第二十三話・僕らのバイト

 

 みーんみーんみーん。蝉が鳴く。


 すぐに出来てお気楽な日雇いバイト。

 求人はあるにはあったが、どれもミルク無しシュガー無しのコーヒー(要するにブラック)の香りしかしなかったため、考え付いた結果――。


 梅雨明けの青空の下、蝉の鳴き声に包まれて、盛夏。


 僕は額の汗を青に白の縞模様のユニフォームの袖で拭う。

 暑い。脳みそが沸騰してしまいそうだ。

 しかし、せっかく店長に用意してもらったお仕事だ。なぁなぁな仕事ではいけない。


「どうぞー。お願いまーす!」


 僕の手からカゴ持つ主婦の手に渡るポケットティッシュ。

 駅前、田舎駅のこじんまりとしたバスターミナルでこなす仕事はポケットティッシュ配り。


 ウチの店長に掛け合って、新装開店一周年のキャンペーンを宣伝するためのこの仕事を用意してもらったのだ。もちろん通常の店員仕事(長期バイトである)でもよかったのだが、僕とバイトまで同じとなると流石に参るだろうという配慮のもと、それはやめにした。

 まぁ、今回については、


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 燃え盛る太陽、その熱をそのまま照り返すような金色の髪を風になびかせながら、ティッシュを配っていく夕雨。

 と、こんな感じで、彼女と一緒に炎天下に晒されている。色々と理由はあるが、彼女の働きぶりを見て見たかった、というのが第一の理由である。どうやら問題はなさそうだ。

 というか……。


「夕雨のティッシュもう切れるじゃん」


「理太さんは全然ですね」


 後ろに置いてある段ボール箱を見やる。

 僕のはまだ半分以上残っているが、夕雨の箱にはもう数えるほどしかない状況。差は歴然だ。


「もしかしてお仕事向いてないんですか?」


「一般化するな。この仕事が向いてないだけ――というか夕雨が異常なだけだ。

 なんだよティッシュ配りに行列できるって。僕の方は閑古鳥が鳴いていたというのに」


 この星河ほしかわ駅、横浜駅から私鉄急行が止まるくらいには栄えているものの、当然程度は知れている。具体的に言うならば、平日の昼間にホームの端から降車人数を確認できるほど。たかが二~三時間で一箱(500個入り)なんてさばけるような駅ではない。


 まぁ、全ては外見の差、なのだろうけど、ここまで露骨だと少し悲しい。


「人間、中身だと思いますよ」


「中身が詰まってるということをこの段ボール箱の様子になぞらえて言ってくれているというのなら僕は感心するが、どう考えても君の場合は馬鹿にしているし、もしも前者の場合だとしても結局ティッシュは捌けていないのだから何の擁護にもなっていないぞ」


「中身が駄目なんですよ、理太さんは」


「最初からフォローする気なんてなかったのかっ⁉」


 確かに馬鹿にする以前に、彼女は僕の中身を褒めてなんていなかったけれども。

 日本語ってムズカシイ。


「ところで」


「ん?」


「お仕事っていいですよね」


 唐突に、僕の箱にあるティッシュを自分の箱にごっそり移した夕雨が呟く。


「そうか? 僕は面倒で嫌だけどなぁ。いつも以上に他人のことを考えなきゃいけない」


 仕事っていうのはつまり奉仕だ。

 仕事をする理由が自らの生活のためであろうと、それが奉仕であることには変わりない。僕は他人を気にするけれど、別に他人のために生きようとは思っていない。以前にもいったが、僕の自意識過剰・他意識過剰は悪癖のようなもの。他人がいなければ、などと思ったことは一度や二度ではない。

 つまり、基本的に、僕は他人が――。


 好悪よしあし

 関心と無関心。

 〇〇だからこそ、気になることだってあるだろう。

 

「まぁ、確かに夕雨が仕事好きってのは僕のイメージ通りかな」


 夕雨の奉の心は主に僕に向けてのものではあるが、僕の印象からすれば、忠義の誓いの相手が僕だっただけであって、彼女の本質が奉であることはまず間違いないだろう。

 妹や航一に対する行動を見れば、そのことは分かる。


「仕事好き、ですか。その通りではありますが、そもそも仕事に好き嫌いを求めてはいけない立場ですので」


「???」


 ……どういう意味だ? 

 所有物って意味じゃ、確かに僕の傍にいるだけで、というか存在することこそが仕事になり得るのであろうが。


「……なぁ」


「ありがとうございます――はい、なんでしょう」


「君が一体何者なのか、そろそろ教えてもらえないか?」


 『美少女・新品・3980円』。

 そんな存在が、あるわけがない。といってもここに彼女が存在することは事実。

 ならば、こうなった理由わけがあるはずだ。

 もちろん何度か聞いたことはあったが、全てはぐらかされてきた。


 もう出会ってから三週間。

 そろそろ、彼女が何者なのか、君が何者なのか、教えてもらってもいいのではないか。


「……理太さんが気にすることではありません。そのうち、分かる必要もなくなりますから」


 夕雨は僕を見ることもせず、視線をまっすぐのままに。身長差的にその視線は決して僕と交わることは無い。


「分かる必要はあるだろう」


「そう思ってくれるのはありがたいと思っています。理太さんが私を知りたいと思っているように、私も理太さんを理解したいと思っていました」


 それは、意外な言葉だった。

 僕に興味を持っていたとは……。もちろん同棲するのだから当然の思考回路ではあるのだが、彼女ならば僕がどんなやつであろうと一緒に過ごしていてくれたと思うから。

 それほどまでに、彼女の忠誠は、所有物としての態度は、頑なだった。


「理太さんは私を奉仕大好きエロ娘だと思っているかもしれませんが」


「いや、エロとは思ってねぇよ」


 思いかけたことはあるけども。


「私がここに在る理由は、ひどく私的で自分勝手な理由です。

 だからこそ私は理太さんに尽くそうとしました。果たして本当に尽くしきれたのかは分かりませんが、私は、理太さんの思っているほど、良い存在ではありません。

 私は、理太さんの人生を乱した、大罪なのですから」


夕雨は自責するように、苦しげに顔を歪めて言った。


 その時、燦々と輝く太陽に、


「大罪、人……?」


 灰色の綿雲がかかった。


 


 

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