第七話・未来予想図ⅩⅢ(サーティーン)

 十五時間と十五分の間で何を考えていたのかと言えば、僕の取り得る選択肢と、それに伴ういくらかの責任と費用についてだ。夕食なににしようかな、なんてことも考えていたけれど、それは僕の意見の出しようがなかったので、今回は省略させていただく。


 ――まず一つは、全てを放棄して警察に相談する選択肢。


 これが一番現実的で、もっとも安心で安全な未来だ。

 責任は無く、費用は3980円と今まで支払ってきた諸費用数万、それと警察官の侮蔑混じりの視線だけ。

 妹のお墨付きでもあるし、誰も損をしない(はず)。

 

 ――二つ目といこう。

 それは夕雨をメ〇カリに出品する選択肢だ。


 第三者からすれば意味の分からない行為だとは思うけれども、僕がメ〇カリで彼女を買ったのならば、僕が彼女を出品したっていいはずだ。いや、本当に大丈夫なのかは分からないけどさ。


 僕みたいな聖人がそんなにいるとは思えないけれど、何億といる地球星人のなかにきっと一人くらいは、3980円の美少女を買ってくれるヤツもいるに違いない。


 この場合責任はメ〇カリ規定の限られた範囲内でしか発生しないし、費用についてはなんと売価の分返ってくるという画期的仕様。


 問題は彼女を『新品』として売り出すか否かだけども、これについては夕雨とひと悶着ありそうなので保留としておく。


 さて、現実的な選択肢としてはこの二つだ。

 何より楽なのがいいね。


 こんな不思議体験は『一夜の冒険譚』くらいのスッキリさで幕を下ろしてしまう方が良いに決まってる。

 それから僕はいつも通りの、可もなく不可も無く『ドン』も『カッ』もない平穏な日常を送るのだ。


 それが良いに決まってるんだ。

 

 僕は馬鹿じゃない。

 そのくらい理解している。

 僕は、馬鹿じゃないんだ。



「――お兄ちゃんは馬鹿でしょ」



「おいおい妹よ。このお兄ちゃんが馬鹿だったのは中三の時革ジャンと眼帯を装備して修学旅行に行ったときだけだろう」


 人はそれを、黒歴史と呼ぶ。


「理太さんは何かのご病気で?」


「なんかしんみりした感じで言われると結構傷つくもんだな」


 そんなやり取りを快く思わないのか、妹は全身をぷるぷると震わせて、溜まったエネルギーを放出するかのように――。


「とにかく! どういうことなのお兄ちゃん!

 って!!」


 妹がキレ気味、というか完全にお怒りモードで口走ったのは、僕の出した結論であり、もっとも唾棄すべきはずのだ。


「そのままの意味だよ」


「あのねぇ……!」


 妹のポニーテールが貧乏ゆすりをするように揺れる。

 どんな科学的根拠があるのかは不明だけど、この現象は妹が本格的にお怒りになった時のサインだったりする。


「ずっと暮らすってわけじゃないんだ。

 まずは一週間。

 よかったら一週間追加。

 ほら、完璧なスキームだろ?」


 無意味にカタカナ語使ってみるヤツ参上。


「あのねぇ! 夕雨ちゃんはお兄ちゃんのモノじゃないの!」


「私は理太さんのモノですが?」


「うがぁ!!

 ほんとリズム狂うよっ!」


 妹が苦悩に頭を押さえる。

 まるで一日前の僕を見ているようだ。


「それにほら、お前だっていつの間にか夕雨『ちゃん』呼ばわりするくらい仲良くなってるわけだし、お前としても困りはしないんじゃないか?」


 どれだけ仲良くなっているかといえば、二人で狭いキッチンに並んで談笑しながらカレーを作っていたくらいである。

 その他にも妹の愚痴大会や僕のオトナ本発掘競争と、主に僕が害をこうむる形式で盛り上がっていた。


 いや、部屋の主に申し訳ないとか思わないのかね、君たち。


「……そうだけど……」


 妹は俯く。彼女にはどうしても承服しかねる用件らしい。


 うん、やっぱりそうか。

 僕は確信する。


「なぁ妹よ」


「なに」


「僕は大丈夫さ。妹に心配されるほどじゃない」


 妹は僕のことを心配してくれているのだ。

 親が共働きだったから、必然的に兄妹二人きりでいる時間が長かった。それ故一緒に浦安の某テーマパークに行くくらいには仲が良い。

 言い換えれば、妹は僕のことが好きだということだ。


「…………」


「って、あれ、何そのチベットスナギツネみたいな目は」


 お兄ちゃん予想外な反応に戸惑ってる。


「……そういう自意識過剰ナルシストなところがあるから心配してるの!」


「僕を?」


「夕雨ちゃんを!!」


「と言いつつ本当は?」


「……お兄ちゃんも心配してる……」


「お兄ちゃんそういう素直なところ好きだぞ」


「好きとか言うなっ!」


 ぺしぺしと右肩を叩かれる。

 妹をこんな風に育ててくれた親と僕自身を誇らしく思うよ。


 ちなみに夕雨は嫉妬に頬を膨らませるでもなく、ごく普通に平穏に、テレビのバラエティを楽しんでいる。もうちょっとラブコメを学んでほしい。


「……お兄ちゃん。お金とか、大丈夫なの」


 確かにそれはごもっともなご指摘だ。


「まぁ、大丈夫ではないな」


 あいつ、『3980円』を謳っておきながら追加投資にその六倍以上かかるという金食い虫なのだ。緩くバイトしている身としては、ちょっと辛い。

 いやまぁ、人を養うってのはそういうことなのかもしれないけど。


「それなら余計に――」


「でもそれはほら、俺がバイト入れればいい話だし」


「夕雨ちゃんの学校とかは?」


「学校は通ってないですよ」


 振り向くことなく、夕雨が答える。


「クリアだ」


「大学は大丈夫なの?」


「大丈夫だろ。多分」


「というか男女二人暮らしってよろしくないよね」


「――そこは大丈夫とは言えないかもしれないな」


 何せ相手が「性行為」とか普通に言っちゃう娘だからね。あはは。


「だったらダメ」


「あの粒粒でキラキラ光るのは」


「それはラメ」


「ひらがなにして小さい『え』を語尾に」


「らめぇ」


「……はい」


「はい、じゃないよっ!!」


 顔を紅潮させてツッコむ妹。やはり楽しいな。


「とまぁこんな感じで大丈夫だろうと踏んでいる」


「全然安心できないよ……」


 妹はむむぅ、と唸る。

 きっと妹が女子高生らしからぬ声を上げて悩んでくれているのは僕らのためだ。

 それが嬉しいといえば、嬉しかった。


「大丈夫だ、妹よ。

 やばかったらちゃんとSOS出すからさ」


「うーん……」


 妹の心配は思った以上に強い。

 確かに、もし僕がしくじったとして、困るのは僕だけではないのだ。その責任の重大さを妹はよく理解しているのだろう。 

 それはもちろん僕だって。


 いくら自分が自意識過剰だとしても、それで他人を損なってもいいなんて考えは持っていない。

 これは家族ごっこでもなければ、シミュレーションゲームでもない。

 いくら導入がメ〇カリで購入なんていう人類史上初の出会いだったとしても、これは僕にとって、夕雨にとっての現実。

 その重みは、よく知っているつもりだ。


 だから、僕は告白することにした。


「――僕は、まだのことを、もっと知りたい」


 その理由は、と問われれば、僕はきっと「彼女が可愛いから」と答えるだろう。

 それだけか、と問い返されれば、僕はきっと「それだけだ」と答えるだろう。

 本当に、としつこく問われるようならば、僕はじっくり考えて説明するだろう。


 彼女に『25886円』という当初の『3980円』を凌駕する金額を投資した今現在の僕の価値基準で考えて、彼女の容姿と彼女との会話をサービスとして受け取ったとき、別に悪くはなかったなと、お値段相応だったなと。

 加えて言えば、契約を継続したいと思えたのだと。


 『Curiosity killed the cat好奇心は猫を殺す』というが、確かにその通りで、彼女に対する好奇心は今までの僕を殺したのだ。

 僕が愛した/憎んだ平穏の一部をくれてやろうと、思ってしまうくらいには。


「……お兄ちゃんがそんなこと言うなんて、信じられないかも」


「だろ? 僕もそう思う」


 一昨日まで他人に毛ほどの興味もなかったんだから。

 

 妹は僕の言葉を焼きするめを食すように咀嚼して、呑み込む。

 そして「はぁ」と、ため息交じりで口を開く。


「分かった。私からはもう何も言わない。だから――」


 ――しっかりやってね、お兄ちゃん。


 僕は頷く。


 その時、安物LEDの白光を照り返す金髪が、嬉し気に揺れた気がした。


「――へくしゅ!」


 訂正。

 ただのくしゃみだったようだ。

 

 

 


 

 


 




 


 


 


 

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