第2話「血の繋がりが無いと分かってから、妹の様子がおかしくなった」
涼奈の到着を待ち、家族四人が揃う。テーブルの上には、所狭しと俺の好物が並べられていた。
うんうん、誕生日ってのはいいものだな。
さて、早速から揚げに箸をつけようかな……と、手を差し出すと。
「こうして家族全員で机を囲むのも久しぶりだな」
母と同じく、わざわざ誕生日に駆けつけてくれた父が、そんなことを口にした。
久しぶりといっても、前回会ったのは確か涼奈の卒業式だったから、3ヶ月前くらいか?
俺はこの環境が当たり前だと思っているから、そこまで久しぶりって感覚も無いんだけど……世間一般的に見れば、感覚がずれてるのは俺の方かも知れない。
「すまんな。涼太郎、涼奈。なかなかお前たちと一緒にいられる時間も少なくて」
「いいって、それも今更だしな。もう俺だって十七だし、そろそろ自立しなきゃいけない年だろ」
確かに、最初は両親が家を空けることに、寂しさを覚えたりもしていた。
けど、そんな生活も、慣れれば楽になるもので。今じゃ、逆に一人でいられるこの環境に、心地よさのようなものも感じつつある。
「涼太郎も十七歳か。そうか、もう十七なんだな……」
「なんだよ急に。そんな、感傷に浸るような年でもないだろ」
「いやなに。お前も、それから涼奈もだな。お互い高校生になって、すっかり大人になったなと」
何だ父さん、そんなことを思ってくれてたのか。
急にしおらしい感じを出すから何事かと思ったけど、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。いつまでも子ども扱いされるのは流石にな。
なんてことを考えていると、父の隣に座っている母まで、同じような感じで。
「そうね、もう二人とも立派な大人だわ」
なんてことを言い出した。
何だどうした二人して。
今までそんなしんみりした空気を見せたこと、一切無かったと思うが。
二人とも、いつもどこか楽観的というか……毎日明るく楽しくをモットーに生きているんじゃないかというくらい人生をエンジョイしているのに。
「……ねえ、お父さん」
「ああ。そうだな」
主語が抜けた両親の会話。何やら互いに納得をしている様子だが、俺にはさっぱり話が見えない。隣に座る涼奈も、二人の顔を見ては、何を話しているんだろうと不思議な顔をしていた。
「どうしたんだよ、父さんも母さんも。すげえ深刻そうな顔して」
「……涼太郎、それから涼奈。お前たちに、大切な話がある」
「大切な話?」
「実はな、涼奈が高校生になったら、話そうと思っていたことがあるんだ。さっきも言った通り、お前たちももう、立派な大人になろうとしている。だからこそ、いま伝えなきゃいけないと、俺と母さんはそう思ったんだ」
全く話が分からない。
肝心の内容が無いのでは、俺もどう反応して──。
「実はな。お前たち兄妹は、血が繋がっていないんだ」
……。
…………。
………………ん?
最初、父が何を言っているのか理解するのに十秒くらいかかった。
血が繋がっていないって、つまりどういうことだ?
俺と涼奈は、義理の兄妹ってことか?
……え? え? つまりどういうこと?
「ごめん、ちょっと言ってる意味が分からないんだけど」
言葉の意味は分かる。けど、何を言ってるのかは全く分からない。
「すまない、今のはかなり端折った。けど俺は嘘は言わない。今から、お前たちに全部を説明しようと思うが、話を聞いてくれるか?」
「あ、ああ。とりあえず、こんな中途半端なところで話が終わっちゃ、俺も納得いかないからな」
「涼奈も、いいか?」
父の問いかけに、しばし無言を貫き通していた涼奈だったが。
「……うん」
小さく、一つ頷いた。
「──まずこれは、涼奈にとってかなり酷な話になってしまうかも知れない。だが、決して勘違いして欲しくないのは、俺も母さんも、お前たちが大切な息子と娘であることに変わりは無い、ということだ」
そう前置きをしたのち。父は、一つずつ説明をしてくれた。
「父さんと母さんが出会ったのはな、大学のゼミがきっかけで……」
「っておい、何の話だよ!」
思わず突っ込みを入れてしまった。惚気でも始める気か!?
「いいから聞け、涼太郎。これは、この先に必要な前段階だ」
「……はあ、なるべく簡潔に頼む」
「で、だ。大学のゼミがきっかけで知り合った父さんたちだったが、実は元々そこまで仲は良くなかったんだ。そんな俺たちを引き合わせてくれたのは、当時母さんの幼馴染で友人だった、鹿谷良子という子だったんだよ」
何でも、母さんはその頃から父さんのことが密かに好きだったらしい。否定しないところを見るに、どうやらそれは事実なのだろう。
んで、そのことを母さんが鹿谷良子さんという幼馴染に相談したところ、二人の仲を取り持ってくれた、と。
……なんだよ、結局惚気じゃねえか!
「それから数年経って、俺たちは結婚し子供が出来た。それが涼太郎、お前だ」
「はあ、そうだったんだな」
「俺と母さんは、鹿谷に随分と感謝したものだ。あいつがいなかったら、俺たちは結婚することも無かっただろうからな」
「そうね。良子には感謝してもしきれないわ。だから、余計に……」
一体いつになったら本題に入るのか。
そう思っていたのだが、急に父と母の雰囲気が変わったのに気がつき、喉まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。
「その一年後だ。すでに結婚していた鹿谷に、子供が出来たんだ。……可愛い、女の子だった」
……なんとなく、話の概要が掴めて来た。
それは恐らく、楽しい話なんかじゃなくて。きっと、耳をふさぎたくなるようなことだと思う。
しかし、父は話を辞めることはなかった。
「だが、子供が出来てすぐ、鹿谷と旦那さんがな。交通事故で、亡くなったんだ」
「…………」
「その鹿谷の娘というのが涼奈、お前だ」
ようやく、話の整合性が取れた。
そもそもこの話の根底にあったのは、俺と涼奈が血の繋がっていない兄妹だということにあったはず。
と、なると。こういう結末が待っているのは、ある意味必然だったのかもしれない。
「……嘘」
話を聞いた涼奈が、隣で小さく呟いた。
表情は見えなかった。というより、見られなかった。
俺と涼奈では、この話で受ける衝撃が大きく異なる。涼奈にとって、実の両親だと思っていた二人が、実は本当の父親と母親じゃなかった。更には、自分の本当の両親は、すでにこの世にいないんだ。
「事故で亡くなった鹿谷だったが、奇跡的に涼奈だけは助かってな。……ただ問題だったのは、鹿谷も、それからアイツの旦那も、天涯孤独の身だったことだ。涼奈を引き取れる人間が誰もいないってことに、気がついてしまったんだよ」
そこからは、母が説明を続けた。
「私は、良子の幼馴染だったから全て知っていたの。あの子の境遇も、全てね。それで、色々と話し合った結果、良子の娘は私たちが引き取ることに決めたわけ」
色々話し合ったって……そんな、簡単なことじゃないだろう。と、思う。
両親が何を考えて、どういう経緯で涼奈を引き取ったのか、俺には分からない。
けど、二人の様子を見るに、相当な決意だったことは伺えた。
「そうして涼奈。貴方は、鹿谷涼奈から、高垣涼奈になったの。……ごめんなさい、今まで黙っていて」
「俺からもすまん。いつ本当のことを話すか、ずっと悩んでいた。なるべく早いほうがいいのか、それともいっそ話さない方が幸せなのか、と。しかし、お前たちももう高校生。自分で考えて行動が出来る年になった。今ここで話すのが一番だと、俺たちは思ったんだ」
頭を下げる両親。
この話は、俺にとってもかなり衝撃的なことだった。そりゃ当然だ、今まで妹だと思っていた涼奈が、実は妹じゃなかった……訳でもないけど、結局は他人だったわけだ。
いやまあ別に、俺はいい。
確かに衝撃的な話ではあったことは事実だ。けど、だからといって何かが変わるわけでもない。
たとえ血が繋がっていなくとも、涼奈は妹だ。そのことは、決して揺るがない。
だが、涼奈はどうだ。
涼奈にとってみれば俺も、そして両親も、結局は赤の他人だということになる。
「…………っ」
本人に気づかれないよう、横目で涼奈の表情を伺う。
はっきりと見ることは出来なかったが、動揺しているのはすぐに分かった。顔を伏せるように下を向き、小刻みに肩を震わせている。
「涼奈、よく聞いて欲しい。俺も母さんも、お前のことは本当の娘だと思っている。確かに血の繋がりは無いかもしれないが、それでも涼奈は、俺たちの大切な子供だ」
「そうね。私も、お父さんと同じ」
「……ありがとう、お父さん。お母さん」
両親の言葉を聞き、小さな声で、そんな言葉を呟く涼奈。
「少し、一人で考えたいから……部屋に戻ってもいい?」
「ああ、それはもちろんだ」
「うん。けど、これだけは変わらない。私も、お父さんとお母さんのこと、本当の両親だと思ってるのには変わらないから」
「それは、分かってる。だって……私にとっても、お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんだから」
そういうと、涼奈は自分の部屋へと戻っていってしまった。
……何という誕生日だろうか。
「ごめんね、涼太郎」
「いや、別に母さんたちが謝ることじゃないと思う。事情はなんとなく分かったし、いつまでも黙っておくわけにもいかないもんな」
「そう言ってくれるとありがたい。涼奈は今、かなり動揺しているはずだ。兄のお前が、しっかり支えてやって欲しい」
ああ、それはもちろん。
そう答えたい気持ちはあるが、涼奈がそれを求めているかは別だ。
俺と涼奈の関係を考えればなおさら。この事実を知って、涼奈が俺のことをどう思うか、それは全くわからなかった。
だから、俺は──。
「なるべく、頑張るよ」
曖昧な返事しか、返すことは出来なかった。
◆
『実はな。お前たち兄妹は、血が繋がっていないんだ』
お父さんの言葉が、何度も、何度も、何度も頭の中を駆け巡る。
私の本当のお父さんとお母さんは、もうずっと前、私が生まれたばかりの頃に死んでしまった。
そうして私は、今のお父さんたちに引き取られ、高垣家の一員となった。
一度足りとて、疑ったことなどなかった。
お父さんもお母さんも、私のことを大切に育ててくれたことは分かってるし……きっと、今日こうして教えてもらわなかったら、一生気づかなかったはずだ。
「……なんだか、信じられない」
あまり実感が湧かない。私には別のお父さんとお母さんがいて、ずっと本当の家族だと思っていたみんなは、実は赤の他人で。
けど、私には生まれたばかりの頃の記憶なんて、全くない。
だから……寂しいとか、そういう気持ちも、あまり浮かんでこないというのが正直なところ。
私にとって、今一緒にいるお父さんとお母さんが、本当の両親だと思っているし……それで、何か私の生活が変わるかと言えば、そんな気も全然していなくて。
……むしろ、それよりも。
「私……お兄ちゃんと、血が繋がっていなかったんだ」
その事実の方が、衝撃は大きく上回っていた。
「……そっか。お兄ちゃんと、そっか……」
ポツリと呟く。動悸が激しい。心臓が、さっきからずっとバクバクとうるさい音を鳴らしている。
顔も熱い。鏡を見なくても分かる。きっと私の顔は今、真っ赤なんだろう。
「……私、"お兄ちゃん"と──」
その日、私はあまり眠れなかった。
「あ、おはよう。涼奈」
時刻は朝六時。いつもより、一時間ほど起きる時間が早い。
まだ眠い目を擦りながらキッチンへ向かうと、そこにはお母さんがいた。
「はやいね、お母さん」
「うん。涼奈たちを見送ったら、急いで戻らなきゃだし……その前に、ちゃんと涼奈と話をしておきたいなって」
話……きっと、昨日のことだろう。
「ごめんなさいね、涼奈。ずっと黙ってて」
「……ううん。別に、それは気にしてないから」
それは、紛れもない私の本音。それから、これも。
「お母さんも、それからお父さんも……何も、気にしなくて大丈夫だから。だって、私……血の繋がりが無くても、二人のこと、本当の両親だと思ってるし」
「涼奈……ふふっ、ありがとう。私も、あなたのことは本当の娘だと思っているわ。たとえ、自分がお腹を痛めて産んだ子じゃなくてもね」
そう。それさえ聞ければ、充分なんだ。
「あ、でも。今度、お墓参りには連れていって欲しいかな。顔も、名前も知らないけど……それでも、私を生んでくれた、もう一人の両親には、ちゃんと挨拶したいから」
「ええ、そうね。次のお盆には、みんなで行きましょう。お父さんと涼奈、それからお兄ちゃんともね」
「うん」
それを聞き、満足いった私は、冷蔵庫に手を伸ばした。
中から、料理に使えそうな具材をチョイスし、キッチンに並べていく。
「あら、朝ご飯を作るの?」
「ううん、お弁当。日課だから」
なんて、嘘。
お弁当なんて、今まで作ったことはない。
……けど、今日から日課にするつもりだから、ある意味嘘じゃないのかな?
「そっか。涼奈、ありがとうね。いつもお兄ちゃんの面倒を見てくれて」
「別に……そんなんじゃないよ。ただ、料理作ってあげてるだけだし」
なるべく平静を装いつつ、そう返す。
別に、兄さんの面倒をみたくて料理をしているわけじゃない。
今までは……料理を作って食べてもらうことくらいしか、兄さんと接する機会が無かったから。だから、どれだけ大変だって思っても、苦にはならなかった。
むしろ……それ以外の時間、兄さんと関われない方が、よっぽど辛くて──。
「──ねえ、涼奈」
そんなことを考えていると。お母さんが突然。
「いい事を教えてあげる。あのね、実は…………なの」
耳元で、小さく囁く。
「──えっ」
お母さんの言葉を聞き、一気に体温が上がった。
昨日と同じくらい、鼓動が激しい。
「ふふっ。それじゃ、涼奈。お弁当作り頑張ってね」
そう言い、シャワーを浴びてくると、母はキッチンを後にした。
そして、残された私はと言えば……さっき、お母さんから聞いた言葉が忘れられなくて、しばらく経ち尽くしたままになるのであった。
◆
両親から、衝撃の事実を突きつけられた翌日。
なんとなく、涼奈と顔を合わせ辛いなと思い、起床した。
いつもこの時間は、涼奈が朝食を取っているタイミング。このままリビングへ向かったら、恐らくは涼奈と鉢合わせをすることだろう。
いつも面と向かって何か会話をするわけではないが、そこは昨日の今日。
俺は特に気にしていないが、涼奈が何を思っているのか。
それを考えると、どうにも階段を下りる足取りは重い。
「──おはよう」
だが、このままというわけにもいかず。
観念してリビングのドアを開けると、そこに涼奈はいなかった。
「母さん、涼奈は?」
気になって、台所にいた母に聞いてみる。
食卓に並べられているはずの食器はすでに片付けられており、席を外しているような感じでもない。
「ああ、涼奈なら先に行ったわよ。今日は日直の仕事があるからって」
なるほど、日直だったか。
昨日あんなことがあったのにも関わらず、いつも通りに過ごせてるのは凄いなと少し感心してしまう。
「涼奈の様子、どうだった?」
「そうねぇ、少し眠そうだったかしら。もしかしたら昨日、あまり眠れなかったのかも」
「まあ、そりゃそうだろうなぁ。俺だって、昨日は色々考えて、ゆっくり寝られなかったし」
「そうね。だからこそ、昨日も言ったけど……涼奈のこと、よろしく頼むわよ? あんたが学校に行ったら、すぐに向こうに戻らなきゃなんだから」
「ああ、分かってる」
俺に出来ることは少ないだろうが。もし涼奈が、俺のことを頼ってくれるのであれば……そこは、今までのことは気にせず、しっかり協力してやりたい。
「それじゃ、早くご飯食べちゃいなさいね。遅刻するわよ?」
「っと、そうだ。急がないと」
いつまでも涼奈に気を取られるわけには行かない。
早いとこ朝食を……って、何だこれ?
「母さん、机の上にそれ、もしかして弁当?」
綺麗に包まれた四角形のそれは、パッと見てお弁当であることがすぐに分かった。
といっても、これが誰のために作られたものなのかはわからない。
俺は大抵購買でパンを買うことが多いし、別に小遣いに困っているわけでもない。もしかして、母さんが気を使ってくれたのだろうか。
「何言ってるの、いつも食べてるんじゃないの?」
「は、何を?」
「涼奈のお弁当よ。いつも涼奈がおにいちゃんに作ってるって、朝言ってたけど」
「……え? 涼奈が、俺に?」
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