第十三話・デート(?)のようなものの終着駅
――自宅に帰る、その前に。
色々と生活必需品を買いそろえたその日の帰り。両腕に紙袋(計・28980円)を抱えて、夕雨と二人並んで歩く。
既に日の落ちた午後八時の空に、星は見えなかった。
「夕飯どうする?」
昼から何も食べていないのでお腹がぺこぺこだ。
「私は美味しくないと思いますよ。性的な意味で言えば、きっと美味しいと思いますけど」
「どちらの意味でも食わねぇよ! というか何で僕が君を食べないといけな……あ! 夕雨飯ってことか。スッキリした――って別にそこまでボケを欲してはいないからな⁉」
ボケを振られ過ぎて、僕は僕でおかしくなっているんだろうか。
いや、拍手しないでくれよ夕雨……。
「ともかくだ、晩御飯どうするさ。ファミレスでも行くか?」
「高くつきませんか?」
心配そうに僕の胸のあたりを見る夕雨。僕の懐事情を物理的視覚的に心配してくれているのだろう。
そろそろこいつはボケでも何でもなく、ただのアホなんじゃないかと疑い始めた今晩である。
「いや、そうだけどさ。なんか遠慮されると、男としてのプライドが傷つくというか」
お金の面で女性に気を使わせるというのは、なんだか情けない話だ。
「料理スキルならありますから、スーパーで食材買っていきましょう。何事も効率的に、です」
確かに先日は妹と料理してたな。その時のカレーで三日間を乗り切り、あとは忙しいというのもあってコンビニ弁当で済ませていたのだが、それでは少々味気が無いというのも事実だった。
プライド云々の話を無しにすれば、家計を思ってくれるのは大変ありがたい。ただの大学生が人ひとりを養っていくのは想像以上にキツイ。昨日、ついに家計簿をつけ始めたし、バイトだって来月から週三~四から週四~五まで増やした。
一か月前の僕からすれば信じられないだろうが、人ってのは意外とあっさり変わってしまうものだ。あぁ、無常なりや。
「夕雨は何を作れるんだ?」
「なんでもいいですよ。基本的なレシピは頭に入ってますから」
「ふむ……それじゃあ『肉じゃが』がいいな」
それは久しく口にしていない料理の名。おふくろの味の代表格。
「男子大学生っぽいですね」
「男子大学生だからな」
「しかも――」
「交際経験なしって言いたいんだろう」
「ピンポンです」
「やったね」
と、そんな他愛の無い会話を交わしながら電車に乗り込み、自宅最寄り駅の近くにあるスーパーに立ち寄る。
僕も少しは彼女のことが分かってきたようだ。そのことが何だか嬉しくて、歩き詰めの足もなんだか軽く感じた。
そして、やはりここでも、彼女の容姿は主婦の目を引いていた。
買い物かごを右腕に、エヴァのTシャツを着た――大分気に入ったようで買ったすぐそばから着用している――金髪少女がジャガイモの品定めをしている光景には、なんというか、心がほっこりするような、そんな心地よい違和感がある。
「理太さん、じゃがいもの芽は食べますか」
「食わねぇよ!」
「そうですか、残念です」
「一体何を期待していたというんだ……」
もっとも、そんな風にほっこりさせてくれないのが夕雨なのだが。
いやぁ、それにしても女の子とスーパーで買い物とか、結構青春ポイント高いよね。派手派手しいのが苦手なので、こうした素朴な付き合いというのが僕的に一番しっくりくる。
「理太さんは自炊しないですよね」
じゃがいもをカゴに入れ、人参をじっと見つめたまま彼女は問うた。
「何故決めつけたように言うのかは知らないけど、まぁその通りだよ。面倒だし、その苦労と時間を金で買った方が遥かに合理的だろうってね。
僕的には夕雨が料理出来る方が意外なんだけど」
「メシマズ系がお好みですか?」
「いや、出来れば胃袋を掴んでくれる系がいいな」
「それはよかったです」
彼女はそっけなく言った。
こういう台詞に僕がキュンとすることを、こいつは分かってて言っているのだろうか。普通に考えて、相手の好みを聞いておいて、自分がそれに合致したときに「よかった」なんていう状況が、相手にとってなかなかの破壊力を持つことは、容易に想像できそうなものだけど。
……まぁ、今の僕の心境からすれば、嬉しくはあれど、喜ばしくはない台詞ではあるのだが。
二人の時間の七割以上をジョークとからかいで過ごしているので、こうして不意に心臓を鷲掴みにしてくるセリフへの対応が出来ない僕は、安売りのトマト(78円)の値札を眺めて、曖昧に頷くことしかできなかった。
というか、結局デートらしいこと出来てないじゃん……。
とどのつまり、今回はデートではなく、デートのようなもの、だったということなのだろう。
僕的には、本番はここからって感じなんだけど。
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