第53話「涼奈と、杏子」


「お待たせ、涼奈ちゃん」


 こうして杏子さんと二人で話をするのは、何度目かな。

 会えば、いつも話をするのはお兄ちゃんのこと。

 それは多分、今日も変わらないと思う。

 ……けど、少しだけ違うのは。


「杏子さん、その表情……」

「ありがとう、涼奈ちゃん。おかげで、涼太郎と全部話をすることが出来たよ」


 杏子さんの、雰囲気。

 以前とは、少しだけ違う。多分、最近ずっと一緒にいたから気づけたんだと思う。本当に、その程度の違い。

 ほんの少しだけ、柔らかくなった気がする、杏子さんの表情を見て私は、ようやく杏子さんが抱えていた悩みだとか、そういうのが晴れたんだなと察することが出来た。


「だから、今度は涼奈ちゃんの番」

「え?」

「涼奈ちゃんとも、全部話をしたいなって思って。今まで僕が話をしてこなかったこと、全部。もちろん、涼奈ちゃんさえよければだけどね」


 全部っていうのは、文字通りの意味だと思う。

 どうして杏子さんが、お兄ちゃんに好意を伝えることをあんなにも拒絶していたのか。

 多分、そういう話。


「もちろん、そのつもりで来たので大丈夫ですよ。昨日、結局お兄ちゃんが、私たち兄妹のことを何も話さなかったって言ってたので、私の口から伝えることにします」


 対して、私の話っていうのは……お兄ちゃんとの関係とか、今までのこととか、そういうことだろう。

 実は血が繋がっていないこと。

 それから、お兄ちゃんに告白して、振られて、それでも諦めずにアプローチをしてって……うん、杏子さんになら、全部話してもいいかな。


「ありがとう。それじゃ、まずは僕の話から──」




「──なるほど。何となく、そういうことじゃないかなとは思っていたけど」


 杏子さんの過去を聞いた後、今度は私が話をする番になった。

 まずはお兄ちゃんと血が繋がっていない、という説明をすると、杏子さんはさほど驚いた様子を見せることは無かった。


「まさか、本当に血が繋がっていなかったなんてね」

「その割に、あまり驚かないんですね」

「いやいや、十分驚いてるよ。ただ、そういう可能性もあるかなって、思ってたから」


 それから私は、水族館でデートをしたこと。

 その時に、告白をして振られた時のことを説明した。


「そういえば、あの時お兄ちゃん、杏子さんの家に行ったんですよね」

「うん。涼太郎と涼奈ちゃんの間で、只ならぬ何かがあったことは気づいたからね。あの時は、涼奈ちゃんのサポートをしなきゃいけないと思ってたから、色々とアドバイスを送ったけど……」

「きっと、そのお陰です。杏子さんがいなかったら、お兄ちゃんと元通りの関係に戻れたか分からないですから。……本当に、ありがとうございました」

「……ふふっ。きっと、僕がいなくても二人なら大丈夫だったと思うけど……うん。素直に受け取っておこうかな」


 そうして、今日までに生じた誤解だとか、勘違いだとか、そういうのも全部話して……ようやく、昨日の話へと話題が移った。


「結局、杏子さんはお兄ちゃんと付き合ったりってことは……」

「安心していいよ。どうやら僕も、涼太郎とそこまでの関係に進むことは出来なさそうだから」


 安心……して、いいのかな。

 杏子さんの気持ちを考えると、素直に喜ぶのも難しいけど……でも、少しだけホッとした。

 杏子さんとなら、もしかしたら。

 そんな気持ちが、浮かばなかったわけじゃない。

 だからわざわざ、お兄ちゃんと一緒に出掛けた帰りに向かわせたわけだし……うん、ここは素直に安心しておこう。

 ……でも、もう一つ。


「杏子さんは、お兄ちゃんとの関係を崩したくなくて、ずっと告白しなかったんですよね」

「まあ、そう捉えてくれて大丈夫だよ。他にも理由はあるけど、一番大きいのはそこだから」

「……だったら、これからはどうするんですか?」


 そう。これからの話。

 お兄ちゃんは優しい。きっと、杏子さんから告白を受けた後も、これからも、今まで通り変わらず接していくだろう。

 そうなると、杏子さんの一番の懸念だった『関係を崩したくない』っていう問題は、解決したも同然。


「正直、悩んだよ。分かっているけど、やっぱり考えちゃうんだ。僕なんかでいいのかって、ね。涼太郎は考えすぎっていうけど、どうもこの考えは、そう簡単には変わりそうにない」

「杏子さん……」



「でも──僕は、涼太郎のことが好きだ。その思いも、同じように変わることは無い。だから、涼奈ちゃんには申し訳ないと思うけど……これからは、僕も自分のやりたいように行動してみようと思う。そうして、最終的にどう思うのかは分からないけど……一度しかない人生、たまには我儘を言ってみるのもいいかなって、ね」



 そう言う杏子さんの表情は、晴々としたものだった。

 言葉の上では悩んでいる様子だけど……自分の気持ちはハッキリしている。表情から、そんな思いが伝わってきた。

 だったら、私も。


「杏子さん。別に、私に申し訳なく思う必要はないですよ。でも……私、負けませんから。杏子さんのことも大好きですけど、それ以上に、やっぱりお兄ちゃんのことが好きなので。だからこれからは……ライバル、ですね」

「……涼奈ちゃん」


 もちろん、私と杏子さんの関係が崩れることも無い。

 変わることがあるとすれば……これからは、恋敵ライバルになる。それだけ。


「……それじゃ、最後に。杏子さん、本当にありがとうございました。杏子さんがいなかったら、きっと今みたいな関係になるのはもっと先……いや、もしかしたらなれなかったかもしれないです。だから、ありがとうございます」

「……こちらこそ。涼奈ちゃんがいてくれたお陰で、ずっと抱えてたものを、ようやく下すことが出来たよ。ありがとう、涼奈ちゃん」


 そうして、最後にお互いお礼を言って。


 昨日までとは違う、新しい日々が始まった。


【あとがき】

52話へのコメントありがとうございました。

まだまだ続けて欲しいという要望が多かったので、第二章書きます。

恐らくは涼太郎を中心に、涼奈と杏子、三人の恋愛模様をガッツリ書いていく形になると思いますが……まだ未定なので、のんびり考えながら更新していきたいなと思います。

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