第27話「あ、あれ……おかしいな」

 涼奈が奏と同じ行動をとる理由。

 そんなの、一つしかない。


「お兄ちゃんのこと、一人の男性として……好きなの」


 だから、涼奈からそのことを告げられた今も、割と冷静でいられた。

 そんなはずはない。そう自分に言い聞かせてはいたものの、心のどこかで『涼奈の本当の気持ち』は、気づいていたから。


「……そうだったのか」


 ただ俺は……そんな涼奈に、なんて言葉を返していいのか分からなかった。

 涼奈に本題を切り出す前は、こうやって返そう。こんな言葉をかけようって、頭の中である程度考えていたはずなのに……いざ本番を迎えると、そんなもの全て飛んでしまっていて。

 今は、涼奈との間に生まれた静寂を、どうすることもできなかった。

 すると、黙ったままでいられなかったのか、涼奈が少しずつ言葉を口にし始めた。


「……初めてお兄ちゃんのことが好きだって気づいたのは、中学生の頃。私が、お兄ちゃんと距離を取り始めてから、少しずつ自分の気持ちに気づき始めたの」


 ちょうど二、三年前のことか。

 俺は、てっきり涼奈に嫌われているんだと思っていたんだけどな……。


「いつまでもお兄ちゃんと一緒はおかしいって、周りのみんなに言われて……それで、お兄ちゃんと距離を置いたこと、すごく後悔した。私にとって、お兄ちゃんがどれだけ大切な存在だったのか、その時初めて気づいたの。それから、うまくお兄ちゃんと話をすることが出来なくなって……本当に、辛くて、悲しくて。でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、私がこんな感情を持ってるのはおかしいって、心のどこかで無理やり納得しようともして」


 そんな素振り、一切見せなかった涼奈だが、ずっとそんなことを思っていたのか。

 ……知らなかった。


「そんな時、虹グラに出会ったの。最初は、興味本位でプレイしていたんだけど……気づいたら、私の寂しいって気持ちを、すっかり埋めてくれて。知らないうちに、ゲームにのめり込んでた」


 そういえば、涼奈が部屋にこもりがちになったのも、そのくらいの時期だったな。

 前に、涼奈の部屋を訪れた時、部屋を真っ暗にしてパソコンに向かってたのを見たことがあったっけ……あれも、ゲームをやっていたんだな。


「けど、やっぱり諦められなかった。寂しいって気持ちは我慢できても、お兄ちゃんを好きだって気持ちはやっぱり我慢できない。そう思っていたら……あの日、お母さんたちから私たちのことを聞かされて……。正直、ビックリした。私が、本当は高垣涼奈じゃないんだってこと。本当のお母さんとお父さんは別にいて、けど……もう、死んじゃってるんだって」

「涼奈……」

「けど、そのことはもう気にしてない。だって、私を育ててくれたのは、今のお母さんとお父さんだから。みんなが何も変わらないって言ってくれるなら、私も別に変わることなんてないよ」


 でもね、と涼奈は続け。


「変わること、一つだけあった。お兄ちゃんとの関係が、大きく変わった。だって、血が繋がっていないんだったら……私が、お兄ちゃんのことを好きだって気持ちも、おかしくないよね」

「涼奈、それは……」

「分かってるよ。そんなに簡単な話じゃないってこと。……お兄ちゃんが、私のことを妹としか見ていないことも。今ここで告白しても、きっと成功しないってこと、全部分かってる」

「…………」 

「……けど、もう我慢できなかった。自分に、もう嘘をつきたくなかったの」


 涼奈が、一体どれだけ悩んで、考えていたのか。俺には分からない。

 そもそも、涼奈が俺のことを好きだったなんてこと、つい最近まで気づかなかったんだ。

 ……改めて、これだけ一緒の時間を過ごしておきながら、俺は本当に鈍感な人間だな。自分で自分に呆れてしまうほど。

 

 けど、今は違う。

 涼奈は、勇気を出して正直な気持ちをぶつけてきた。今まで俺が知らなかったことを、涼奈は包み隠さず教えてくれた。

 なら、俺もそれに応えなければいけない。


「涼奈。それじゃ、今度は俺の正直な気持ちを伝える。……涼奈にとって、あまりいい話じゃないかもしれないが」

「……うん」

「涼奈の言う通り、俺はお前のことを、妹以上に見ていない。それは、昔も今も変わらない。血の繋がりが無かったとしても、涼奈は俺の大切な妹だ。だから……俺は、涼奈の告白を受けることは出来ない」

「……っ」


 分かっていると、涼奈は言っていた。


「……そう、だよね。うん。お兄ちゃんがそう言うだろうなってこと……分かってた」


 今も、俺の言葉を聞いて、口ではそう言っている。

 ……けど。


「あ、あれ……おかしいな。分かってたはずなのに……なんで、涙が出てくるの……」


 涼奈は、泣いていた。

 声を上げて、大泣きしているわけではない。

 ただ自然と、涙が流れているような……。


「──ごめんね、お兄ちゃん……っ」


 やがて、涼奈はバッと席を立ち、逃げるようにその場から走って行ってしまった。


「涼奈っ──」


 思わず名前を呼んでしまう。

 だが、このまま涼奈のことを追いかけるべきなのか、俺には分からなかった。

 こうなると分かっていて、この状況を作ったのは、誰でもない。俺だ。

 そんな俺が、涼奈のところへ行って、あいつに何ができる?

 逆に、涼奈を傷つけてしまうだけなんじゃないか。

 そんなことを一度考えてしまったら、思うように体が動かなくなって……。


『ごめんね、お兄ちゃん。先に帰る』


 俺がその場から移動したのは、それから数十分後。

 涼奈からの連絡を、受けた後だった。

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