第35話「なら、私は」
結局その日は、それ以上特に話をすることなく解散することになった。
まだ、色々と杏子さんのことで聞きたいことはあったけど……それ以上、聞けなかった。
どうして杏子さんは「幸せにできない」だなんて言い方をしたのか、とか。
話の中でも、気になる言葉はいっぱいあった。ただ、なんとなく。
それ以上尋ねたら、駄目な気がして。
「それじゃ。今日はありがとう、涼奈ちゃん」
「あ、私こそ……お時間取っていただいて、ありがとうございました」
家の前で、一言挨拶をして別れる。
杏子さんが、お兄ちゃんに対して好意を抱いているのは間違いないと思う。
けど……具体的にお兄ちゃんと付き合おうだとか、そういうことは考えていないと言っていた。
……なら、私は。
「ただいま。お兄ちゃん」
「おお、お帰り。中野は?」
「さっき別れたよ。それよりお兄ちゃん」
「ん?」
「今度、デートのやり直しをしたいんだけど……駄目?」
「……えっ!?」
杏子さんには悪いけど、この間に全力でアプローチしていこうと思う。
だって……私も、お兄ちゃんのこと大好きだし。それに私は……お兄ちゃんと、結ばれたいって、心の底から思ってるから。
◆
「……ふー。いつか慣れる日は来るのかな。これ」
先日の一件を経て、涼奈はすっかり吹っ切れてしまったのか……俺への好意を、隠すことなく晒すようになった。
もちろん、自分で許可したわけだし、それに迷惑ってことも無いからいいんだけど……やっぱり、未だに慣れない。今日だって、またどぎまぎさせられてしまった。
結局、今週もまた、どこかへデートへ行くことに。
流石に前回と同じ場所へ……ってわけにもいかないだろうし、どこか別のところを考えておかないと。
「流石に、今度ばかりはこいつに頼るわけにもいかないからなぁ」
そう呟き、机の上に置かれたままになっていた虹色グラフィティを手に取る。
結局、あれ以来全くプレイをしていない。というか、出来なくなっていた。
色々あったしな。悠一には悪いけど、明日にでも返却しよう。
そうして俺は、虹色グラフィティのパッケージを、鞄の中へとしまった。
□
「よ。涼太郎」
「おお、悠一。ちょうどいいところに」
朝。教室に到着すると、悠一から声をかけられた。
ちょうどゲームを返そうと思っていたら、丁度良かった。
「これ、返すよ」
「おお、虹グラか! そういえば、涼太郎に貸したままだったな! ……それで、感想はどうだ?」
「ああ、色々あって奏ルートしかプレイしてないけど……まあ、良かったと思うよ」
正確には、奏ルートの途中までしかプレイできてないけど。
ただ、どうやら俺の回答に満足した様子で。
「そうかそうか。それは良かった! 奏ルートこそ至高だからな。良さが分かってくれて、俺は嬉しいよ」
そうまで言われると、ちょっとだけ申し訳なさもある。
……いつか、涼奈にでも借りてちゃんとプレイするか。まあ、しばらく先になるだろうけど。
「っと、それより悠一。俺に声をかけたってことは、何か用事があったんじゃないか?」
「ん? ああ、そうだ思い出した。実はさっき、鷹野先生に捕まってな。たまには部活に顔を出せって言われちゃってよ」
「鷹野先生が? 珍しいな、あの人基本的には適当なはずなのに……」
「なんでも、別の先生に言われたんだとさ。もう少し何か活動をしろってな。それで、俺に声をかけたらしい。本人、めちゃくちゃ面倒くさそうな顔してたぞ」
「ああ、それはなんとなく想像がつくな……」
「ま、そういうわけだから、今日は久しぶりに部活行くわ。涼太郎、頼んだ」
一体何を頼まれたのかはよく分からないが、そういうことなら仕方ない。
「じゃ、また放課後な」
「分かった。適当に声をかけてくれ」
ちょうど、涼奈も入ったことだしな。そろそろ、部活らしいことを何かやろうと、中野に提案してみよう。
□
放課後。悠一を連れて、部室へと足を運ぶ。
中野には昼休み、今日来ることを伝えてある。
本人曰く「どっちでもいいよ」とのことで、そこまで部員が一人増えることに喜びも何もなさそうだったけど、活動のことを話したら。
「それは確かに考えなきゃいけない」
と言っていた。
ちょうど、今なら部員も四人になるし、もしかしたら他の幽霊部員たちも来るかもしれない。
そう思い、扉を開けてみたが。
「やあ、涼太郎」
いたのは、中野一人だった。
……はぁ。結局増えたのは悠一だけか。まあ、そうだろうなとは思っていたけど。
「おじゃましまーす」
そして、後ろから他人行儀な挨拶とともに入室する悠一。
一応部員なのだから、おじゃましますは違うんじゃないかと思いつつ、突っ込むのも面倒なのでスルーしておく。
「ああ、伏見君か。涼太郎から話は聞いたよ」
「あ、そうか。今は部長が中野さんだったんだな。とりあえず、何か一つ活動しろってことだったから、それまでは俺もちょくちょく足を運ぶわ」
こいつ、一つ終わったらまた幽霊部員に戻るつもりか……。
まあ、良いけどさ。
「んで、部員は三人しかいないのか?」
「いいや。あと一人、もうすぐ来るはずだけど」
そう会話をしていると。
「遅くなってごめんなさい!」
もう一人の部員、涼奈が遅れて登場してきた。
……知らない女子生徒連れて。
「あ、えっと。実は部活見学をしたいって、友達が言ってて連れてきたんですけど……」
「はいはーい。芹沢有紀って言います! 涼奈がボランティア部に入ったって聞いて、私も部活見学させてもらいたいなと思ってきました!」
どうやら、涼奈の友達だったみたいだ。
「杏子さん、大丈夫でした?」
「え? ああ、うん。それは別に構わないよ」
「あ、中野先輩ですよね。噂は聞いてます! 今日は、よろしくお願いしまーす!」
随分と元気な子だな。
涼奈とは少しタイプの違う……見た目からどこか、ギャルっぽさを感じるというか。
「えーっとそれから……涼奈のお兄さんは、どっちですか?」
「え?」
「いやー、涼奈から聞いてたんですよ。同じ部にお兄さんがいるって。で、お二人のどっち──っ!」
俺と悠一を交互に見ながら尋ねていた途中。
芹沢さんが、突然驚いたような表情を見せる。
「ど、どうかした?」
「……はっ! いや、何でもないですよ!」
誤魔化すように、手をぶんぶんと振る芹沢さん。
……一体、なんだったんだろうか、今のは。
「よし。それじゃ、人数も増えたし軽く自己紹介をしようか。それで、とりあえずこれからの活動の話もしていこう」
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