第12話「同級生の様子も、なんだかおかしい……?」

「おはよ、お兄ちゃん」


 いつも通りの朝。

 ……の、はずだったんだけど。今日は、少しだけ違うみたいで。


「お、おう。おはよう」


 珍しく、涼奈の方から声をかけられた。

 今まで、こんなことあっただろうか。いや、多分なかったと思う。

 最近は話をする機会も少しずつ増えてはいるけど、朝の挨拶を交わすのは初めてだな。朝食のこの時間は、お互い無言が当たり前になっていたから、思わずビックリしてしまった。


「……今日も、一応お弁当作ったんだけど、大丈夫だった?」

「ああ。むしろありがたいくらいだ。おかげで、お昼の時間の楽しみが一つ増えたからな」


 実際、涼奈の料理は本当に美味しい。

 こうして用意されてる朝食も、帰宅して並べられている夕食も、今まで何一つ不満なんてなかった。そこに、お昼ご飯まで追加されるんだから……大丈夫かどうか心配するのは、むしろこっちの方だ。


「そっか……よかった」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん。別に何も」


 おっと、食事のことで頭がいっぱいになっていて、涼奈が何か言ったみたいだが聞き逃してしまった。

 まあけど、こうして食事を準備してくれることには感謝しなきゃいけないなと、最近思う。

 今までももちろん心の中で感謝はしていたけど、なかなか会話をする機会も無かったから、言葉や態度で伝えることはしていなかった。

 せっかく涼奈とも少しずつ距離が縮まってきているんだし、このタイミングで何かお礼の一つでも……うん、そうだな。


「なあ、涼奈」

「なに?」

「いつも、ありがとうな。朝も晩も、それから昼ご飯まで用意してくれて」

「別に……お母さんにも頼まれてるし、気にしなくていいよ。それに、料理好きだし」

「それでも、だよ。何かお礼をさせて欲しいんだけど……涼奈、俺に何か、してほしいことはないか?」

「……えっ! してほしいこと!?」


 そう言うと、急に涼奈の反応が大きく変わった。

 それまでは、いつも通り淡々とした返事だったのに、急にどうしたんだ?


「そ、それって何でもいいの?」

「まあ、俺にできる範囲であれば……流石に、あまりお金がかかるものは無理だけど」

「あ、それは大丈夫。……うーん、どうしようかな。あれも……これも……」


 そこから、急に涼奈の熟考は始まった。手に持っていたトーストを皿の上に置き、真剣に悩んでいる様子。

 そ、そんなに考え出すとは思わなかったな……なんだか、ものすごくハードルが高くなっている気がするんだけど。


「とりあえず、あんまり悩んでると遅刻するから、飯は先に食った方がいいんじゃないか?」

「……え? あ、うん。……そうだね」

「別に、すぐすぐ考えなくても大丈夫だから。今日の夜にでも、また聞かせてくれればそれで」

「……わかった。そうする」


 そう言い、食事を再開する涼奈。

 先ほどの少しだけ上がったテンションもつかの間、すっかりいつもの涼奈に戻った様子。

 ……なんだか、初めて見る涼奈だったな。いつもクールなとこしか見ていなかったけど、本当の涼奈ってもしかして。いや、こればっかりは俺にもよくわからんな。


「さてと、ごちそうさま。それじゃ、今日は俺が先に出るから、鍵は頼んだ」

「──あっ、お兄ちゃん!」

「ん、どうした?」

「えっと……その、一緒に……ううん、何でもない」

「そうか? 大丈夫なら、いいんだけど」


 結局、言いかけたまま会話を終える。一緒に……なんだったんだろうか。

 と、涼奈を眺めながら考えていると。


──ピンポーン。


 ふいに、チャイムの音が聞こえてきた。


「……お客さんか?」


 こんな時間に訪問してくる客なんて珍しいな。

 勧誘にしろ、宅配便にしろ、もう少し時間をずらしてくると思うんだけど……。


「とりあえず、涼奈はゆっくり食べててくれ。俺が対応するから」

「……ん、ありがとう」


 変な客だったら、涼奈に対応させるわけにもいかないしな。

 ひとまずリビングを出て、少しだけ警戒しながら玄関を開ける。

 すると──。


「や、涼太郎。おはよう」

「おはようって……中野、何してるんだ?」


 そこにいたのは、中野杏子だった。


「何って、一緒に学校へ行こうと誘いに来たんだよ。涼太郎と、それから涼奈ちゃんもね」

「一緒にって……お前、家こっちだったのか?」

「ああ、僕も驚いたよ。そういえば、涼太郎とはお互いの実家を教えあったりしていなかったからね。昨日言おうかと思ったんだけど、こうしてサプライズで訪問したほうがビックリしてくれるかなって」

「……そうだな、めちゃくちゃビックリしてるぞ。まさか、中野が迎えに来るなんてな」

「ふふっ。じゃあ、サプライズは成功みたいだね。それで、涼奈ちゃんはまだ家にいるかい?」

「ああ、ちょうど朝ごはん食べてるよ。俺は先に食べ終わったから、今まさに家を出ようかってタイミングだったんだけど……」

「そっか。それはちょうどいいタイミングだったみたいだね。うん、ちょうど良かった」


 あと少し遅かったら、入れ違いになっていたからな。


「それじゃ、とりあえず準備しようか。早く出ないと、遅刻してしまう」

「ああ、それはもちろんだけど……」


 本当に、三人で学校へ行くのか。

 別に構わないんだけど……今までそんなこと一度も無かったから、正直少し驚いてる。

 涼奈と仲良くなったのは、先日の様子を見て知っていたけど……まさか、三人で一緒に学校へ行こうだなんて。

 なんだか、中野の様子も少し変わった……? いや、考えすぎか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る