第四十四話・友人との幕間
僕が彼女との戦争を決めた昼時。その後の雑談。
「そういやお前、恋愛は戦争だ、なんて言ってるわりに彼女作らないよな」
このイケメンからは一切浮ついた話が聞こえてこない。出会った当初、それを俳優の『全然モテないですよ』発言程度の信用度でもって捉えていたのだが、それはどうにも真実らしく、航一は生まれてこのかた異性と付き合った経験が無いらしい。
あまりにも高嶺の花過ぎて女子が手が出せないのかと推測していたのだが。
「この俺が誰かのものになったら、悲しむ女の子が出てくるだろ? そんなの悲しいじゃないか」
「……お前、しばらく見ない――出ないうちにキャラ変わってないか?」
そんなキザなキャラじゃなかったろ。
「そうかい? まぁ理太がそういうのなら変わったんだろう。人は変わるものさ、はは」
「お前の場合は完全に改悪だけどな」
「マジで!?」
言うと、カップラのスープを飲み干していた(こういうところもいちいち貧乏くさい)航一はぎょっとした目でこちらを振り向いた。
「今のはいつも通りっぽいな」
「そうか……」
深刻な顔で、航一はため息交じりに言葉を零した。
「なに、まさかキャラづくり迷走してんのか」
「よく言うよ、ほんと。冴えない友人Aがあんな美少女ちゃんに愛されまくってるんだぞ、焦らないわけがないじゃないか」
「もしかして嫉妬しちゃってんの? マジウケるぅ~」
「殺すぞ」
「少しはオブラートにつつめ!」
「俺のために死んでくれ」
「前後の文脈が気になる!」
ただし、どんなに感動的な場面だったとしてもオブラートに包めてはいない。
「で、なんで彼女作らないんだよ。相手なんていくらでもいるだろうに」
僕が嫉妬されているのは未だ航一が独り身だからだ。ということは――、である。こいつなら大抵の女性は恋に落とせると思うんだけどなぁ。
僕の話を聞いて、航一は大きくため息をつくと、突然爽やかイケメンスマイルを浮かべて、僕の後ろの誰かに手を振った。
お相手は知り合いの女子だった。赤い唇が目を惹くひとだ。ほら、お相手はごまんといるはずなのだ。
しかし、彼は浮かない顔で、僕の方に向き直る。
「彼女は出来るのだろうさ。でも、作れないんだよ」
「???」
「俺の性格、分かってるだろ? 努力無き成果に意味はない主義」
「そんな名前だったとは知らなかったけどな。
あぁ……なるほどね。言いたいことが分かったよ」
つまり、彼はこう言いたいのだ。
――簡単に自分に惚れない女性がいないのだ、と。
そしてそんな女性こそが彼のタイプなのだ。
なるほど、持たざる者には分からぬ苦悩というわけか。僕にはその気持ちがさっぱり分からない。というか簡単に自分に惚れない女性しかいない。
……そういや、あいつってなんで僕のことを好きになったのかな。ずっと好きだったと言ってはいたが、そのきっかけを聞いたことは無い。すごい気になるな。家に帰ったら聞いてみよう。
で、彼は彼で、僕に嫉妬するくらいなら誰か適当なやつと付き合ってしまえばいいのに、そういうところが妙にお堅い。なんでこんなやつに『積極的になれよ』とか言われなきゃいけなかったんだろうな。
「ほんと、困っちゃうよね」
「……お前、夜道の一人歩きには気をつけろよ」
野生の非リアにギロチンのち打ち首の刑に処されてしまえばいいんだ。まったく。童貞の風上にも置いておけない男だ。
「それで、さっきのキャラはどうだったよ」
「止めた方が良いと思うぞ。せっかくの爽やかさがおじゃんだ」
「そうかそれはよかった」
「だから元に戻した方が――って、ん? お前今なんつった?」
「そうかそれはよかった」
「……すまん、意味が分からないんだが」
なんで悪くなっているのに、それでいいんだ?
「いや、だって嫌われキャラなら簡単には惚れられないだろ?」
「努力の方向を間違えてる!!」
しかもその発言すげえムカつくから多分努力の成果は出ている!
恐ろしや出村航一……骨を切らせて肉を差し出す本末転倒ぶりだけど、そこが彼の異常性であり、良さでもある。
「あ、そうだ。方向といえば」
「すげえ引用の仕方してくんな」
「昨日駅方向に歩いてく夕雨ちゃん見たけど、一人でなんて珍しいよな。別れ話となんか関係があんのか?」
随分無理やりだなあ……。
というか。
「昨日? いつごろだ?」
「夕方五時くらい」
「じゃあ見間違いだよそれ。一緒にいたし」
自転車に乗って横浜駅、だ。
まさか地元駅に彼女がいるわけがない。ドッペルゲンガーが実在するならまだしも、だ。
「あんな綺麗な金髪そうそういないと思うんだけどなぁ……あれ、髪型どんなだっけ」
「肩にかかるくらいの長さで、ちょいちょい跳ね毛がある、ゆるっとした感じかな」
「あー、そんなだっけか。あんな美少女の外見忘れるなんてボケたのかね……ま、それじゃあ別人だな。髪長かったし。観光客かなぁ」
「ここら辺観光資源皆無だろ」
「理太の卒業アルバムがあんじゃん」
「全世界に晒されてたまるか!?」
僕の将来の夢を無理やりワールドワイドなものにされてたまるかよ。
あ、でも自宅がポケストップになるのは少し嬉しいかも。
『興野理太の卒アル』
いや、やっぱすげぇ嫌だな。アプリを開くたび純粋だったころの僕と対峙するなんて苦行でしかない。
「どうだ、気は紛れたか」
ふと、航一が言った。そういえば、どんよりと僕の肩に乗っていた重い空気が、少し晴れたような気がする。
突然の別れ話に未来人騒動と随分と参っていたから、こうした他愛無い雑談が何より癒しになるのだ。そこら辺もお見通しだったというわけか。
……お前にゃ嫌われキャラなんて無理だろうよ。
「え、あぁ。助かったよ。ありがとう」
「気にするな。残念会を開くなら奢ってやるからさ」
「それ不吉だからやめろよ……」
ま、いくらフラグを立てられたって、僕には夕雨と別れる未来なんて見えないけどね。
そして、その日の夜。二十時五分三十秒。
僕は、夕雨に対して宣戦布告をしたのであった。
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