第六話・実妹による現状整理と正論

 僕の葬儀は予想とは異なって、雨音が聞こえるくらいの静寂のなかで行われた――いや、現在進行中でり行われている。


 参列者は三人。

 僕(死ぬ予定)、美少女(3980円)、妹(食卓を挟んだ正面にどんと座る)だ。わずか三人でここまでカオスを作り出せるのは僕らくらいだろう。


 妹は一人暮らしの僕を心配して来たと言っていたが、隣の見知らぬ金髪少女を視認した瞬間、びしょ濡れの僕にタオルを渡すことも無く、こうして正座させたのだから、妹の心配が僕にとって利益あるものなのかについてはいささか疑問が残るところである。


「で、説明してくれるよね?」


 妹は黒眉を逆立てて、されどいやに落ち着いた迫力ある声音で問うた。


 それに僕は堂々と、まるで青天の霹靂へきれきだという感じを演出して答える。


「――メルカリで3980円で買っただけなんだ」


「私が高校二年生なの忘れたの? バカなの死ぬの?」


 私にそんな冗談が通じると思うのか、という意味だろうか。


「あ、そうだ。お前高校どうしたんだよ」


 高校のセーラー服を着用済みの妹。僕の住む『ドリームハイツ星河ほしかわ』は教育機関ではないのだが。


「開校記念日で休み。

 ていうかそうじゃなくて、これはどういうことなのって聞いてるのっ!!」


 律儀に質問に答えてくれるあたり、さすが真面目ちゃんで通っている妹だ。

 事実、僕の妹に対する評価は『真面目』『正直』『他人想い』だ。


「だから美少女を3980円で買ったんだって」


 言ったところで隣の夕雨に脇腹を突かれる。


「.......新品という設定だ」


「.............」


 妹は沈黙する。その間の眼差しといったら、それはそれは冷たい、南国の風も凍りついてしまいそうなほどだった。


「あのね、一応私はお兄ちゃんのことを尊敬していたの。

 ろくに勉強もしないで国立大に合格しちゃうし、人に頼らず生きているお兄ちゃんに憧れてた時もありました」


「何故過去形?」


「女の子とびしょ濡れで朝帰りしてきたからでしょ!?」


 僕のとそっくりの、墨を溶かしたような黒髪。ポニーテールがふわりとぴょんと跳ねる。


「いや、面目ない」


 返す言葉がないです。


「武士ごっこするなら行き着く先は切腹になるよ」


接吻せっぷん?」


「しないっ!!」


 散々夕雨に振り回されてきたからだろうか、妹をからかうのがこの上なく楽しい。女子高生らしいノリの良いリアクションをしてくれるから、というのもあるけど。

 僕は女子高生に飢えてるのだろうか。だとしたらかなり危ない。


「お兄ちゃん、きちんと説明する気がないならお母さんに言いつけるからねっ」


 妹は切り札を発動するように宣告。

 僕は凍り付く。

 確かにそれはまだ学費支払いという庇護下にある僕にとっては通常の4倍ほど効く攻撃だ。効果抜群である。


「僕だって夕雨はきちんと正式な手続きでもって獲得したカノジョだと宣言したいさ」


「ねえ……まさか寝取りとかじゃ……」


「いや、買取だ」


「余計物騒だよっ!!」


 それには僕も同意だ。


「なあ、夕雨からも何か言ってくれよ。これじゃ話が前に進まん」


 僕は妹の怒りの矛先を少しでも逸らすべく、無関心なようでいて異様な存在感を放つ彼女に話を振る。

 なにせ金髪だし。


「私は理太さんのものです。

 それ以上でも以下でもありません」


 淡々と告げる夕雨。

 その言葉を聞いた妹の顔は、メデューサに見つめられたように、見事に固まっていた。


 僕だって同じ気持ちなんだ。僕が妹にそんなこと言われたら「どんなプレイしてきたんだよ」と突っ込まずにはいられまい。


「.......お兄ちゃん.......いったいどんなプレイしてきたの.......?」


 ほらね。

 兄妹はやはり似るものだな。



 *



 その後、僕は僕の知りえる事実を妹に話した。

 妹の顔は華麗なる七変化を起こしながら、最終的にいたって真剣な顔つきで僕に告げた。


「警察に行こう」


 それは至極当然な考えだった。

 僕だって考えた選択肢でもある。どう考えてもこの状況はマトモじゃない。

 

「夕雨さんがどれだけお兄ちゃんのことを好きだろうと、これは異常事態だよ。

 今すぐ通報すべきでしょ」


 そんな妹の提案に、夕雨は眉一つ動かさず言葉を返す。


「――私は、別に理太さんに好意を持っているわけではないのですが」


「え……嘘でしょ!?」


 お米の単位は一粒ではなく『一コメ』だとでも言われたような、そんな驚きに満ちた表情。

 ちょっと意味が分からないことを思ってしまったのは、彼女の台詞がショックだったからではないぞ、うん。

 

「まぁそのリアクションは本来僕がすべきものなんだろうけど、多分その話は本当だよ」


 だって僕は一度も、彼女からの好意を受けた覚えはない。

 いや、これは僕の勝手な思い込みなのかもしれないけれど、好意というものは多かれ少なかれ利己的な側面がある、と思っている。


 好きな人が他人に恋をして、それを「はいそうですか」と受け入れられる人間はそういないだろう。僕だって無理だと思う。

 それが意味することはつまり、好意を寄せる対象の自由を制限したい、という自分勝手な望みが少なからず存在するということだ。あくまで心象世界のなかだけの話だけど。


 ここまでお膳立てをすれば、この僕の言いたいことは理解できるだろう。


 彼女には利己心の欠片も無い。

 ――そう、


 その気持ちがどういった過程で作られたものかは分からないけれど、僕の憶測がきっと正しいということは、警察に連れていくとまで言われて汗ひとつかかない彼女の様子を見れば分かる。

 彼女は僕がのだろう。


 これは恋愛ではない。言うなれば、異常なまでの従順。

 

 まるで彼女はヒトじゃない。

 整理してみれば、それが僕の、彼女に対する印象だった。


「で、本当にどうするの、これから。

 私は警察に連れて行った方が良いと思う。お兄ちゃんのためにも、夕雨さんのためにも」


 改めて、問われる。

 その眼差しはいたって真剣だ。とてもおチャラけて答えられる状況じゃない。


 だから僕はじっくり考えた。

 結局、僕がその答えを出すのには、十五時間と十五分を要した。










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