第二話・好感度ゼロで迎える夜のコト

 どうせ僕は一人暮らし。

 ただいまと言う必要はないし、おかえりと返されることもない。


 だから別に家に帰らずとも誰にも迷惑はかからないだろ、と、そんな思考で辿り着いた横浜駅近くのビジネスホテル。家という聖域に迎えるに相応ふさわしい人物か分からない以上、ホテル宿泊というのが僕にとって、もっとも理に適った判断だった。


 時刻は日の沈み切った七時半。


 こんな時間に若い二人、しかも同じベッドひとりべやでと言われれば、受付のお兄さんが眉をひそめるのも仕方のないことだ。

 ただそれは僕に二人部屋を取るほどのお金が無くて、それでいて素性も知らぬコンビニの制服を着たままのお届け品びしょうじょが突然届いたからで、別にやましいことなんてない。

 するつもりもない。


 だから僕は強気に、受付は丁寧に。


 僕は見事カードキーを獲得した。

 でもミッション達成のBGMは鳴らなかった。


「わざわざホテルに泊まらせるなんて、随分とリッチで臆病――いや、大胆なんですね」


「それに大人しく従うお前の肝の座りように僕は驚いてるけど――」


 シングルにしては広く感じる清潔感ある部屋に、ベッドがひとつ、枕がふたつ。

 そこにうだるような湿った熱はなく、管理されつくした快適な空気が居座っている。


「従うも何も、私はあなたに買われたんです。

 私はあなたのものなんです」


 三角形の面積の公式を唱えるように、ベッドにほかりと沈む少女は告げた。


「……随分と素敵で魅力的な台詞だけど、生憎あいにく僕には実感がなければ訳も分からないんだ」


 僕がメルカリでポチって二十時間、3980円をコンビニで支払ってからわずか二時間しか経っていないんだ。

 これは僕でなくても驚くに違いない。誰もが認める異常事態であろう。


「I will follow you.

It's because I’m yours.」


「いや、母国は日本ここだから安心していいよ」


 僕の黒髪黒目を見て一体どこに英語要素があるというのか。


 ちなみに『わけ』を『やく』と解釈した彼女なりのボケなのだと理解したのは、これから数時間後の就寝前である。

 高度で低俗なボケだこと。


「そうですか、なら話は早いですね」


「早すぎるわ! 150キロストレート直後のチェンジアップくらいの緩さが欲しいところだ」


「でも、私にこれ以上説明できることはないですよ。

 あ、スリーサイズでしたら上から88――」


「言わなくていいから!」


「じゃあどうしてバストだけ言わせてツッコミ遅れたんですか」


「……3980円さんきゅっぱにしては鋭いな」


 僕とて童貞大学生。胸のサイズ、気になるじゃない。

 これは直角三角形ピタの斜辺の二乗が他辺の二乗の和と等しいゴラスの定理が常に成り立つのと同じで、絶対不変の真理なのだ。


「そんなに女性の体に興味があるなら、私を好きにしてもいいんですよ? 私はあなたのモノなんですから」


 不意に上体を起こした彼女の金糸のような髪が、クーラーの乾いた冷風になびく。

 制服のうえからわかる女性らしいしなやかな肢体に、白磁の肌。

 改めてみる彼女の姿は、見たことのない天上の女神を想像させるくらいには美しく、可憐だ。

 けれど――

 

 ベッドの上で俯く少女に、どこか寂し気な影をみてしまったから。


「流石にユニフォームのまんまのお前に欲情したりはしないな。仕事着だし」


「あれ、意外としっかりしてるんですね」


「そういうお前に貞操観念を装備させたいよ」


「7980円くらいでしょうか」


「たっけぇなおい」


 本体安くてソフトが高いのはSONYのよくやる手法である。

 あの出品者、さては信者か。


「というか7980円はなんだ、お前に手渡しすればいいのか」


 その光景を誰かに見られた場合、僕はきっと人外を見る目で職質をされるだろうな。


「そういえば説明していませんでしたね。

 私に何かスキルを披露――いえ、装備させたい場合は――」


「今なんか隠し事の匂いがしたんだけど」


 結局それ標準装備を隠してるだけじゃないのかよ。


「気にしないでください。死にますよ」


「リスク高いわ!」


 人に死を告げた割には冷淡に、


「で、そうして欲しい場合はですね……ちょっとスマホ貸してください。ロックは解除で」


「え、まぁいいけど」


 彼女はぎこちない手つきでスマホを操作すると、こちらに画面を向けてきた。

 ツイッターの誰かのアカウントが表示されている。

 『KM・フォロー2・フォロワー0』

 何かを呟いている訳でもなく、明らかに使われていないアカウントだろう。


「『KM』?」


 なんかの略称だろうか。ちなみにアイコンはカップル共有アカウントの末期に見られる黒塗りだ。


「はい、ここに林檎のマークのカードに書いてある数字を送れと」


「……詐欺のニオイしかしないんだけど」


「それで機能が解除されますから」


「なんだ、お前はヒトじゃないのか」


 機能、なんて言い方されたらそう思うだろう、普通は。

 というかそもそもメ〇カリ(以前の問題だが)で人身売買は禁止されてるだろ。

 

「……この服ダサいですよね。どうにかできませんか? それにお腹すきました」


「お前なぁ……」


 サラッとスルーしやがって。

 しかし僕は他人の秘密を暴こうなどという無粋な精神は持ち合わせていない。

 それが問題になった時に、また聞けばいい話だ。


 と、僕が持ち前の寛大さを発揮していたのだが、


「あと名前をつけてください。お前呼ばわりはイヤです」


 彼女の頬がムスッと膨れる。

 可愛いと思ったのが四割、欲深よくぶかだなと思ったのが六割。


「……じゃあ今から下のコンビニで適当なの買って来るから。服は明日で」


 明日は講義があるけれど、まぁ事態が事態だ。お天道様てんとうさまもきっと自主休講を許してくれるに違いない。


 僕は彼女のためにコンビニへと向かうべく、彼女に背を向けて。


「名前は」


 忘れるなよ、と、言葉の裏に隠された感情が伝わった。


「衣食住よりも大切かそれは」


「はい」


 背後の彼女は、言い切った。

 そこには何か、ある種の覚悟めいたモノを感じて。


「そっか。じゃ、帰ってきたらゆっくり考えよう。それでいいか?」


 振り向くと、少女はこくりと頷く。その顔は少し嬉しそうだ。


 ――名前、何にしようかな。


 僕はリズミカルな歩みで部屋を出た。



 

 

 


 

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