第25話「本当の気持ちを、聞かせて欲しい」

 売店で目的のものを購入し、涼奈の待つイルカショーの会場へと戻る。

 急いで戻ったつもりだったが、気づけばショーもラストスパートというところまで来ていた。


『頑張ってくれたイルカさんたちに、大きな拍手をお願いします!』


 会場中から拍手が巻き起こり、やがて満席だった会場からは、一人、また一人と観客が席を立ち……気づけば、すっかり人がいなくなっていた。


「涼奈、お待たせ」

 そんな中、涼奈は先ほどと同じ場所に座ったままで、俺を待ってくれていた。


「あ、お帰り。お兄ちゃん」


 俺が戻ってきたことに気づき、パッと表情が明るくなる。


 そんな涼奈を見て、少しだけ後ろめたさのようなものを感じてしまった。

 俺の想像が、もし正しいものであれば……これから行おうとしていることは、涼奈を傷つけてしまう可能性が大いにある。

 せっかく、こうして涼奈とまた喋ることが出来て、俺がずっと考えていた『普通の兄妹』の在り方ってのも、少しずつ分かり始めていたのに。もしかすると、今日でまた、俺と涼奈の関係はリセットされてしまうかもしれない。

 いや、ひょっとすれば、もう修復が本当に不可能になることだって考えられる。

 それくらい、今から涼奈に俺が問うことは、重い。


 ……けど、気づいてしまった以上、このままにするわけにもいかないだろう。


 このままにしておくことは俺にとっても、そして涼奈にとってもいいことではない。きっと、どこかで綻びが出てくる。

 だからこそ、今ここでハッキリさせる。


 

「涼奈、大事な話があるんだ。少し、ここで休憩しながら時間を貰ってもいいか?」

「大事な……話?」


 いつになく真剣な表情を見せたせいか、涼奈は不安げな表情を見せた。

 しかし、俺は話を続ける。


「ああ、二つほど、大事な話がある。いつか涼奈とは、きちんと話さなきゃいけないと思っていたこともあるしな……」

「……わかった。聞くよ」


 一度立ち上がった涼奈だったが、俺の言葉でまた座る。

 その隣に、俺も並ぶようにして腰かけた。

 会場には、俺たちと同じように座ったまま談笑を続ける人たちが何人か見えた。ここで話すことじゃないような気もするが、それでも、あえてこの場所にこだわる理由があった。


「まずは、一つ目。涼奈は母さんたちの話したこと、覚えているか?」

「話したことって……この間の、誕生日のことだよね」

「ああ。俺と涼奈が、本当の兄妹じゃなかったって話だ」


 もう、数週間が経つ。


「……率直に聞くぞ。涼奈は、その話を聞いてどう思った?」

「え? どうって……」


「俺は、正直何も変わらないと思った。血は繋がっていなくても、今更涼奈のことを他人だとは思えない。だから、母さんたちの話を聞いて確かにビックリはしたけど、だからといって何かが変わることは無いと思っていたんだ」

 実際、俺はその話を聞いてから今日まで、涼奈に対してどうこう思ったことは一度もない。

 血が繋がっていないから、家族じゃないなんて……そんなこと、思えるはずがないだろう。

 けど、涼奈は。


「ただ、涼奈はさ。その話を聞いてから、ちょっとずつ変わっていったよな」

「……うん」

「今までろくに会話も交わさなかったのに、急にお弁当を作ってくれたり、一緒に並んで座ってテレビを見たり、同じ部活動に入部したり……全部、あの話があってからのことだ」


 血の繋がりが無いと分かってから、妹の様子が何だかおかしい。


 ここ数週間、俺がずっと思っていたことだ。


「それを見て俺は、涼奈が俺との関係を改善しようとしてくれているんだと思ったんだ。もしかしたら、涼奈はずっと、俺との不仲を解消したいと思ってて、何かきっかけを探していた。そして、母さんたちの話を聞いて、それをきっかけに行動を始めたんじゃないかって」


 涼奈はずっと黙っている。


「正直俺も、涼奈との関係をどうすればいいのかずっと考えてた。食事をずっと作ってくれていたのに、お礼の一つも言えない状況……けど、兄妹ってのはこれが普通だ、なんて意見もあって……涼奈にどう接すればいいのか、ここ数年分からないままだった」


 普通の兄妹。

 結局未だに、その答えは出ていない。


「けど、涼奈がそう思ってくれていたのなら、俺も変わらなきゃいけないって思い始めたんだ。最近は、また涼奈と昔みたいに話をするようになって……何だか、懐かしい。楽しいって思いも、少しずつ出てきてる。色々あったけど、俺はやっぱり、涼奈とこうして話ができることが嬉しいんだなって」

「……そうだったんだ。知らなかった」


 まあ、それに気づいたのはここ最近だしな。


「だから俺は、このまま涼奈とこの関係を続けていければと思った。そして、それは涼奈も同じことを思っているんだと考えてた。お互い、これからも"兄妹として"仲良くしていく。涼奈のこれまでの行動も、全部それを望んでのことだって、ずっと思ってた」


 そう言いながら、俺は先ほど購入した"ある物"を袋から取り出す。


「……涼奈、これ。何か分かるか?」

「……これって、イルカのキーホルダー……っ!」


 それは、白いイルカのキーホルダーだった。

 なんてことは無い、普通の商品。値段が特別高いわけでも、ここでしか売っていない限定商品というわけでもない。

 だが、この場所で、このプレゼントを渡すこと。

 その意味を、虹色グラフィティをプレイした人間なら、分かるはずだ。


「聞きたいことの二つ目はこれだ。……涼奈の、本当の気持ちを聞かせて欲しい」

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