第十話・僕の初デートのようなもの、甘くはない


 日付は飛んで、月末の30日。付け加えるなら、月曜日。

 夕雨との生活も一週間が過ぎた。が、これといって進展――僕らの関係に先なんてものがあるのかは不明だが――は無かった。


 しかし、それは言葉のあやというもので、なにも無かったわけじゃない。

 ただ、まぁ、うん。彼女の人でなし加減、いや、常人離れした思考回路を実感するには十分すぎる時間だったとだけ言っておこう。

 

 ――まさか夜這いまがいのことをしてくるとは……彼女のことだから、別に意識したわけじゃないんだろうけど……。


 ともあれ僕は寝首をかかれるわけでもなく、1週間とちょっとの間、心臓は鳴りやむことなく、あるいは高鳴りを繰り返しながら、やっとのことで拍動を続けている。


 なぜ綺麗に一週間後の29日でなく、半端な30日にフィーチャーしたのか。

 それは30日が給料日で、それでいてその前日、彼女が


「そういえば、洋服が少ないですね」


 などと、彼女にしては珍しく現状の不満を口にしたからだ。確かにシャツ・ズボン二着ずつじゃキツイよな。

 幸い月曜は授業が五時前には終わる。だから、僕らはとある約束をした。


「よし、じゃ明日大学の正門で。服買いに行こう」


「デートですか」


「え、ま、まぁそうなるか。なんだ、楽しみか?」


「楽しみですよ、夕食の献立を考えるくらいに」


 と、それなりのリアクションを貰えたので決行となって、明日――というか今日。

 雲がかりの空の下、約束通り、正門で僕を待つ夕雨を視認した。案の定、他の大学生の注目を浴びている。そこに向かっていく僕、ちょっとの優越感。


「待たせたな」


「待ちました」


「何分だ」


「45秒ほどです」


「それは『ちょうど今来たとこ』圏内だろう!」


 ちょっと憧れていたのに……。

 ちなみに夕雨とは昼食ぶり。授業の時は家に帰しているのだ。集中できないからね。


「じゃ、行きましょう。初デートです」


「……あ、あぁ」


 こうして相も変わらず、僕はリズムを崩されながら大都市の中心駅、横浜駅へと向かった。


 *


 僕は女性服について詳しくない。

 スカート、ズボン、シャツ――それが僕の語彙の限界だ。パンツと言われて水玉模様が思い浮かぶような、そんな人間なのだ。

 だから当然、道案内は夕雨頼りとなる。


「土地勘、というか店の場所とか分かるのか」


 混沌を体現する横浜駅西口商店街、その雑踏の中で一際ひときわ輝く金髪少女に問いかける。


「大分変わってしまっていますが……大体の場所なら」


「あれ、来た事あるのか」


 ビジネスホテルは商店街からは遠い場所にあるから、その時ではないんだろうけど。やっぱりこいつにも過去はあるんだよな。


「はい、何度か。ここのゲームワール――あ、いえ。ゲームとか」


 何故かぎこちない発音の夕雨が指した赤い建物。正面入り口にはクレーンゲームが所せましと並んでいる。


「お、僕も高校の時によく行ったなぁ」


 ストレスが溜まった時に対人アクションゲームで余計にストレスを溜めるときに来る。

 目的はただのストレス発散のつもりなんだけど。


「でしょうね」


「それって僕がゲーセンに入り浸るような陰の者に見えるということかい」


「いえ。こう……必然だなぁ、と」


「ゲーセンに行くのが必然なのか僕は!」


 一体どういう風に見えてるんだよ。それは常に指に100円玉忍ばせてるやつに言う台詞だろう、それは。

いやどんなやつだよそれ.......。


「とにかく行きましょう」


 夕雨はすたすたと、歩幅が合わない、なんていうロマンス溢れる気持ちを感じさせてくれる暇も無く、彼女は歩く、歩く、歩く。

 僕はただそれに着いていくだけ。着いて行って、服を買ってあげるのだ。


 ……あれ。これじゃあ僕は動くATMじゃないか! 


 なんて気付いた時には、僕の体はすっぽりと女性服店に収まっていた。

 ブッ〇オフや某アニメショップ、家具屋や電気店、それに服屋。陰の者から陽の者が集う、まさに何でもありのファッションビルの一店舗である。


 いくら女性と一緒にいるとはいえ、それでも慣れないものは慣れないし、恥ずかしいものは恥ずかしい。フロアからしていい匂いがするとか聞いてないし。


「どうしました? 私が試着する様子を妄想してたんですか?」


 いくつか服を手に取っていた夕雨がこちらを向く。


「それはお前の妄想だ!」


 何度も言うが、僕はそこまで変態ではない。人並みだ、人並み。

 

「ところで、理太さんは好みの服とかありますか? よければそれを着ますが」


「ん、特にないぞ」


「ヌードが一番、と」


「んなこと言ってないわ!」


「それじゃあ私の好みで選んでいいんですか?」


「あぁ、値が張らなきゃな」


「やはりヌードが……」


「確かに裸は無料だけど! そんなに僕を変態だと思っているのならその考えを改めてくれ!」


 僕はそんな素振り見せた覚えはないんだけどなぁ。悲しいな……。


「とにかく僕はなんでもいいから決めてくれ……店員の視線が痛いよ……」


 周りからすれば僕は美少女にヌードヌード言わせているクソ野郎ということになっているのだろう。とても許せることではないけど、今僕が何を言ったところで効果はない。実際無実であろうと、容疑者であるうちは容疑者なのだ。


「そうですね。でも試着したいのは本当です」


「どうぞご勝手に」


「私、消えちゃうかもしれませんよ」


「なんでだよ」


「観測されてないのであれば、それは無いのと同じですから」


「その理論でいけば僕は試着室の中までついていくことになるけど――いや、夕雨がどうであれ僕は中に入らないぞ!」


 僕にも学習機能はある。途中で言葉を切っていたら、次の彼女の言葉は「別に私は構いませんよ、一緒にどうです」だったに違いない。それでは本当に、僕のこの場における社会的地位がどん底に落ちてしまう。


「そうですか。じゃあ……消えちゃいますよ?」


 夕雨は、悪戯っぽく笑った。


 それは、からかうように、彼女にしては珍しく、感情にんげんめいた所作で。

 何故だか、不安になる。

 今まで在ったものがくなるのとは逆で、今まで無かったものが現れたとき、人は、というか僕は、こんなに奇妙で不気味な感情に襲われるのかと思った。


「……ついていけば、いいんだろう?」


そう言うしかなかった。


「どちらでもいいですよ。すべては理太さんの思うままに」


「ついていく、ついていくから」


 ……だから、消えてくれるなよ。お前には散々投資してやったんだからな。

 消えてもらっては、ちょっと困るんだよ。


 

 

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