第九話・僕の人生における例外たちとの絡み

 ここは大学食堂。

 私立大学のような綺麗さもお洒落さも無い、機能的な四角い箱、というのがウチの食堂を形容するに相応しいだろう。


 僕はそんな箱の隅に背中を預けて、夕雨の帰還を待っている。


 学食はそれぞれ『丼』『麺類』と料理の種類によって受付が異なる。だから人気度によって列の長さが違うのだ。


 僕は列の短い麺類をチョイス。客入りの少なさに、カウンターのおばちゃんが少し悲しそうな顔をするものだから思わず大盛りにしてしまったが、表情になんの変化も無かったのでもう二度と大盛りは頼まないと決意したところである。


 ――未だに空いた隣の席、彼女代わりの僕の黒リュック。

 空虚だな、と思えてしまうのは僕らしくない。


 僕らしさ、というのはつまるところ、独りに慣れている、ということだ。


 僕は基本的に他人に興味を持つことがない。それは時に美徳とされるけど、人間社会ではおおむね不利に働く性質だ。

 だから僕の人生の大半は一人で過ごす時間だった。


 さて、ここまで僕が『ほぼ』『基本的に』『大半は』なんていう詭弁家きべんか御用達ごようたしの言葉を連ねてきたのには理由がある。


 それは、それぞれに例外があるということだ。


 僕の胃のサイズにそぐわない大盛り味噌ラーメン(598円)のような。

 あるいは僕の正面の席に座ろうとする、だとか。

 そんな感じの例外でもって、僕の人生はかろうじて、キャベツ程度の緑黄色で彩られている。


「おう、大盛りとは珍しいな」


 見た目通りのさっぱりとした声で、目の前の彼は言った。

 

「僕の優しさの証だよ」


「はははっ、相変わらずセンスのいいジョークだ」


「うるせ」


 塩ラーメンを持って断りも無く席に着いたのは、出村いでむら航一こういち。見た目は明るい茶髪のイケメン君。医学部の優等生で、富裕層のご子息でもあらせられる、人生の勝利条件をすべて満たしたようなヤツである。

 持っていないのは油田くらいなものだろう。


「何か御用ですか、航一サマ」


「おう、暇そうだったからこっちに来ただけだ」


「おせっかいって言葉知ってるか?」


「俺の辞書には無いな」


 そしてこうやって、たまたま一年の授業が同じになっただけなのに、それ以降ちょくちょく話しかけてくるのだ。

 その理由を何度か聞いたこともあるけど、全て「なんとなく」でスルーされ続けてきた。

 ただの『お人好し』なのだろう。それも変人と言っていいレベルの。


「それじゃいただきます」


「さっさと食って元の居場所に戻った方が良いと僕は思うんですけども」


「ん、食べないのか? 麺伸びるぞ」


 聞いちゃいないな。


「……どうにも家訓でね、全員が揃わないと食べちゃいけないんだと」

 

 それは幼いころから染みついてしまった慣習だ。慣習というのは怖いもので、慣れてしまえば、どうにもその型にはめないと落ち着かなくなってしまう。


 そんな僕の意味深に聞こえるだろう言葉に彼は首を傾げる。そんな仕草でさえドラマのワンシーンのようだ。

 やがてはっと、航一は頭上に豆電球を浮かべて、


「……まさか天下無双のお前が友達を……!?」


「無双って別にぼっちって意味ないからな」


 字面的には分からなくもないけど。


 航一が驚愕に目を見開いているところ、視界の右端に揺れる金髪が見えた。


「お待たせしました……あれ、この方が地球最後の人間さんですか?」


 夕雨が航一を見て言った。


「遠回しに僕をディスってくれるな」


 他に人間がいないからしょうがなく僕といるってか。いや、それだと僕は人間じゃないんじゃないか。まぁいいけどさ。


 さてさて、航一にとってはまさに衝撃の展開なのだろう。

 普段独りきりだったやつがいきなり連れをはべらせて、しかもそれが金髪少女なのだから、驚くのは分かるけど。


 いや、なんでお冷をラーメンに注いでんだよ。動揺しすぎでは。


「――お、おい。これはVRか何かなのか」


「現実だよ」


「じゃ夢?」


「頬つねってみろ」


 彼のイケメン顔がふにゃりと歪む。


「――いてぇ」


 マジで確認する奴現実で初めて見たよ。


「と、いうことだ。僕も不思議でしょうがないんだぞ」


「どうも、夕雨と申します」


 リュックをどかして席に着いた彼女は、ぺこりと頭を下げる。


「マジか……どうも、出村です」


 航一もぎこちなくだがお辞儀を返す。


「ま、まさかいきなりカノジョ連れてくるとは思わなかったなぁ――しかもこんな可愛い子」


 航一は空っぽのグラスに箸を突っ込みながら、感嘆した。残念ながらそこに麺はない。


「あ、いえ。私はカノジョではなく――」


 ご丁寧に訂正を入れようとする夕雨を右手で制する。妹はまだしも、このウルトラおせっかいマンにメ〇カリの件を伝えようものなら色々と面倒ごとを起こしかねない。


「だ、だろ? 僕もやれば出来るってことさ」


「そのレベルじゃないだろこれは……ザリガニでカジキマグロ釣ったようなもんだぞ」


「誰がザリガニだって?」


「理太さんでしょう」


「お前が言うな!」


 そんな軽快なやりとりを聞いて、彼はこらえ切れないとばかりに笑った。


「はははっ。流石は理太が連れてきただ。面白いね。

 夕雨ちゃん、だっけ。学外か、あぁ、留学生? それにしては日本語上手すぎるけど」


 ――ぎくり。

 流石はコネクションも一流の男だ。夕雨が学外であることを断定しやがった。

 正直ここについては下手に嘘ついてバレるのも怖いので誤魔化しはナシだ。僕は夕雨にウィンクをして合図を送る。


(コタエテイイゾ)


 夕雨は承知したとばかりに頷くと、



「――私は理太さんの婚約者で、現在同棲中です」



「…………」


 興野理太、沈黙!


「…………」


 出村航一、絶句!


「どうかしましたか?」


 夕雨、すっとぼけ。

 それどころか僕を見て、


(コレデドウデスカ?)


 なんて誇らしげに胸を張っている始末。


「どうかしましたか、じゃねぇ!!」

 

 いや、婚約.......?

 HEYシリ‼ 婚約の意味調べて!


 婚約:結婚の約束をすること。また、その約束。


 んなもんいつしたさ!?

 ほら、航一君驚きすぎて泡吹いて気絶しちまったよ!

 衛生兵! 衛生へーいッ!!


「航一さん、かなりの重傷と見受けられますが……、どうかしたのですか?」


「お前がとんちんかんなこと言うからだっ!」


「だってカノジョだと自慢したかったのですよね? 

 だからこう、ちょっと気を回したのです」


 あぁ、そこの勘違いかぁ。これで航一が死んでしまったら、裁判にかけられるのは僕なのかな……。


「それで婚約と言ったわけだ」


「はい」


 いたって平然と、恥ずかしがる様子も無く、彼女は頷いた。それは至って彼女らしくて、まったくもってヒロインらしくない。

 

「確かに僕らはある種の契約関係にあるわけだけど、それはあくまで所有非所有なわけであって、婚姻関係にあるわけじゃないよね」


「そのはずですが。

 あ、でも一応私は永遠の十七歳の設定ですので……今は『万和ばんな』元年ですから……はい、結婚可能ですよ」


 彼女が確かめたのは民法改正で何年か後には、女性も結婚可能年齢が十八歳に設定されることを考えてのことだったのだろうが、まったくもって需要のない思慮である。


「いや、僕は別に結婚を迫ったわけではないんだけど」


 それになんだよ永遠の十七歳って。昭和のアイドルか。


「そうなんですか? 一応婚姻届けならありますけど」


 夕雨はそう言って、紙を長机に広げた。紙面には見事(?)に『婚姻届け』と書いてある。

 しかも全面ピンク色。雑誌についてくるやつだった。

 なんでんなもん持ってるんだ。


「……お前な」


 間髪入れず、もう一枚。


「ご不満でしたら離婚届もありますよ」


 どこからどう見てもそれは離婚届だった。こんな紙ぺらで……っていや、そんな感慨に浸っている場合ではない。

 これはツッコみ役に対する挑戦状だ。いや、でもこれは……。


「『なんでだよ!』というツッコみが、果たしてこの高度なボケに対して相応しいモノなのか不安になってきたよ……」


 これから先、僕はちゃんとツッコんでいけるのだろうか……。

 ちょっとベクトルの違う不安を抱くようになった、彼女との3日目だった。





 これはどうでもいい後日譚なのだが。

 数時間後、息を吹き返した航一からメッセージが届いた。


「なぁ、俺はお前と会っていた気がするんだけど、気のせいか?」

 と。


 これから困ったことになった時、夕雨のボケに頼れば、うまく記憶を消せるのではなかろうか。


 



 


 

 



 









 

 

 

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