第29話「俺が、どうしたいか」

「……えっと、住所はこの辺だよな」


 中野からウチに来ないかと誘われ……結局、こうしてやってきてしまった。

 最初は断ろうかと考えたものの、中野も中野で、何か話があるそうで。

 ひとまず、少しだけ顔を合わせるべく、メールで送られてきた住所を頼りに、家から十五分ほど歩いた場所へとやってきた。

 ……本当に、ここが中野の家なのか?

 何度か送られてきたメッセージを読み返し、地図アプリを起動しながら再確認する。うん、やっぱり間違いなさそうだ。


「……で、デカいな」


 そこにあったのは、十階以上はあろうかという、高層マンション。

 確かに、この辺りに大きな建物があったことは知っていたが……まさか、ここに住んでるとは。

 しかも、十五階って。この大きさ的に、最上階なんじゃないか?

 ひとまず、エントランスへと向かい、送られてきた部屋番号をもとにチャイムを押す。


『来たね、涼太郎。入っていいよ』


 聞きなれた中野の声とともに、すぐ隣の扉が開錠される音が聞こえてきた。

 何から何まで、金のかかっていそうな場所だ。


「やあ、よく来たね」

「あ、ああ……ビックリした。まさかお前の家が、ここだったなんてな」


 近くに住んでいることは知っていたが、まさかこんな高そうなマンションだったとは。


「ふふっ。一つ言っておくけど、このマンションはそこまで値段は高くないよ?」

「え、そうなのか? ……って、なんで俺の考えてることが分かるんだ」

「涼太郎の顔を見ていれば、なんとなく分かるさ。まあ、この辺りは田舎だから。都会に比べればね」


 とは言うものの、だろう。

 今まで知らなかったけど、中野の実家って結構な金持ちだったりするのかもな。

 ……っと、そういえば。


「あれ、ご両親は?」

「ん? 言ってなかったかい? 両親はここにはいないよ」

「え? いないって、どういう……」

「僕は一人暮らしだからね。両親は、実家さ」


 ……な、なんだと。


「てことは、今ここにいるのは俺とお前だけってことか……?」

「ああ。そうだよ」


 し、知らなかった……。

 いくら友人の家とはいえ、こんな時間に訪問なんて……いや、ここまで来てしまった俺が言うのもなんだけど。


「……そういうことは、早く言ってほしかった」

「ははっ。だって、言ったら涼太郎は来なかっただろう? それに、今日は涼太郎に少しばかり話もあるからね」

「ああ、そうだったな。その話ってのを聞きに来たんだった」


 危うく目的を忘れるところだった。

 今日は、少しだけ顔を合わせるために来たんだ。別に、長居するわけじゃない。

 状況はあまり好ましいものじゃないけど……とりあえず、話を聞いていこう。


「その前に、お茶でも入れよう。コーヒーの方がよかったかな?」

「ん? ああ、別に気を使ってくれなくてもいいんだけど……お任せで」

「分かった。それじゃ、すぐに準備するからソファで待っててくれるかい?」


 そう言われ、リビングへと案内される。

 そこは、とても一人暮らしには持て余してしまうだろうという広さだった。

 現に、かなり使われていないスペースが目立つ。テレビやソファといった、そこそこ場所を取る家具や家電が置かれているのにも関わらず、これだ。

 ……他にも、いくつか部屋があるみたいだしな。

 こうなると、別の場所にある実家とやらも少し気になるところではあるが……まあ、それはいずれだな。


「お待たせ」

「ああ、わざわざごめんな。それじゃ、いただきます」


 用意されたコーヒーに口をつける。

 ……うん、美味い。


「それじゃ、早速聞かせてもらおうかな」

「え?」

「涼奈ちゃんと、何があったのか。じっくりと、話を聞こうじゃないか」

「……話があるってのは、嘘だったのか?」

「いいや、嘘じゃないさ。涼奈ちゃんのことで話がある、とは言わなかったけどね」


 ……こ、こいつ。最初から、涼奈のことを聞く目的で呼んだのか。


「同じ部員である以上、涼奈ちゃんも他人ではないからね。二人に何があったのか、気になるのは当然だろう?」

「……はぁ。まあ、さっきの電話で少し話しちゃったしな。といっても、全部は話さないぞ?」

「ああ。それでいいよ」

「とりあえず、俺と涼奈が喧嘩……じゃないな、これは。俺が完全に悪いから、喧嘩ですらない。簡単に言えば、俺が涼奈を怒らせた……ってのも、ちょっと違うし」


 上手く説明が出来ない。

 まさか、涼奈とデートをして、告白されて、振ったとは言えないし。


「ひとまず、今日色々とあってな。俺と涼奈はまた距離が出来てしまった。そんなところだ」

「……ふふっ。全く説明になっていない説明をありがとう。とりあえず、涼奈ちゃんとの間に色々とあったんだね、色々と」

「……しょうがないだろ。あんまり、他人にべらべらと話すことでもないしな」

「ああ、そこは分かってるよ。僕にだって、聞かれたくないことの一つや二つあるからね。……それで涼太郎、今涼奈ちゃんはどうしてるんだい?」

「部屋にこもってる。……と、思う」

「思うって……確認はしていないの?」

「ああ、そうだな。一応、部屋の外から声はかけてみたが、無反応だった」


 そう説明すると、中野は随分と呆れた表情を浮かべ。


「……はぁ。涼太郎、君はその状況のまま、どうすればいいかずっと悩んでいたのかい?」

「そ、そうだな」


 すると、中野は。


「一つ、いいことを教えてあげよう。もし涼太郎の言う通り、涼奈ちゃんが部屋に籠ってしまっているのであれば、その状況をどうにかできるのは涼太郎、君しかいない。ご両親もいない、涼奈ちゃんがどんなことで悩んでいるのかは分からないけど、そういう状況なら、友達を頼るのだって難しいだろうさ。つまり……自分で蒔いた種かも知れないけど、そんな涼奈ちゃんを救ってあげられるのもまた、涼太郎自身ってことだ」


 中野の言うことは、間違っていなかった。

 確かに、涼奈の悩みを考えれば、誰にもそのことを相談することは出来ないだろう。

 そうなれば、今涼奈に何かしてやれるのは、俺だけだ。


「……まあ、僕も──だけどね」

「え?」

「いや、何でもないよ。ひとまず言えることは、これだけだ。涼太郎が悩めば悩むだけ、涼奈ちゃんの悩む時間も増える。そうなれば、せっかく縮まった距離も、また溝が出来てしまうかもしれない。涼太郎が、それでも良いというのなら、僕はこのまま放っておいてもいいとは思うけど……あとは、涼太郎自身がどうしたいか、だね」


「俺が、どうしたいか……」


 涼奈とまた話をするようになって、俺はどう思ったか。

 何も思わなかった? いいや、そんなことは無い。

 初めは、驚きの感情が強かったけど……いつしか、子供の頃みたいに話が出来ることが、嬉しいと思い始めて。

 今の俺は、涼奈の気持ちを受け入れることは出来ない。けど……だからといって、また涼奈との関係が元に戻るのは、嫌だ。


 もちろん、これが我がままだってことは分かっている。


 もし涼奈が、今まで通りが無理だというのであれば……それは、諦めるしかない。

 けど俺は、それっぽい言い訳を並べて、涼奈に一方的に気持ちを喋らせるばかりで……肝心なことを、しっかりと伝えられていなかったんじゃないか?

 涼奈には、まだ話さなきゃいけないことが、沢山あるはずなのに。


「どうやら、何か気づいたようだね」

「ああ。ありがとう、中野。……とりあえず、家に帰って涼奈に謝ってくる。許してくれるかは分からないけど、それでも俺は、思っていることを全部話してくるよ」


 こんな状況を作ってしまったこと。

 涼奈にばかり、自分の気持ちを話させてしまったこと。


「うん。それじゃ、家を出る前に……」


 そう言いながら、中野はスッと席を立ち。


「料理でも、一緒に作ろうか」


 と、提案してきた。


 ……え? どういうこと?

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