第四十五話・遊園地大戦争 ジェットコースター編
十八日の金曜日。
一言で言えば、僕は今、とても眩しい状況にある。
というのは、すぐそばの川の水面や、その周りの超高層ビル群(ランドマークタワー含む)のガラス面に反射しまくった太陽光線の全方位からの照射を受けているからである。
いくら技術が進歩したからって、ビル全面ガラス張りは流石に馬鹿の所業だろう。みなとみらいを巨大な日焼けサロンにでもするつもりなのかよ。
まぁ、サングラスをすればいい話だし、自動車の運転も自動化された
都会のキラキラ感はあくまで比喩表現であって、物理的にキラキラさせたって、出来上がるのは松崎しげるの劣化版であろう、と思ったり思わなかったり。
さて、毒を吐き終えたところで、僕は状況説明に励まねばなるまい。
ここは横浜の誇る一大観光スポットみなとみらい、大岡川河口付近の遊園地『よこはまギャラクシーワールド』。一昨年の改装で名前が変わったそうだが、以前の名前(
明らかに名前の設定ミスだよな。
というわけで、平たく言うのなら、僕らはまさに遊園地デートの真っ最中なのである。
――宣戦布告。とでもいうのだろうか。
一週間、ここを離れたくないってくらい楽しい思いをさせてやる、と宣言したのが昨日。
さて、思い切って戦争を吹っ掛けたのはいいけれど、残念ながらただのパンピーに戦争の仕方は分からず、泣きついた先は我が妹のライン。
『どんなことすりゃいいのかね』
『トマトでも育てれば?笑』
『確かに卒業式でひとりひとり立って思い出語る演出でネタの少ない二年生の思い出としてよく使われるけども』
『笑』
『ま、好きな人と一緒にいられればそれだけで思い出になるんじゃないの』
『そうか?』
『楽しいも悲しいもムカつくも好き由来の感情ならなんでも思い出になると思う』
『良いコトいうじゃん』
『ツイッターのポエム垢からの剽窃』
『リアクションしづらいわ(笑)』
『ま、遊園地とかにでも行ってみれば? どっかに行った、ていうのは強いだろうし』
『なるほど、さんきゅ』
『ん。夕雨ちゃん泣かせるなよ』
『わかってるよ』
と、これがこの状況の背景である。完全に妹頼りなのが情けない。せめてデート中はリードせねば。
「なんか乗りたいのあるか?」
隣を歩く夕雨に問う。白いオフショルダーのトップスにデニムのズボ――パンツ。可愛さとカジュアルさの同居するコーディネートだ。どうせ妹の案なのだろうが。
……ってこのデート、妹絡み過ぎじゃない!? 妹が妹とデートしてるようなもんじゃん。
「乗りたいアトラクションですか……やっぱりジェットコースターでしょうか」
夕雨は頭上でとぐろを巻くように敷設されたコースターを見て答えた。ま、王道だよな。
「ジ、ジェットコースターか……ま、まぁいいだろう。行こうじゃないか」
「
「僕はまだ生きてる。というか、デートなんだからついていくのは当たり前だろう」
「そこはついて来いよ、の方が一般的ではないでしょうか」
若干呆れたような顔で、夕雨。
「……その通りだな」
ボケでも何でもない正論のクリティカルヒット。僕に<好きな俳優が違法薬物で捕まった>程度のダメージが入る。結構な大ダメージである。
「仕方ないです。カタチだけでもついていくことにしましょう」
彼女はそう言って。
――くいっ、と。ふわりと身体が引かれる感触。
シャツの袖を掴まれたのだ。
振り向くと、そこには白い歯をちらりと見せて、はにかむ夕雨。
「どうしたんですか? もしかして、きゅんときちゃいました……?」
にひひ、彼女が悪戯っぽく笑む。
どうした、どうしたんだ夕雨! いつも可愛いけど今日は一段と可愛いぞ!
ねぇねぇ君、こんな可愛い子が僕のカノジョなんだぜ? ははははっ! 世界はバラ色。
「心臓止まりそうになったよ」
「これで私の一勝ですね」
「へ?」
一勝? 先発でもしたのか?
「私たち、戦争中ですよね? 別れるか否かの」
「え、あ、うん」
あ、なるほどね。そういう。
「ですから、一勝です」
「え、この戦争ってきゅんとさせたら一勝になるルールなの?」
「戦争、だなんて漠然とした単語でしたから、ルールを決めてしまったのですが、よろしいですよね」
更にくいっと、袖を引かれる。頭上からの悲鳴は遠くなり、雑踏から、一瞬で二人の世界に引き込まれる。
なんて平和な戦争なんだ、これは。対義語がここまで矛盾なく一文に入るだなんてこれが初めてだよ。
「はい、喜んでお受けしましょう」
受けちゃったよ。戦争けしかけたの僕なのに受け入れちゃったよ。とことんヘタレだな、僕は。
「はい、それではジェットコースターに行きましょう。私、結構好きなんですよね、スリル体験」
夕雨は急かすように、歩みを速める。
「へ、へぇ、意外だな……」
「どうかしましたか? 顔色が優れませんが。私の胸揉みますか?」
「揉み――揉まない、揉まないよ! ふぅ……危うく流されるところだったぜ」
「これで二勝ですね」
「確かに心臓がきゅっとなったけどきゅんとはしてないぞ?」
「似たようなものです」
「似てねぇよ!」
純度というか、いやらしさ度が違う。
というかなに、これ《ジャッジ》判断するの夕雨なの? すごい理不尽じゃないそれ。
「それで、理太さんは絶叫系が苦手なのですよね」
「……バレてたか」
「理太さんのことならなんでもお見通しなのです」
きゅん。
航一に見透かされるのとは気分が違うな。
あ、これで僕の三敗か? と思いきや彼女からの指摘がない。
「なぁ、今俺きゅんと来たんだけど」
「何の報告ですか、気持ち悪いですね」
「まさかの辛辣ッ!」
「とまぁ私の三勝ですか。理太さんチョロすぎませんか?」
「お前が強すぎんだよ……」
僕に免疫が無いのも確かなんだけどな。
「というか自己申告はしなくて大丈夫ですよ。相手が気づかなければセーフということにしましょう。そうでなければ私の大敗でしょうから」
「ん……? どういうことだ?」
僕が首を傾げると、彼女はわざとらしくため息をついて、
「はぁ……それではさっさと行きましょう。ショック療法で鈍感系主人公な性格を治せるかもしれません」
「僕結構感受性に富んだ子だって言われたんだけどなぁ――」
と、ビビる僕の袖をぐいっと掴んで、僕を引っ張っていく彼女。
あ、これアトラクションに乗る前の雑談がメインになりそうな予感がするぞ。
遊園地という地の利を全く生かせない僕なのであった。(つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます