第三十一話・近すぎて君の色が分からない
「僕が! お前に告白するってのにさ」
「――っ」
さしもの夕雨も、いつもの何考えてんだか分からない無表情を崩す。
具体的に言えば、目を丸くして、その後唇を噛んで、下を向く。まるで何かを後悔するように。
何でそんな顔をするんだよ。僕の決意が一層強くなっちゃうじゃないか。
「僕はさ、知っての通り不器用で臆病な人間だから、お
聞いてくれるか――って、いや、お前が嫌だって言っても僕は言うぞ。おう」
危ない危ない、また他意識過剰に
十段上の夕雨はというと、
恥ずかしくって死にそう。
あー、体が熱い。
その時、下から、僕の背を押すように風が吹いた。風は僕の熱をかっさらっていって、そのまま夕雨にぶつかって、空へと還っていく。
よし。
「ま、まず。
お前を初めて見たのは、コンビニの事務所から出てきた時だった。最初はすっげぇ可愛いって思った。まさかそいつが『美少女・新品・3980円』の正体だとは思わなかったけどな。いや、ほんとに焦った。意味分かんねぇもんな。だけど、やっぱり可愛いと思った。それは今でもだ。
んでお前が喋った時。
『どうも、美少女です。よろしくお願いします』
これがお前の一言目だった。こいつ頭大丈夫かよ、って思ったよね。それ以上に頭おかしい展開だったからツッコまなかったけど、それ結構後悔してる。
結局信用しきれなくって、お前が僕をどう思うのか気になって、ホテルに連れ込んだ。家に迎えるより随分と大胆だったとは思ってるけど、完全自室空間で『好きにしてもいい』とか言われてたらR指定かかってたかもしれないから、そこはよかったかな。
それで、ホテルでお前の変人さを知った。ドッキリを疑ったけどそうじゃなかったから、慌て過ぎて逆に冷静だったな、あの時は。
だから分かった。
――お前、あの時不安がってただろ。
ま、お前からしたらよく知らない男に買われたんだから当然だよな。だからさ、安心した。こいつも人間なんだなって思った。妹モードとか無理しちゃってさ。別にお前はお前でいいのに」
ただの記憶から、思い出に昇格した過去を辿る。
これまでの間、一緒に過ごしてきた時間と、その感想を、素直に、
一日一日。
僕は覚えてる。
一昨日の朝ごはんだって、僕は言えるんだ。
「好きなこと見つけてって言ったのはさ――」
今より少し大人だった、昔のコトを。
「クッキーが爆発したときのお前の顔なんてさ――」
傑作だったよ。
「取材された時はちょっと優越感だったよね――」
そんな可愛い奴が、僕と一緒に暮らしているんだから。
十段上の彼女は、僕の長い長い話を、頷いたり、笑ったりしてくれながら、黙って聞いてくれていた。
夕雨。
You.
僕の中で、他人はずっと主語だった。
――お前は。
――君が。
だけど、夕雨。
僕は、お前を。
「――今日、夕雨がいなくなってさ。やっと気づいた。
僕は、お前を好きになったんだ。
お前がどう思っているのかは知らない、お前が何をしたいのかなんて分からない。だけど、僕は、お前を好きになった」
You.
それはお前の人生の主語であり、僕の人生の目的語。
……くだらない、言葉遊び。
「これが僕の、お前に対する全てだ。それを踏まえた上で、自分勝手に言わせてもらう。
――夕雨。僕と付き合って欲しい。
僕のモノなんて言わないでくれ。僕は君と、並んで歩いていきたい」
僕のモノ?
いいや、お前は僕の想い人なんだ。
……彼女の反応を待つ。
十段上の彼女は、顔を朱に染めながらこちらを――見てはいない。なんなら顔を朱に染めてもいない。
いつも通りの、無表情。なんならため息までついて空を仰いでいる。
あれ、
「…………」
「…………」
「………………」
「………………あのぉ、夕雨さん……?」
そしてまたも聞こえる、彼女のため息。
十段上の彼女は、僕を見下ろして、ついに、口を開いた。
「――長いっ!」
「……へ?」
長い? 夜が?
「普通告白に十五分もかけますかね。十五分ですよ十五分。告白する間にカップラーメン五杯食べられるとかどうなってるんですか――」
「いや、十五分なら五杯作り終えたところで食べられはしないのでは……?」
「ガヤがうるさいですよ」
「まさかのガヤ扱い!?」
僕はお前に告ったんだぜ!?
「まったく、ずっと一人で喋ってるなんて、理太さんの将来の夢って漫才師ですか? だとしたらこの告白芸はやめた方がいいですよ。きっと皆には不評ですから。そもそも今までのこと振り返るってなんですか、最終回のつもりですか。まだちょっとは続く予定なんですよ? 勝手に締めるなんて、理太さんは主人公か敏腕プロデューサーのおつもりですか?」
今まで溜めてきたものを吐き出すように、夕雨はまくし立てた。
そんな彼女はいつもより活き活きとしていて大変微笑ましいのだが、どう考えてもタイミングを間違えている。それって付き合ってから見せるものではないですかお嬢さん。
「あ、あの……」
「――好きです」
不意に、彼女は呟いた。
「…………はい?」
い、いま……へ?
「理太さんが好きでした。
これが私の全てでした。
これが私の、理太さんに対する感情の、全てでした」
――ずっと好きでした、と。
たったそれだけ。
僕が熱弁した
「まったく損した気分です。
自分のため、理太さんのためと我慢していましたけど、もう無理です。嫌気が差しました」
一段、彼女が不機嫌そうに足音を立てて降りてくる。
好きでした、という過去形。
嫌気が差した、まさに別れの
あの……もしかして、ラブコメ失敗した……?
「まったくボケてくれないところ」
言って、また一段、彼女は下る。
あと、八段。
「いつも下を向いているところ」
あと、七段。
「他人を気にし過ぎるところ」
あと、六段。
「告白が長すぎるところ」
あと、五段。連なる悪口。
しかし、随分と近くなって、瞳の蒼がしっかり見えるようになって、その時初めて、彼女が笑っていることに気が付いた。
楽しそうに、幸せそうに、目じりを緩ませて。
「いつもちゃんとツッコんでくれるところ」
あと、四段。
「物憂げな横顔に、やけに雰囲気があるところ」
あと、三段。
「だれよりも優しいところ」
あと、二段。
「不器用で、それで私を温かくしてくれること」
――あと、一段。
足を止めた彼女。
ふわり、白いスカートが風に舞って。
「ほんとうに……得した気分です。
自分のため、理太さんのためと我慢していましたけど、もう……無理です。大好きでしょうがないんです……っ!」
一段上の彼女。
瞳は蒼。溢れる
肌は白。一部桃色。
――告白。
「……ぐすっ……条件が、あります」
「……なんでしょうか」
大粒の涙を流したまま、にへらと笑って、夕雨。
夕立晴れには遠いけど、それはとても、眩しくて。愛おしくて。
「私を『中古』にした責任、忘れないでくださいね――」
――なんで中古なんだ、と。
言い終える前。
一段上の彼女は、僕にもたれかかるように、僕に
「んっ……」
重なる唇。
ゼロ段上の彼女。
――その色は、近すぎてよく見えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます