆れているまである。中野家、一体どうなっているんだ……。

 そんなわけで、見渡す限りの地平線を眺めながら、太陽に焼かれた砂浜の上で一人、涼奈たちの到着を待つこととなった俺。なんとも寂しいものだ。周りに人がいないというのは。


「──お待たせ、涼太郎」


 そんなことを考えていると、まずは中野が先にやって来た。

 声をかけられ振り返る。そこには、スタイル抜群の美人なお姉さんが佇んでいた。


「どうかな、新しい水着なんだけど」


 フリルの付いたビキニタイプの水着。やや紫がかった色合いと白色の組み合わせが、少し大人っぽい中野にピッタリだ。

 スタイルもいい。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 改めて思ったけど、やっぱり中野は、かなり美人の部類だよなぁ……学校で人気が高いのも、この姿を見れば頷ける。


「……黙って見つめられるというのも、それはそれで恥ずかしいものだね」


 と、俺が何も言わないものだから、逆に中野は恥ずかしそうにし始めた。

 しまった。見とれていた……というか、上手く言葉が出てこなかったというか。


「す、すまん。似合ってると思うぞ? 上手く言えなくて申し訳ないんだけど……」

「ふふっ、そっか。大丈夫、涼太郎にそこまでは求めないから、安心して。それに、似合ってるって一言だけでも、凄く嬉しいからね」


 そう言ってもらえると助かる。

 俺の人生で、女の子の水着姿を褒めるなんて経験、無かったからな。なんて言っていいやら困ったものだ。


「そういえば、涼奈は?」

「ああ、もうすぐ来ると思うけど……」


 と。向こうから、人影が見えた。


「お待たせ、お兄ちゃん」


 涼奈だ。頭にかぶっている麦わら帽子が、どこか新鮮さを感じさせる。


「うーん、恥ずかしいなぁ……中野さん、スタイルいいし……」


 だが、涼奈は自分の水着姿にあまり自信がない様子。

 中野と同じタイプの水着を選んだことも、自信を喪失させる一因になっているのかもしれない。確か、一緒に買いに行くとかなんとかって言ってたっけ。

 ……けど、そんなに自信を無くすことも無いと思うけどな。

 確かに、中野に比べれば、色々と小さいような気もするが……ぶっちゃけ俺は、それも涼奈らしいなと思って、悪くないと思っていた。

 それに、普段見慣れている涼奈の姿とは違い、今日は水着姿。

 中野にも同じことは言えるが……やはり、いつもと違う格好というのは、それだけで新鮮さを感じられて、目を引くものがある。

 つまるところ……ふたりとも、めっちゃ可愛いって話だ。


「……ど、どう? お兄ちゃん」

「……悪くない、と思う。うん」

「そっかぁ……悪くないかぁ」


 口にした後、しまった、と思った。

 もう少し、言葉があったんじゃないかと。何だよ、悪くないって。

 褒めるにしたって、可愛いとか、似合ってるとか、そういうことを言わなきゃ駄目だろうと。

 しかし……涼奈は、気にしている様子はなく。


「えへへ、悪くないかぁ……」


 むしろ、喜んでいる様子だった。

 ……涼奈的には、今ので満足だったんだな。なら、いいんだけど……。

 

 それにしても、涼奈と中野を見て、改めて思う。

 こんなにも可愛い二人が、俺のことを好きだなんて……やっぱ、信じられないよな。

 色んな理由があって、二人とは付き合うという選択は選ばなかったけど……それでも、こうして俺と一緒にいる時間を楽しんでくれている。

 中野は「一緒の時間を増やすことで、元通りの関係に戻ろう」と言っていた。

 多分涼奈も、ギクシャクするのは嫌なのだろう。だからこそ、今日はずっと楽しそうにしていた。


 だったら俺も……この旅行は、全力で楽しまないとな。




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