第四十六話・遊園地大戦争 コーヒーカップ編
「面白かったですね、ジェットコースター」
「……うっぷ」
笑顔で感想を語る夕雨に反して、僕はフラフラ。未だ足元がおぼつかない。頭がぐわんぐわんしてるぜ.......。
あんな乗り心地の悪い乗り物に乗ったあげくに結局スタート地点に戻るとか何の意味があるんだ。タイヤが付いているのならその目的は移動であるべきだ。
あー、もう二度と乗ってやるものか。
「次どこ行きましょうか」
「正直休ませてほしいんだけど」
「それでは.......コーヒーカップにでも乗りましょうか」
「容赦ねぇ!?」
乗り物酔いしてるやつに一番勧めちゃいけないやつだろ。
泣きっ面に蜂、ジェットコースターにコーヒーカップである。
ジェットコースターの非合理さについて言及していたのに、ここで一番意味不明なアトラクションが来るとはまた。
あのグルグル回るだけのアトラクション。メルヘンな見た目に合わないハードな乗り物。この世になくても別に困らない物ランキング上位入賞果たすやつ。
「あれ、そんなに楽しいか? ただグルグル回るだけじゃん。ガキの頃ならまだしもさ」
「回るものって楽しいと思うのですが」
「ふぉーいぐざんぷる」
「回転ずし」
「確かに好きだな」
お寿司が好きってのもあるけど、レーンからひょいと取る行為は確かに面白い。
「コマ」
「おう、確かに回ってるし好きだったな」
幼稚園、小学校ではよく遊んだものだ。
「ベイゴマ」
「それも広義のコマだろう」
「ベイブレード」
「コマに対する拘りが強い!」
確かに全部回るし楽しいけども。
「扇風機もですね」
「ん……? ファンが回ってるのはそうだけど、楽しいの対象になるものじゃないだろう」
「そうですか? 昨日、理太さん扇風機の前で宇宙人の物まねしてたじゃないですか」
「――!?」
バレてたのかっ!
遊園地デートが楽しみでテンションが上がっていたんだよな……恥ずかし。
「意外と子どもっぽいですよね、理太さん」
「返す言葉も無い……」
「ま、そういうところ含めて好きなんですけど」
さりげなく勝負をしかけてくる夕雨。
はっ、甘いわ。この僕が無策のままでいるとでも思ったか!
「僕はそう言ってくれるお前が好きだぞ」
渾身のカウンター。矢吹ジョーにも引けを取らないぜ。
「……ずるいです、もう……っ」
まず一勝。
まぁ、顔赤くして俯く今のお前の仕草の方がずっとズルいと思うけどな。まさにクロスカウンターである。
絵に残してこの可愛さを後世に伝えてあげたいわ。ユネスコも萌え死するに違いない。
しばらく園内を歩く。メリーゴーラウンドやフリーフォールなど定番アトラクションを過ぎて向かうはコーヒーカップなのがなぁ。少し気が進まない。
「回るもの議論の結論出てないのに行くのか? オチが無いのはどうかと思うんだけど」
なんて抵抗してみるも。
「――こうして世界は平和になったのです」
「雑すぎるわ!!」
「――こうして地球は回り続けるのです」
「オチた! 予想以上に綺麗にオチた!!」
綺麗にオチたなら何でもいいや!
「それでは行きましょう。コーヒーカップがお腹を空かせて待っています」
「なんかそう言われると行くしかないような気がしてきたな」
これが父性の目覚めというやつか。
お腹を空かせてる奴ってすごい母・父性をくすぐられるよね。
他愛のない会話。
西日の差す遊園地、係員の人に一声かけてカップに乗り込む。夕雨はハンドルを挟んだ真向かいにいる。面と向かうとなんだか気恥ずかしいな……。
ちなみに他のお客さんは家族連ればかり。きゃっきゃと賑やかな喧騒。大人が乗るもんじゃないもんな、これ。十一世紀の拷問器具ですと言われたって納得できるもんね。
『
うん、必殺技にも使えそう。
「まさか夕雨、お前思いっきり回そうとか思ってないよな」
僕は不安を口にする。
ガキの頃はよく全開にしてたけど、今はもう二十歳。三半規管だって衰え始めているのだ。それはもちろん夕雨だって同じはず。流石そんなに無理はしないはずだ。
「大丈夫ですよ。程よい感じで回しますから」
「嫌な予感しかしねぇ……」
まったく回さないといのは楽しくはないだろうから、多少はいいんだけど、やはり程度というものがあろう。
と、流れる安全確認のアナウンス。愉快なBGMがスタートするとともにコーヒーカップが一斉に回転し始める。
視界がゆるりと回りだす。前述の通り全方位眩しいのは相変わらず。ぐるぐると熱されながら削られるケバブ肉になった気分だ。
夕雨はハンドルに手を添え、加速をかける。といっても宣言通りゆるやかに。
そこで、ふと、彼女は口を開いた。
「そういえば、理太さんは私のどこが好きなんですか?」
「――っ!? いや、それ今ここで言うことか?」
絶対に違う。回転ずし店でサラダばっかり食べてるやつくらいに違う。そういや寿司屋でラーメンってのもよく分からないよな。サイドメニューは茶碗蒸しまでだろ。
ま、そんなことはどうでもよくて。
「気になってしまったからにはしょうがありません。絶好のきゅんきゅんチャンスですよ」
回る視界。
しかし答えは頭を回さずとも分かる。
「えぇと、じゃあ……つっても全部かなぁ。夕雨が何をしても好きだと思うよ」
と、その時。
ぐわんと夕雨がハンドルを回した。
数段飛ばしでコーヒーカップが加速する。歩いていたら突然原チャリに誘拐されたみたいな感じ。いや、されたことないから分からないけど、そのくらいのGのかかり方だ。
「急にどうした⁉」
「あ、いえ、お気になさらず。気持ちが昂ってしまいまして。『海外の反応』みたいなやつです」
結構な加速度の中でも無表情を崩さず言う彼女。キラキラ遊園地をバックに、シュールな光景である。
「喜ぶあまりに椅子投げ飛ばしたりしてるやつね! 言いたいことは分かるけど気にするなってのはキツイぞっ!」
くるくるり。
視界が回る。彼女の金髪が光の風に
「じゃあいつ私を好きになったのですか?」
再び問われる。これ以上の加速は勘弁だ。勝負はお預けにして、不器用な感じで言ってみよう。
「う、うーん……覚えてないなぁ。気づいたらいつの間にか、ってみたいなうぉあああ⁉⁉」
説明しよう。
僕が言い終わる前に夕雨がGT-Rもびっくりな急加速を決めてコーヒーカップが超高速回転したのだ。
以上報告終了。
状況未終了。
ぐるぐるぐるり。
脳が乱暴に振り回されて、胃液が混ぜ混ぜされる感覚を味わう。
世界がぎょっとする速度で回っていって、もはや視界の焦点さえ合わない。
……マジで気持ち悪い……。
「あはははっ、これは良いですね。私の気持ちを代弁してくれます!」
しかし、彼女は平気なようで――、というかハイになっているのか、笑みさえ浮かべて叫ぶように言った。
三半規管丈夫すぎるだろ……人間離れしてるぜ。
「お前の心ン中どうなってんだ――」
「割とぐちゃぐちゃですよ!」
基本的に感情の希薄な彼女。その台詞は意外だったのだが――そんな感慨さえ一秒後には遠心力で吹き飛ばされていく。
ハンドルを逆に回す力さえない。
「もう
恨み、怒り、後悔。どれもが、彼女には程遠いと思える感情の名前。
でも、そうだよな。時空を超えてきた人間の心の中が単純なわけが無いのだ。
未来人、タイムトラベラー。
それは未練を残す者。
「でも、もう何でもいいんです。理太さんが幸せになってくれれば、それで!」
ぐるぐるぐるぐるぐる。
回る、僕の世界。
凄まじい遠心力に、彼女の身体は吹き飛んでしまいそうに思えて、僕はハンドルに添えられた彼女の手を握って、叫ぶ。
このコーヒーカップが僕の世界。ぐるぐる回る外界の景色なんて、もう見えなくて。でも別にそれでもいい。
僕は――。
「僕は、夕雨と幸せになるんだ!!」
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる!
回されるハンドル。そろそろ音速を超えたんじゃないかと思えるほどの高速回転。
それが彼女の心象だと言うのなら、返ってきた彼女の声は、昂る気持ちとは裏腹に、ひどく冷めていて。
「そんなこと言われたら、余計に嫉妬してしまいますね――」
それはいったい、誰への嫉妬なんだ――?
そんな疑問は言葉にならずに、遠心力によって、僕の意識ごと遠く海の彼方に吹き飛ばされた。
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