第八話・一般的な大学生活に付随する美少女の風景


「――じゃ行ってくる。時々来てあげるから、またね」


「おう、行ってらっしゃい」


 ポニーテールが元気よく跳ねて、扉の向こうに消えていった。

 

 ――翌日、登校する妹を見送った午前七時。

 

 さて、「あいつをもっと知りたい」なんて啖呵たんかを切ったのはいいけれど、そのために乗り越えなければならない障害がいくつか存在する。

 その一つが大学だ。

 あと三週間ちょっともすれば夏休み。しかし、言い換えれば、今の時期はテスト前の重要な時期。流石に二日連続で自主休講するわけにはいかない。


「夕雨。今日は学校行くけど、どうする?」


 後ろで妹に手を振っていた夕雨に問う。

 ちなみに妹のものだったピンクの寝巻を着ている。サイズ――主に胸の――が合わないのか、少し窮屈そうだ。


「どちらでもいいですよ」


 彼女は僕の目を見て答えた。


 僕としても、正直どちらでもいいのだ。

 大学は徒歩圏内だから交通費はかからない。講義も基本一人で受けているから問題も起きない。だから連れていくことに何のデメリットも無い。


 だからといって明確なメリットがあるわけでもない。

 あ、でも学食なら『学食カード』――事前に入金しておいて、後で使用できる学食用電子決済である――の残高が使えるはずだ。


 給料日前、質素に生きたい。


「……よし、一緒に行くか」


「分かりました、ぼっち卒業ですね。おめでとうございます」


「.......」


 ということで、僕らは身支度をして、大学へと向かった。


 *


 昨日とは打って変わって、爽やかな快晴であった。


今日は二限と、昼食を挟んで三限に授業がある。

 それぞれ大講堂での講義だから学外の奴が混じったとして気づきやしないだろう……なんて思ってたのだが。


 大学の名所のひとつである葉桜並木、夏らしい緑をたたえるその場所で、視線を一手に集める少女がひとり.......というか夕雨。

 聞こえてくるのは「可愛い」「うほっ」なんていう歓声にも似た声。流石は『美少女』として売り出されていただけある。

 ただ、ふと視線を僕に移して気の毒そうな顔をするのは解せぬ。

 僕だって見る人が見ればだいぶ恰好よく見えるはずなんだ。


「なあ、僕ってブサイクではないよな」


「恰好よくもないですけどね」


 なんか今日は僕への当たりが強めな彼女であった。


 ――経営学の講義が終わった。

 夕雨はといえば、周囲3メートル以内の学生に『美少女学』の講義を展開していた。講義内容は美少女の生態。

 と言っても彼女は教授と僕の顔とを交互に見ていただけなんだけど。


「皆携帯ばかり見てましたね」


 それとお前な。


「僕らは与えられたチャンスを十全に活かせるほど大人じゃないのさ」


「教授さんも注意しませんし」


「彼らはいちいち気に入らないことに対して文句を言えるほど子どもじゃないのさ」


「理太さんはずっとソワソワしてましたし」


「.......君がチラチラ見てくるからだろう」


「理太さんがチラチラ見返してくるからです」


 覗き見永久機関が誕生していた。


「そういえば再来週テストだそうですね」


「え、あぁ。大学生が『単位くれくれ星人』になる時期だからな、今は」


「理太さんは勉強出来るんですか?」


「2年生レベルの内容ならまだサボり気味でも理解出来るよ」


「小学生?」


「ちげぇよ!」


「中学生?」


「中学2年でも高校2年でもねえ!!」


「やっぱり小学生じゃないですか」


「何がやっぱりだ! 九九くらい言えるわ!」


「7かける9は?」


「63」


「おー(拍手)」


「…………」


 こいつの嗜虐心しぎゃくしんは時折僕のメンタルを削ってくる。いったいどういうつもりなのだろうか。

まあ、ただ僕で遊んでるだけという説が濃厚だけど。


「私、お腹すきました」


 なんの脈略もなく話題を変えてくる夕雨。他人に所有権を握られながらも、こいつはこいつで自由にやっているのだろう。

 いやまぁ、握りたくて握っているわけでもないけど。


「.......じゃあ学食行くか」


「はい。予算は三千円でいきましょう」


「レジのばあちゃんが驚くな……」


 夕雨が立ち上がると、それにならって、眠っていると思っていた奴らの顔が一斉に上を向いた。


 お前ら、さてはナンパするつもりだったろう。幸せな頭をしてるなぁ。

 僕はこうして、非日常という海で暴風雨にさらされているというのにさ。





 

 

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