第35話「なら、私は」


 結局その日は、それ以上特に話をすることなく解散することになった。

 まだ、色々と杏子さんのことで聞きたいことはあったけど……それ以上、聞けなかった。

 どうして杏子さんは「幸せにできない」だなんて言い方をしたのか、とか。

 話の中でも、気になる言葉はいっぱいあった。ただ、なんとなく。

 それ以上尋ねたら、駄目な気がして。


「それじゃ。今日はありがとう、涼奈ちゃん」

「あ、私こそ……お時間取っていただいて、ありがとうございました」


 家の前で、一言挨拶をして別れる。

 杏子さんが、お兄ちゃんに対して好意を抱いているのは間違いないと思う。

 けど……具体的にお兄ちゃんと付き合おうだとか、そういうことは考えていないと言っていた。

 ……なら、私は。


「ただいま。お兄ちゃん」

「おお、お帰り。中野は?」

「さっき別れたよ。それよりお兄ちゃん」

「ん?」

「今度、デートのやり直しをしたいんだけど……駄目?」

「……えっ!?」


 杏子さんには悪いけど、この間に全力でアプローチしていこうと思う。

 だって……私も、お兄ちゃんのこと大好きだし。それに私は……お兄ちゃんと、結ばれたいって、心の底から思ってるから。



「……ふー。いつか慣れる日は来るのかな。これ」


 先日の一件を経て、涼奈はすっかり吹っ切れてしまったのか……俺への好意を、隠すことなく晒すようになった。

 もちろん、自分で許可したわけだし、それに迷惑ってことも無いからいいんだけど……やっぱり、未だに慣れない。今日だって、またどぎまぎさせられてしまった。

 結局、今週もまた、どこかへデートへ行くことに。

 流石に前回と同じ場所へ……ってわけにもいかないだろうし、どこか別のところを考えておかないと。

 

「流石に、今度ばかりはこいつに頼るわけにもいかないからなぁ」


 そう呟き、机の上に置かれたままになっていた虹色グラフィティを手に取る。

 結局、あれ以来全くプレイをしていない。というか、出来なくなっていた。 

 色々あったしな。悠一には悪いけど、明日にでも返却しよう。

 そうして俺は、虹色グラフィティのパッケージを、鞄の中へとしまった。



「よ。涼太郎」

「おお、悠一。ちょうどいいところに」


 朝。教室に到着すると、悠一から声をかけられた。

 ちょうどゲームを返そうと思っていたら、丁度良かった。


「これ、返すよ」

「おお、虹グラか! そういえば、涼太郎に貸したままだったな! ……それで、感想はどうだ?」

「ああ、色々あって奏ルートしかプレイしてないけど……まあ、良かったと思うよ」


 正確には、奏ルートの途中までしかプレイできてないけど。

 ただ、どうやら俺の回答に満足した様子で。


「そうかそうか。それは良かった! 奏ルートこそ至高だからな。良さが分かってくれて、俺は嬉しいよ」


 そうまで言われると、ちょっとだけ申し訳なさもある。

 ……いつか、涼奈にでも借りてちゃんとプレイするか。まあ、しばらく先になるだろうけど。


「っと、それより悠一。俺に声をかけたってことは、何か用事があったんじゃないか?」

「ん? ああ、そうだ思い出した。実はさっき、鷹野先生に捕まってな。たまには部活に顔を出せって言われちゃってよ」

「鷹野先生が? 珍しいな、あの人基本的には適当なはずなのに……」

「なんでも、別の先生に言われたんだとさ。もう少し何か活動をしろってな。それで、俺に声をかけたらしい。本人、めちゃくちゃ面倒くさそうな顔してたぞ」

「ああ、それはなんとなく想像がつくな……」

「ま、そういうわけだから、今日は久しぶりに部活行くわ。涼太郎、頼んだ」


 一体何を頼まれたのかはよく分からないが、そういうことなら仕方ない。


「じゃ、また放課後な」

「分かった。適当に声をかけてくれ」


 ちょうど、涼奈も入ったことだしな。そろそろ、部活らしいことを何かやろうと、中野に提案してみよう。



 放課後。悠一を連れて、部室へと足を運ぶ。

 中野には昼休み、今日来ることを伝えてある。

 本人曰く「どっちでもいいよ」とのことで、そこまで部員が一人増えることに喜びも何もなさそうだったけど、活動のことを話したら。


「それは確かに考えなきゃいけない」


 と言っていた。

 ちょうど、今なら部員も四人になるし、もしかしたら他の幽霊部員たちも来るかもしれない。

 そう思い、扉を開けてみたが。


「やあ、涼太郎」


 いたのは、中野一人だった。

 ……はぁ。結局増えたのは悠一だけか。まあ、そうだろうなとは思っていたけど。


「おじゃましまーす」


 そして、後ろから他人行儀な挨拶とともに入室する悠一。

 一応部員なのだから、おじゃましますは違うんじゃないかと思いつつ、突っ込むのも面倒なのでスルーしておく。


「ああ、伏見君か。涼太郎から話は聞いたよ」

「あ、そうか。今は部長が中野さんだったんだな。とりあえず、何か一つ活動しろってことだったから、それまでは俺もちょくちょく足を運ぶわ」


 こいつ、一つ終わったらまた幽霊部員に戻るつもりか……。

 まあ、良いけどさ。


「んで、部員は三人しかいないのか?」

「いいや。あと一人、もうすぐ来るはずだけど」


 そう会話をしていると。


「遅くなってごめんなさい!」


 もう一人の部員、涼奈が遅れて登場してきた。

 ……知らない女子生徒連れて。


「あ、えっと。実は部活見学をしたいって、友達が言ってて連れてきたんですけど……」

「はいはーい。芹沢有紀って言います! 涼奈がボランティア部に入ったって聞いて、私も部活見学させてもらいたいなと思ってきました!」


 どうやら、涼奈の友達だったみたいだ。


「杏子さん、大丈夫でした?」

「え? ああ、うん。それは別に構わないよ」

「あ、中野先輩ですよね。噂は聞いてます! 今日は、よろしくお願いしまーす!」


 随分と元気な子だな。

 涼奈とは少しタイプの違う……見た目からどこか、ギャルっぽさを感じるというか。


「えーっとそれから……涼奈のお兄さんは、どっちですか?」

「え?」

「いやー、涼奈から聞いてたんですよ。同じ部にお兄さんがいるって。で、お二人のどっち──っ!」


 俺と悠一を交互に見ながら尋ねていた途中。

 芹沢さんが、突然驚いたような表情を見せる。


「ど、どうかした?」

「……はっ! いや、何でもないですよ!」


 誤魔化すように、手をぶんぶんと振る芹沢さん。

 ……一体、なんだったんだろうか、今のは。


「よし。それじゃ、人数も増えたし軽く自己紹介をしようか。それで、とりあえずこれからの活動の話もしていこう」

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