第三十話・多分、彼女は僕の近くにいたんだろう

 言ってしまえば、僕の予感は見事に的中した。


 あれだけ探した金髪が光を曳きながら丁字路の角に消えたのを捉えたのは、僕がアパートを出てから十数分後のことだった。

 まず間違いなくあいつだろう。

 彼女が消えた先にあるのは、数時間前に航一に助けを乞うた、丘の上の公園へと続く階段だ。

 もう少し、シチュエーションを整えたいところであったが、僕の慌てっぷりと走りっぷりを描写するのはもう十分だろうという判断のもと、僕はふぅと息を落ち着けて、彼女の後を追った。


 数秒前の彼女の軌跡を辿る。


 細く、長く、真っ直ぐ伸びた、街路灯が数本しかない薄暗い階段。右側には家が連なり、左側には木々の茂る、街と森(といっても公園の一部だが)の境界線。

ロマンの欠片も無い場所だけど、風情があるといえばそうだろうし……。

 それに。


 見上げた先、階段の頂上付近で意味ありげに佇む、彼女――その後ろ姿は白。

 それは彼女の着ているワンピースの色であり、露出した肩の透明感いろであり、彼女の象徴の形容詞いろだ。

 

 ――見惚れるほどの、純白。


 つまるところ場所なんてどうでもよくて、僕の視界を邪魔するものが無ければ、どうだっていいのだ。

 彼女が視界に収まっていれば、僕はそれで満足だった。

 その点で言えば、僕がこうして彼女を見上げる構図であったり、彼女が勝負服と言っていた白のワンピースの裾が風に揺れる様は、まるで絵画のようで、むしろこの場所は最高のロケーションと言えるのだろう。

 

 あぁ、まったく。

 いっそう綺麗だ。


 さて、周囲の空間の熱と湿気が吹き飛んだところで。

 僕は、物理的にも精神的にも十段と離れた君と、話さねばなるまい。

 僕はセンスのある人間ではないから、粋な言葉を吐けないけれど、それでも彼女を振り向かせることくらいは、出来るはずだと。

 僕は緊張で縮こまった肺に空気を送り込んで、吐き出して、言う。


「――僕の買った『3980円』の『美少女』はどこに行ったんだろうな」


「…………」


 沈黙。

 聞こえるのは風に騒めく木々の音。

 あれ、あれれ。

 振り向いてくれない。まさか人違いってことはあるまいな。この状況で、僕の目の前に金髪の美少女(かどうかは分からないけど)が現れるってことは、そういうことじゃないのかよ、神様。


 僕は焦る。十秒も沈黙が続けば焦りと不安で心臓がバクバクいってしまうのは仕方のないことだろう。

 でもどうやら、僕の心臓は杞憂に踊らされていたようだった。


「……私がに反応することを読んでの独り言ですよね。私が反応しなくても、ただの独り言になるだけ。男気の欠片も無いのですね」


 彼女は後ろを向いたまま、僕に棘を刺すように言った。

 呆れと親しみが混ざったような、優しい声音。鈴の音だとかと形容する必要もない。それは彼女の声だ。

 

 まぁ、内容はまさにその通り。図星を突かれて返事が出来ないままに、彼女はため息の後、くすりと笑って。

 しょうがないですね、と。


「――『新品』を忘れないでくださいっ!」


 ふわりと金髪を翻して、彼女は振り返る。

 瞳の色とか流石にここからだと分からないけれど、きっと蒼色。


「……久しぶりだな、夕雨」


 たった六時間ぶりなんだけど。ここに至るまでが、長かった。

 それはどこからと言われれば困るんだけどね。

 だって特にがあったわけじゃない。出会った瞬間からだったのかもしれないし、もしかしたら今この瞬間だったかもしれない。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 こうして会えたんだから、うん。

 ……よかった。


 この嬉しさのまま、勢いのまま、突っ走れ、僕!


「それで、何の用ですか、理太さん」


 上から問われて、僕は唾をごくりと呑み込む。思ったままのことを、夕雨に。


「何の用ってのはないだろ、夕雨。これから僕がお前を説得――」


 いや。

 僕は首を振って。


「僕が! お前にってのにさ!」


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