第8話「話題さえあれば、普通に喋れそう」

 ──コンコンッ。


 土曜日。ちょうど、中野に涼奈についての相談を持ち掛けた翌日。

 昨日のことを思い出しながら、涼奈とどう接していこうか悩んでいると、ふいに部屋のドアを誰かが叩く音がした。

 特に誰かと約束をしていた記憶はない。さらには、休日にアポ無しでこの部屋を訪れるやつに、心当たりだってない。

 となると、このノックは……。


「──涼奈か。どうかしたか?」


 ドアを開けると、そこには妹──涼奈の姿があった。


「……ちょっと、付き合って」

「え?」



 付き合って。

 言葉の意味が分からずに混乱してしまったが、要するに。


「買い物に行くから着いてきて」


 ってことらしい。

 いやまあ、別に妹だし、変な意味に捉えたりはしないけど……今まで涼奈から買い物に誘われたことなんて無かったから、正直ビックリしている。

 これも、涼奈の変化の一環か。

 涼奈が、俺との関係を少しでも修復するべく、こうして買い物に誘ってくれたのだろう。呼ばれた理由は荷物持ちだとか、そういうことかもしれない。けど、それでもこうして涼奈が行動してくれるのであれば、俺もそれに応えなければ。

 無理をしているのか、それとも慣れないことをして自分でも戸惑っているのか、一緒に家を出てからここまで、俺たちの間に会話が全く生まれてこない。

 誘われたということもあり、若干受け身になっていた俺だが、このままではいけないと思う。

 せっかく涼奈が頑張ってくれているのに、俺が何もしないというのはダメだ。

 ここは一つ、俺から話しかけて、少しでも涼奈との関係を……。


「あー、涼奈。学校はどうだ?」


 ……いや、会話へたくそか!

 なんだその会話は。それを知って、俺はどうするんだ!


「……学校? 別に、普通だけど」


 突然声をかけられたのにびっくりしたのか、少しだけ言葉を発するまでに間のようなものを感じたが、普通に返事はしてくれた。


「そ、そうか。それならよかった」

 

 ……。

 …………。


 はい。会話終了。

 あれ、妹と会話って、どうすればいいんだ?

 長いこと涼奈と喋ってこなかったからな……改めて考えると、かなり難易度が高いミッションな気がする。

 ええっと、高校生の女の子が好きそうな話題……妹としても、おかしくないような会話内容は……。


「か、彼氏とかいないのか? 高校に入学してそこそこ経つし、そういう話も──」

「いないから。彼氏とか」


 一殺。バッサリと否定された。

 心なしか、めちゃくちゃ不機嫌そうな雰囲気を醸し出し。


「……そ、そうか」


 この話題はダメだ。

 どうやら涼奈は、あまり恋バナみたいな話は好きじゃないらしい。


 ……本当は、一番涼奈とは話をしなきゃいけない話題が、あるような気もするんだけど。

 流石にそれはまだ早いか。



 結局、それ以上会話が盛り上がることはなく、俺と涼奈は近所のショッピングセンターへとやってきた。

 ここら辺だと一番大きい施設で、ある程度の品ぞろえもある便利な場所なんだけど……そういえば。


「今日は、何を買いに来たんだ?」


 まだ、買い物の内容を聞いていなかった。

「とりあえず、晩御飯の材料かな。あとは、今週使うものも、買い溜めしておきたいし」


 なるほど。その荷物持ちをお願いしたいということだな。

 それならちょうどいい。荷物も多くなるだろうし、今まで涼奈一人に任せきりだったから、ここは俺の出番だ。


「だから、お兄ちゃんは何を食べたいのか隣で教えて」

「……え? 荷物持ちじゃなくて?」

「……? 荷物持ちって、何?」


 あれ、てっきり荷物を持ってほしいから呼ばれたのかと思っていたんだけど、そういうわけじゃないのか。

 いやまあ、別に頼まれなくても荷物くらい持つけど。


「いや、何でもない。とりあえず俺は、食いたいものを言っていけばいいんだな?」

「うん。献立考えるの、結構大変だから助かる」


 確かに、そういう話を聞いたことがあるな。

 なんでもいいって返答が、一番困るって。

 毎日料理をする人は、確か献立を考えるのが一番大変だとかなんとか……よし。


「じゃあ、まずは唐揚げ。これは鉄板だ」

「うん、知ってる」

「あれ? 俺の好物だって、言ったことあったっけ? ……んー、じゃあカレーとか」

「それも、作る予定」

「じゃあなんかさっぱりしたものとか……」

「豚肉ともやしをポン酢で炒めたものとか好きだよね」

「あ、ああ……」


 あれ、涼奈に好きな食べ物、教えたことあったっけな。

 色々と食べたいものを挙げていってるんだけど、全部涼奈のリストに入ってるみたいで……。


「……すまん、あとは涼奈に任せる」


 結局、一番ダメな返答を返すこととなってしまった。



 食料品の買い込みも終わり、時刻は十五時を回ったころ。


「これからどうするんだ? まだ、買い物残ってる?」

「……えっと、あとは」


「──あれ、涼太郎?」


 次の目的地を涼奈に尋ねていると、不意に後ろから名前を呼ばれたのに気が付いた。

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