最終話・『美少女・中古・3980円』

 この世に神がいるのだとしたら、そいつはきっとまぁまぁのお人好しなのだろう。いや、ご都合主義と言った方がいいのだろうか。見たいものだけ見て、見たくないものは容赦なく消し去る。なまじそんな力を持っていそうだから、なんとも怖いものだ。


 そしてこの僕の世迷言に従うならば、僕らの描いた一か月間の物語は神様に気に入られたようで、僕はその恩恵に、天恵に預かり、明日を迎えることが出来た。

 

 七月二十三日。

 苺の載ったプレミアムロールケーキが廃棄される日。

 僕は一か月間の記憶を取り戻し、夕雨とお釣りのような一日を過ごしていた。お釣りというか、お釣りで買った一日、と言った方が正確なような気がするけど。


「…………」


「…………」


 夕暮れ。

 僕らはコンビニへと向かっている。

 別にこれが終わりというわけでもないけれど、けじめはつけるべきだ、という結論に至ったのだ。

 具体的に言えば返金・返品である。もちろんレジを通さずに、カタチだけだけど、取引として、いつ消えるかも分からない購入物に対して補償をすべきだろう、と彼女が言い出したからだ。だから夕雨のスカートのポケットには『3980円』から手数料を引いた額が入っている。

 そのために、僕らはコンビニへと向かっている。

 始まりの場所に。

 僕らのマサラタウンである。

 

「…………気まずいな」


「…………気まずいですね」


 そしてそんな一日は、僕らにとって非常に気まずい一日だった。


『頼むから、僕の終わりを奪わないでくれ――!』


 なんて言ってたんだぜ、僕。

 痛い、すごいイタイやつである。

 でもあんな超シリアス展開の後にこんなことになるとは思わなかったじゃん。きっと神様も本当はあそこで終わらそうとしてた、と思えるくらいの怒涛の展開だったじゃん。

 それが急転直下、こんな日常パートに逆戻りである。そりゃ困って当然である。

 夕雨も夕雨であそこで死ぬ気満々だったしな。


 ――さて、ここらへんで昨夜について少しだけ振り返ろうと思う。


 自動車にかれたのは、紛れもない僕だった。

 年を取った僕。爽やか系ビジネスマンになった僕。

 そして流石は僕である、良いところを全部持って行ったよね。

 まぁ、あの結末のまま僕が成長していたのなら、夕雨との記憶が戻ったのなら、あいつと全く同じことをするだろうから、これは実質僕の手柄と言ってもいい。だってあいつは僕なのだから。


 あの後、地面に転がっていたのは僕(ビジネスマン)の轢死体れきしたいではなく、アロハを着たマネキンだった。

 これが歴史の修正力というやつなのだろう。


 実は放送コードに引っかかっただけでした、とかなら面白いんだけどな。


 あの時、あの場にいたはずの妹と航一が跡形もなく消えちゃって、慌てて電話したら家にいた、なんてことがあったのだから、修正力とは恐ろしいものである。おかげで唯一の学友である航一を殴った事実は消えた(あいつなら普通に許してくれそうではあるが)し、僕の妹への憎しみはどこかへ行ってしまったのだった。

 妹には、せいぜいLINEで


『だいちゅき』


 とハートたっぷりに嫌がらせをしたのみである。


『母さんに見せたから』


 と返された時はあの時マジで死んでおけばよかったと思った――というのは流石に冗談だけど。


 話を戻そう。

 

 歴史の修正力、というのはもちろんそれは僕らにもかかっているわけで、今こうして二人で歩いている時間も、僕らの過ごした一か月も、じきに修正がかかって、無かったことになるのだろう。

 もしかしたら。

 もしかしたら神様の勝手な解釈違いで、ずっと死ぬまで一緒にいることだって出来るかもしれないけれど、それはまさに神のみぞ知るところ――否、神のみぞ創造するところ、なのだろう。


 僕としては、今のところ、神と会話する予定はないのでそこら辺はご自由に、という感じである。


 だって、今、僕らはこの上なく幸せだから。

 今が幸せなら、あとは野になれ山になれアクシズになれ、である。


「たまに思うんですけど、理太さん年齢の割にネタが古いですよね」


 毎度恒例読心術。


「僕の中では全然現役なんだけど」


「そうですか? 私の中では江川卓えがわすぐるポジションなんですけど」


「往年の名投手だな」


 それだけ昔のセンスだってことか。


細田守ほそだまもるです」


「確かに往年の名選手に聞こえるけれど、その方はまだまだ現役のアニメ監督だ!」


 アニメ監督をネタにするやつなんて初めてみたぞ僕は。

 業界初の試みである。

 知らんけど。

 そして大好きだけど。なんなら夕雨と一緒に金曜ロードショー見たよ。


「……なんか久しぶりですね、こういうの」


 夕雨がしんみりとして、言う。

 真っ赤な夕陽を浴びて色づく夕雨は、やっぱり綺麗だった。


「そうだな。こっちの方が僕ららしいよ。

 元々メ〇カリから始まった関係ってのがボケだからな」


 そう、僕らはボケから始まったカップルなのである。そんな二人にお似合いなのはシリアスでも、感動的な別れのシーンでもなく、こんなどうでもいい会話の続く日常である。


 そうですねと、彼女は頷いて。

 

「どうです、良い買い物でしたか?」


 問われる。


「もうこれ以上の良い買い物は出来なさそうだよ。自分の存在をかけてまで所有者を守ってくれようとしたんだから」


「それは光栄です」


「そういや、結局これはどういう話だったんだ? 

 隠し事する必要もないんだし、説明してほしいんだけど」


 今更なんだけど、午前中はいちゃらぶするので忙しかったから聞けなかったのだ。


「そういうのは語り部にでも任せておけばいいでしょう」


「それは任命ではなく放任という」


 さじを投げるともいうか。

 現代に語り部がいたらそれはそれでかっこいいけれど。

 まぁいたとしても、僕らのこんな奇天烈きてれつで、いつ消えてしまうかも分からない物語を好き好んで語り継ごうなんて輩はいないだろうが。


 夕雨はひと呼吸おいて、


「過去に戻ってまで恋人を助けようとするバカがいて、その意思――いえ、を継いで過去に渡った大バカ者がいて、そしてそんなどうでもいいバカ者がいたことをわざわざ思い出して、助け出そうとした超バカ者がいた。

 それだけの話ですよ」


「バカばっかだな」


「バカばっかりです」


 自分の命の価値さえ分からない、バカの集まり。

 『3980円』で自分を売り出したバカと、その『3980円』のために命を賭けようとしたバカ。


 そんな二人の、物語。


 ――ピコン。

 スマホの着信音。


 綺麗に締まったと思ったんだけどなぁ。


 通知を見る。どうやらメールが届いたようだった。


「ん、浮気相手ですか?」


「急に昼ドラになるからやめて――、あぁ、ヤ〇オクのセールだってさ」


「私、洋服が欲しいです」


「三千円、三千円以内だぞ」


 夕雨にスマホを渡す。

 こいつの独特なファッションセンスは実は何十年後かの流行だったのか……? などと考えながら待つこと三分。


「…………」


 夕雨が足を止めた。というか固まった。フリーズ状態である。顔色はさながらブルースクリーン。

 急にお腹でも痛くなったか、みたいなノリで


「どうした?」


 と、問うと、夕雨は古めかしいロボットのようなカクついた動きで、僕にスマホを見せてきた。


 見慣れたヤ〇オクの画面。

 僕の目を惹いた、その商品。



 『義妹・美品・1980円』



 画像イメージは無し。


 出品者の評価も無し。

 

 ――これって浮気になるのかな。


 そんなことを思いながら、千葉で東京の名をかたったドイツを模した村があるくらいのおかしさに、思わずポチってしまったのだった。


 ゆるやかなカーブを描く環状二号線を臨む、丘の上。


 僕らは階段を下る。

 


 





 

 

 

 

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