第二十九話・僕はわがままにならねばならぬ

 ――夕雨は僕のためにいなくなった。


 正確には、『夕雨が僕のためだと勘違いをして、いなくなった』である。

 あぁ、そうだ。まったくもって自分勝手、自分本位で自己中心的な行動だ。

 僕は君が迷惑だなんて全く思っていないのに、君は妄想が激しすぎるんだ。

 ったく、他人を気にしすぎて空まわるどっかの誰かさんを見ているようだ。


 ……俺って、もしかしてこんな風に思われてたのかなぁ。


 自意識過剰は他意識過剰ではあるが、結局のところそれは自意識過剰に他ならず、つまるところは自分本位な人間だ、ということなのだろう。だとしたら、うん、これは本格的に僕は反省した方がよさそうだな。変えられるかは別として。


「お兄ちゃんのその面倒な性格はさ、そりゃうざったくなる時もあるけど、良いように言えば優しいってことだし、私もそう思ってるからさ、そのままで良いと思うの。

 でもさ、やっぱり、ここぞってときは、ここしかないって時には自分を出すべきだと思うよ。そうしなかった結果がこうなんだから。どっちも優しすぎる時はさ、やっぱり片方が気を遣わなきゃダメなんだよ。手元に650円しかないなら、女の子にタピオカを買ってあげるべきだと思うんだよ」


「ごめん、長々といいことを言ってくれていたみたいだけど最後の例えのせいで意味分からなくなったぞ」


「この場合のタピオカは嫌われ役って意味だよ」


「タピオカの意味広いな!?」


 嫌われ役タピオカを買ってあげる――つまり嫌われ役を買って出るってことか。少しはわがままになれってか。

 うまいようでなんも美味うまくないぞそのタピオカたとえ


「とにかく、お兄ちゃんはもっと子どもになるべきなんだよ。誰からも好かれようってのは、大人のズルいところだよね」


「ズルい、か」


 生きている時間が長くなれば、得るモノも増える。だが、同時に失うことが怖くなる。だが、現実には両方をゲットできない選択だってある。

 それが分かっていて、大人は選択を迷い、結局選べなかった人は、どちらも失うのだ。


 僕のせいでびしょびしょになった廊下をモップ掛けしながら、深いようでそもそも底のないことを言ってくる妹。

 説教じみたことをされている状況は兄としてしゃくさわるが、塩むすびを作ってくれたりと、お兄ちゃん大好きアピールをしてくれていることに免じて、後でロールケーキでも買っていってやろう。

 ということで、


「まいちゃん、いっしょにおふろにはいろっ!」


 僕は子どもらしく。


「おにいちゃん、ひとりでじごくにおちてっ!」


 真衣は子どもらしく、純粋な悪意で。


「なんか平仮名で言われると悪口感消えるよな」


「しんで」


「直接的過ぎるわ!」


 トゲトゲのモーニングスターをオブラートに包みこんでも意味がないだろう、妹よ。

 ……僕のツッコみを気にすることなく妹は、とにかく、と言葉を続ける。


「お兄ちゃんは伝えるべきだよ。自分のしたいことを」


 駄々をこねる子どもみたいに、と。


「嫌われないか?」


 こういうところが気にしすぎだというのだろうか。いや、でも流石にこれは誰でも気になるよな。


「嫌われようがないよ。夕雨ちゃん、好感度固定だもん。まぁ、ゲージごと概念が変わることもあるかもだけど、それはお兄ちゃんの手腕次第だよね」


「どういうことだ?」


「友達に対する好きと、恋人に対する好きは違うってこと」


「お兄ちゃんへの好きと、恋人に対する好きは同じなのにか?」


「違うよ! お兄ちゃんは好きだけど、そういう好きじゃない!」


 ははっ、言わせてやったぜ。全国の妹キャラ好きに知らせてやりたいわ。本当にこんなこと言うやつチョロ妹がいるんだってな。

 とまぁともかく、なるほど、そういうことか。

 前の航一の言葉を借りるならば、夕雨は所有被所有の関係に対して、頑固。

 つまり現状マックス(自分で言うのはアレだが)なのは忠誠度パラメーターであって、恋愛ゲージではないというわけだ。

 なるほどね、なるほど。失敗すれば、


『私、そういう目であなたを見られない』


 と振られてしまうわけだ。そんなこと言われたら僕は確実にとこに伏せるぞ。


「……同じ女子であるお前から見て、望みありそう?」


「告白の成功確率を妹に聞くってどうなの?」


「なんだ、焼もちでも焼いてんのか」


「そんなの正月に全部食べちゃったよ」


「太るぞ」


 モップを元の洗面所に置いた妹は、ふと僕のところに近づいてきて、仰向けで寝ている僕のみぞおちにチョップをかました。


「いったぁ……」


 普通に痛い。何を以て普通なのかは分からないけど、みぞおちにチョップを入れられたように痛い。


「……で、成功確率どれくらいだと思う?」


「神のみぞ知る――ってところじゃない」


「それなんの答えにもなってないし」


 確かにそうだろうけどさ。


「お兄ちゃんがお兄ちゃんらしいこと言えば、大丈夫なんじゃないの、知らないけど」


 妹は投げやりに言い放った。

 その言い方が、今の僕にはありがたかった。


「そうか……分かった。まぁ、その前にあいつ本体を見つけないといけないんだけど、まぁ、何とかなりそうな気がしてきたな」


 それは、不思議な感覚だった。信頼、というか、安心、というか。

 きっと、探せば見つかるだろうと思えるのだ。根拠はないんだけど。


 妹はそんなこと分かっていた、とでもいうように、淡々と家事をこなしてくれている。何も言っていないのに掃除までやってくれるとは、良くできた妹である。義妹だったら惚れてたね。

 まぁ、義妹だったとしても、僕のによく似た目と横顔を見る度にげんなりするのだろうが。


「で、お兄ちゃん。これからどうするの。もう体、大丈夫でしょ」


 ちょうど起き上がろうとしたところで、妹に聞かれる。こう絶妙なタイミングなのが、僕らが兄妹なのだと感じさせられる機会だ。


「まぁな。三十分も寝てりゃ万全だ」


 僕は上体を起こすと、ベッド脇に置いてあったシャツを着て、ベッドから這い出て、さらに黒のズボンを穿く。


「これから、あいつを見つけて、説得する」


「そこは告白でしょ」


「説得するうえでそうなる可能性もあるな」


 最初から告白するぞって意気込むと、僕は緊張で腹痛を起こすからね。


「このチキンめ」


「チキンだってクリスマスには大人気だろ」


 ターキー、つまり七面鳥。


「あれはターキーでしょ」


「ターキーもチキンだろ。つかどっちでもいいだろ。ウチだって食べてたのはチキンだったし」


「そうだったっけ」


「この日本で律儀にクリスマスにターキー食ってる奴なんていねぇよ」


「そうかもね」


「だろ?」


 実にどうでもいい会話。


 僕はその間に出立の準備を整える。といっても、軽く歯磨きをしただけなのだが。


「雨、止んだみたいだね」


「神様が味方なら安心だ。

 そんじゃ、行ってくる」


 玄関、ガチャリと扉を開ける。


 振り返ると、妹が笑顔で。


「いってらっしゃい、お兄ちゃん――」


「おう、待ってろよ」


 バタン、扉が閉まる。


 ふと、視界に入った傘立て。

 あるのは妹の青い傘と、僕のビニール傘だけ。

 ……なるほど。

 失踪しっそうしてたのは、僕の方だったってわけか、夕雨。

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