第二十二話・WE ARE KINKETSU
ここで、唐突ではあるが、僕のバイト先について軽く説明しようと思う。理由は後に判明することなので、是非とも付き合っていただきたい。
端的に言えば、僕はコンビニ店員である。どこのかと言えば、近所の、あの青い縞模様のユニフォームのコンビニだ。
うちの近く、と言っても実はほぼ同じ距離に二店舗あり、夕雨を買った(?)あの店舗とは違う、もうひとつの店舗である。
……ともかく、僕はそこで真面目に働いている。
客入りは平均的、他のクルーとも適切な距離を保てている。僕的には非常に過ごしやすい、良い職場だ。
文句を言うとすれば、仕事量の割に最低賃金『1011円』で働かされていることと、ローソンが近くに二店舗あるのにも拘わらず、人員も客も全て偉大なる『7』のコンビニに取られて、ローソン同士が食い合うという馬鹿らしい構図を考えた上の奴をぶん殴りたいのと、それくらいである。
後者の逆オセロ状態は経営的にどうにかすべきだと思うのだが、今回の場合はどうでもいいと言える。
つまり、そう。
僕にとっての問題は前者、ということになる。
さらに端的に言ってしまえば、僕らは――。
「――金がない」
七月の十一日。
平年よりも十日ほど早い梅雨明けが発表された、と伝えるお昼のニュースを耳に、僕は肩をがくりと落として独言した。
開いた財布、樋口が一人、野口が三人。これでは野球どころかバスケでさえできないではないか。もしやれたとしても、同じ顔の文豪と医師とではとても試合にはならない気がするが、ともかく。
この資本主義社会において、好きなことを見つける際にお金を使わないというのは非常に至難の業だ。というかほぼ不可能に近い。
夕雨の好きなこと探索が始まって二週間弱。
これまで数えて十のことにトライした。日記代わりのツイッターの呟きもだいぶ数を増していた。
先のメイド体験であったり、お菓子作りであったり、写真撮影であったり、流行りのタピオカを食べに行ったり。
お金のかからなかったものなど、夕雨ツッコみチャレンジくらいなもので、徐々に、しかし確実に、僕の諭吉さんは野口へと分解されていって、今に至る。
タピオカについてはわざわざ渋谷まで出向いたほどで、夕雨が取材を受けたりと色々な出来事があったのだが、タピオカドリンクがあまりにも高い(600円)せいで少しブルーになって返ってきた思い出があり、あまり思い出したくはない。(それにあまり僕の好みではなかったし、夕雨も同じようだった)。
人生百年。特に焦る必要もなかったのだけど.......ふむ、どうやら焦り過ぎたようだ。
というわけで、僕には今、お金が無い。
「――私に身体を売れということですか」
「僕はそんな鬼畜じゃない」
というか君はそもそも売り物だったろう。
「理太さん、何も無理をすることはありません。私は好きなことを見つけられましたし、私が理太さんの負担になることを望んではいません」
寝巻姿の彼女は断言する。寝間着といっても、先日の妹のものではなく、新調した上下一体型のフード付きのもの。全身緑色をしていて、フードの部分はカエルの顔(結構リアル)の、かなりインパクトのある寝間着である。
寝間着姿なんて誰も見ないからいいやと思い買ってあげたのだが……やっぱり彼女のセンスは独特だった。
「といっても、見つけたのってメイドくらいだろ」
「いいえ? 思い返すと笑ってしまうくらいには、全て気に入っていますよ?」
「そうなのか?」
「ほら、この理太
夕雨の指さす、カエルのフード。
「変な名前をつけるなよ!
というか何で僕の進化版がそんなカエルなんだ! 明らかに劣化してるじゃないか!」
「初代より可愛いじゃないですか」
「可愛いからって進化体ってわけじゃないんだぞ!
ポ〇モンを見てみろ! まるっこくてあんなに可愛かったタ〇ザラシだって二世代後にはあのざまなんだぞ!」
それに初代言うな。せめてオリジナルと言いなさい。
「何を言ってるのですか?」
「ポケモンネタが通じないだと!?」
先端技術のお供であるポケモンが、歩く時も寝るときも一緒のポケモンが分からないだなんて!
「……ってあれ、なんの話してたっけ」
「カエルは何故理太さんより優れているのかです」
「何が悲しくて僕はカエルと背比べしなきゃならんのさ! というかカエル優勢なの!?」
「それで私が哀れな理太さんのために身体を売ろうという話でした」
「くそっ……僕がカエル以下だから、お前にそんな負担を……ッ」
「安心してください、別に負担とは思ってませんから」
「それは僕のためならできるってことか? それとも十八禁的行為が――いや、この話はやめよう。イノセントでプラトニックに行こうじゃないか。
で、そうだったな。お金がないんだった」
「ですね」
お金が無い。
つまりは働かねばならぬ。
とはいっても僕のスケジュールはかつかつなのだ。これ以上働いては僕が干からびてしまう。
……まぁ、そうなると、答えなんて二つしかない。
「アコムに相談しましょう」
「そっちじゃないわ! 大学生で借金生活なんて目も当てられないだろう!」
「ダメンズっぽくて保護欲が湧きますけどね」
「僕をクズ人間にする気か」
「やぶさかではないです」
「やぶさかであれ!」
流石にそこまで落ちる気はないぞ僕は。夕雨に養われる展開の需要もないことはなさそうだけど、それでは僕の立場がない。
「で、ここから真面目な話。それでだ、夕雨。夕雨にはバイトをしてほしいと思ってるんだ」
「すすき野――」
「ではなく! ったくそんなだと不安になるな……。
ほら、僕も一緒に働くからさ、日雇いバイトでもしよう」
同居人をそんな歓楽街で働かせるわけにはいかない。というか遠い。バイト行くのに飛行機乗るとか阿呆にもほどがある。
「理太さんは大丈夫なのですか? 既にバイト入れておられますよね」
「まぁな。でもお金ないとお前は困るだろ。今回だけだよ。あとは何とか僕が工面する」
まぁ……僕の計画にもお金かかるし。
「また私のことを……」
「一緒に暮らしてんだ。同居人が主語になるのは仕方ないだろう。
大丈夫だよ。別に倒れたりしないからさ」
「フラグですか?」
「ちげぇよ」
「そうですか……」
「露骨に残念がるな……」
彼女のことだから、どうせ合理的に僕のお世話が出来るという目的なのだろう。
まったく、メイドの一件から僕に対する世話焼きが激しくなる一方だ。学食で急に『ご主人様』呼ばわりされて白い目で見られる僕の立場にもなってほしいところである。
不快ではない、ってのがまた困りどころなんだけど。というか快感になりかけている。やばい。
「とにかく、どこか日雇いバイト探してくるからさ、付き合ってもらってもいいか?」
夕雨はニッコリ笑って頷いた。
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