第48話「……けど、そんな優しいお兄ちゃんだから」

 日曜日。

 今日は、涼奈たっての希望で、一緒に出掛けることとなった。


 涼奈曰く、デートのやり直しだそう。

 まあ、確かに……この間の水族館は、色々と涼奈に申し訳ないことをしてしまったしな。

 デートっていう響きはとてつもなく恥ずかしいけど、今日の外出で少しでも喜んでくれれば俺も嬉しい。


 中野のことも気がかりではあるけど、今日は涼奈のことを第一に考える。

 そういう一日にしようと思う。


「──お待たせ、お兄ちゃん」


 やがて、準備を終えた涼奈がやってきた。

 白のトップスに緑のロングスカート、以前一緒に出掛けた時と、全く同じコーディネート。

 こういうところも、やり直しって意味が含まれているのかな。


「涼奈、前と同じ格好なんだな」

「うん、この方がやり直しって感じがしていいかなって」

「なるほど。それじゃ、俺も着替えた方がよかったか?」

「ううん、別に大丈夫だよ。だって、今日はお兄ちゃんの服を買いに行く予定だから」

「へ? 俺の?」

「そうだよ。お母さんから頼まれてたの。お兄ちゃん、放っておくと服を買うお金を別のことに使っちゃうんじゃないかって」

「母さん……それに、涼奈まで」


 とはいえ、否定できないのもまた事実。

 両親から、生活費という名目で毎月振り込まれるお金の中には、各々の必要なものを買うためのお金も含まれている。

 その中には、当然普段着る服を買うお金だって入ってるわけで……。ただ、別に高い服を買う必要なんてないし、それに、精々休日くらいしか私服を着る機会なんて無いから、あまり種類を持っててもなと、ここ最近は新しい服はほとんど買っていない。

 浮いたお金も、別のことに使えてちょうどいいしな。

 そんな、若干セコイことをしてたんだけど……どうやら見抜かれていたらしい。


「……はあ、分かった。それじゃ今日はアウトレットに行くか」

「うん! 私も、そうしようと思ってた」


 あそこなら、確か色んな店があったからな。

 涼奈を満足させられて、かつ安く見繕えるはずだ。



「んー、こっちもいいと思うけど、でもなぁ……」


 やって来たのは、UGなるショップ。

 並んでいる服はどれも数千円程度で、まぁギリギリ許容範囲内って感じだ。

 とはいえ、そんなに何着も買うわけにはいかない。

 そこで、涼奈には「ひとまず上下一着ずつ」と事前に伝え、一緒に色々と探しているのだが……。


「やっぱり、さっきのもう一回着てもらっていい?」

「え? またか?」

「ああでも、こっちも似合いそうだしなぁ……」


 と、ずっとこんな感じで、かれこれ三十分以上が経った。


「なあ、涼奈。どれも同じじゃないか?」

「違うよ、全然違う! それに、せっかくのチャンスだし……」

「チャンス?」

「あ、えーっと……その……」


 少し歯切れの悪い感じで、涼奈が説明をしてくれる。


「私が選んだ服をお兄ちゃんが着て、一緒にデートするのって……憧れてたから」


 ……ぐっ。

 そんなしおらしい感じで言われたら、駄目だなんて言えないじゃないか。 

 俺としては、別にどの服でも喜んで着るんだが……まあ、仕方ない。

 今日は涼奈が喜んでくれるのが一番って、決めてたしな。


「……しょうがない、えっと、結局どれを着たらいいんだ?」

「あ、うん! じゃあ次は──」


 そうして、結局その後も涼奈のオススメする服を何着も試着し。


「──とっても似合ってるよ、お兄ちゃん」

「はいはい。選んでくれてありがとうな」


 一時間後、ようやく涼奈によるコーディネート大会は、終わりを迎えた。




「次は、どこに行くんだ?」


 UGを出て、ぶらぶらとアウトレットの中を歩きながら、次の目的地を尋ねる。


「あ、えっと……実は、他に行きたいところ考えてなかったんだ」

「そうなのか?」


 てっきりこの後も予定を組んでいるのかと思っていたが。


「その、私が選んだ服をお兄ちゃんが着てくれて、一緒にぶらぶら出来たら嬉しいなって思っただけだから」

「……あー、そうか。まあ、涼奈がそれで嬉しいなら、俺は何も言わない」


 とてつもなく恥ずかしいけどな!


「それじゃ、少し早いけどお昼にするか? ここなら店も沢山あるし」


 手軽に食べられるハンバーガーショップや、ちょっといい感じのパスタ店。

 他にも色んな店があるから、選択肢に困ることは無いだろう。


「うん、そうだね」

 そうして俺たちは、近くにあったレストランで昼食をとることになった。




『──お待たせしました。こちら、食後のデザートになります』


 そうして、互いのデザートがテーブルへと届いた。

 ちなみに俺はカレー、涼奈はオムライスを注文。普通に美味しかったので大満足だ。

 おまけに、デザートまで付いてくる充実っぷり。

 学生の財布事情にも優しい、いいお店だ。


「涼奈は、チーズケーキか」

「そうだよ。美味しそうだよね!」


 表面の焼き目がいい感じについており、添えられたフルーツがまた食欲をそそる。

 俺は、さっぱりしたものが良いかなとアイスを注文してみたが……ケーキも美味しそうだ。

 次に来ることがあったら、俺もそうしてみようか。


 なんて、涼奈の前に置かれたチーズケーキを眺めていると。

「──一口食べる?」


 と、聞かれてしまった。


「……え? ああいや、別にそう言うつもりじゃなかったんだが」

「別に大丈夫だよ。私も結構お腹いっぱいだし、少しあげるね」


 ……まあ、涼奈がそう言うなら。それに、好意を無下にするのもなんだし。


「はい、どーぞ」

「……あの、涼奈さん?」


 ありがたく一口いただこう。

 そう思ったと同時に、涼奈は手に持っていたフォークで一口サイズにカットし、それを刺して俺の口元へと持ってきた。


「……食べないの?」

「いや、食べるよ。食べるけど……」


 これは、いわゆる「はいあーん」ってやつでは!?

 噂には聞いていた。だが、実際に自分がその立場になると分かるが……これは死ぬほど恥ずかしい。

 そんなことは無いと思うが、何だか周りから見られているような気すらしてくる。

 いや、気のせいだろう。自意識過剰になっているだけだ。

 ……いや、それにしてもこれを口に運ぶのは、若干勇気が──。


「……はっ」


 見ると、涼奈が少し悲しげな表情を浮かべている。

 いかん、今日は涼奈のために一日。

 せっかく善意でやってくれているのに、それを断るのはダメだ。


「──い、いただきます」


 決心を決め、フォークに刺さったチーズケーキを口に運ぶ。

 ……甘い。めちゃくちゃ甘い。

 ケーキの甘さなのか、この空間が甘いのか。良く分からないけど、とにかく甘さがいっぱいに広がってくる。


「……ふふっ」


 ゆっくり咀嚼を続けていると、それを見た涼奈は先ほどの表情から一転、急に笑い出し。


「お兄ちゃん、やっぱり優しいよね。私がこういう表情したら、いつも食べてくれるし」

「……んぐ。……そういえば、前も似たようなことがあったな」


 ついこの間も、看病と称してお粥だか何だかを食べさせてもらった気がする。

 あの時も、確か涼奈がこんな表情を浮かべて……駄目だ、どうも俺は涼奈に弱いのかもしれない。


「……けど、そんな優しいお兄ちゃんだから」

「ん?」

「ううん、何でもないよ。それより、今度はお兄ちゃんが食べさせて?」

「お、俺がか!?」

「だって、私もアイス食べたいもん。いいでしょ、お兄ちゃん?」

「……はぁ、もう何でもいいよ」


 こうして、今度は俺がアイスを掬い、涼奈に食べさせてあげることになった。

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