第11話「気づいたら、話していた」

「んー。そうだね、涼奈ちゃん。ちょっと向こうで一緒に話をしない?」


 お兄ちゃんと二人で買い物に来ていると、突然知らない女性から声を掛けられ、二人きりで話をすることになった。

 ……自分でも、どうしてこんなことになっているのか分からない。

 今日は、せっかくお兄ちゃんと二人きりだったのに。勇気を出して、一緒に買い物に行こうって誘ってみたのに。まさか、こんな形で邪魔されるなんて。


 お兄ちゃんが、ボランティア部に入ってることは知ってる。けど、こんなにも美人な先輩と一緒に部活動をしていて、休日に出会ったらこんなにも親しげに話をする仲だなんて、聞いていない。

 女の子の気配なんて全く見せなかったら油断していたけど……まさか、こんなにも身近なところに危険が潜んでいるとは思わなかった。

 しかも……何故か、私を指名して、二人きりで話をしたいとか。どういうことなんだろう。


「──ごめんね、急に呼び立てるような形になって」

「いえ。それは別に構いませんが……」


 けど、ここで話ができるのは逆にラッキーかも。

 この先輩とお兄ちゃんの関係がハッキリしないまま終わるのは、それはそれで気になって仕方ない。なら、ここでしっかり話をして、白黒付けておいた方がいいと思うから。


「今日は、涼太郎と二人で買い物に来てたんだっけ?」

「あ、はい。献立を一緒に考えて欲しかったので、着いてきてもらった方が早いかなと思って……」


 少し嘘。

 確かに献立を考えて欲しいのも事実だけど、本当はお兄ちゃんと一緒にお買い物がしたかっただけ。

 けど……流石にそれを言うわけにもいかないし。


「なるほどね。そういえば、お弁当も作ってあげてるんだっけ?」

「一応、先週から……お母さんに、お兄ちゃんのことを頼まれたので」


 それも、少しだけ嘘。

 お母さんに頼まれたのは本当だけど、お弁当を作り始めたのは自分の意志。

 ……まあ、実際は真似事なんだけどね。アレの。


「お弁当、見たよ。料理上手だね」

「ありがとうございます……そういえば、お兄ちゃんと一緒にお昼ご飯食べてるんでしたよね」

「ああ。色々とあって……去年から、ずっと一緒にね」


 ずっと一緒という言葉に、若干胸のあたりがズキッとする。

 多分私は今、この人に嫉妬してるんだ。

 ずっと、お兄ちゃんと距離を置き続けていた間、この人は私の代わりにお兄ちゃんとの時間を過ごしていて……私の知らないお兄ちゃんを、この人は知っている。

 そんな事実が、どうしようもなく心を抉る。


「……ふふっ。やっぱり、そうなんだね」

「え?」


 そんな私を見て、急に笑い出す中野……ええと、杏子さん。

 急にどうしたんだろう。私、そんなに変な顔していたかな。


「何が、やっぱりそうなんですか?」

「いや、涼奈ちゃんは涼太郎のことが大好きなんだなって、改めて思っただけさ」


 ……え?


「ど、どういうことですか?」

「その表情を見ていれば分かるよ。涼奈ちゃんは、僕と涼太郎の関係が気になってる……そうだよね?」


 まるで、心を見透かされているようだった。

 なるべく、表情には出さないよう気を付けていたはずなのに。


「ああ、心配はいらないよ。別に、誰かに話そうとか、そういうつもりは無いから」


 この人は、どこまで私のことを知っているんだろう。

 好き、という言葉の意味を、どう捉えているんだろう。

 ただ純粋に、兄のことを慕う妹と思っているのか、それとも……駄目だ、分からない。


「……あの、それじゃ私からも質問していいですか。先輩……杏子さんは、お兄ちゃんと、どういう関係なんでしょうか?」


 我慢できずに、出会ってからずっと気になっていた質問を投げかけた。

 この聞き方なら、そこまでおかしなことはない……と思う。

 けど、そんなごまかしも意味がないのかもしれない。多分、この人は全部気づいている。気づいていて、こんな話をしているんだろう。

 そして、多分杏子さんもお兄ちゃんのことを……。


「んー……そうだね。僕と涼太郎は、別に男女の仲ってわけじゃない。涼太郎も、僕には全然興味を示してくれているわけじゃなさそうだしね」


と、前置きしたうえで。


「けど、僕は涼太郎のことが好きだよ。うん、それは事実だ」


 ……やっぱり、私の考えは当たっていた。

 こうして私を呼び立てたのも、お兄ちゃんのことで釘を刺すため……きっと、そういうことなんだろう。

 そんなことを考えていると、今度は逆に質問を返され。


「涼奈ちゃんも、そうなんだよね?」

「……そうです」


 結局、正直に答えてしまった。

 話すつもりは無かった。けど、何故か話してしまっていた。

 今まで、誰にもこの気持ちを話したことなんてないのに。


「そっか。やっぱりね」


 一体、これからどういう話になるんだろう。杏子さんは、私がお兄ちゃんの妹だってことを知っている。ということは……簡単な話、私のことを周りに話せば、それだけで済むわけだ。

 いくら血の繋がりがなかったとはいえ、妹が兄に好意を抱くなんて……世間一般的に見れば、おかしいのは私の方だ。それに、杏子さんは多分、そのことを知らないはず。

 けど、そんな心配をよそに。


「うん。それじゃ、僕らはライバルってことだね」


 そんな言葉を、口にした。


「……え? どういうことですか?」

「ん? おかしいこと言ったかな? 涼奈ちゃんは涼太郎のことが好き。僕も、涼太郎のことが好き。だったら僕たちはライバル、そうだよね?」

「……でも、私はお兄ちゃんの妹ですよ?」

「そんなの、些細なことだよ。好きだって気持ちが同じなら、僕は何も言えないさ」


 ……まさか、そんなにあっさりと認めてくれるなんて思わなかった。


「けど、こうして涼太郎のことを好きだって女の子が現れた以上、今までみたいなのんびりルートは取っていられないかな……少し、積極的になってみるのも、いいかもしれない」


 けど、逆にそれが、杏子さんの中にあったものに火をつけてしまう形になったのかも。

 どうやら杏子さんは、本気みたい。私のことをライバルだって言ったのも、お兄ちゃんのことを、振り向かせようとすることも。

 ──だから私は。


「あの、私もボランティア部、入部していいですか?」


 この人には負けたくない。

 そう思って、──とは違う行動を、初めて取ることにした。


 その後、杏子さんの提案で、お兄ちゃんに手料理を作ってあげることになった。

 一つだけビックリしたのは、杏子さんがとても料理上手だったこと。私もそこそこ自信はあったけど……正直、少しだけ自信を無くす。

 だけど、どういうわけか私に、料理のコツやレシピを色々と教えてくれた。てっきり、杏子さんとは仲良くなれないと思っていたから……。

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