第五十二話・戦争終結編 夏祭りの乱


 目覚める。

 隣にはまぶたを閉じた――。


 あ、あれ。

 待て、ふざけるな。思い出せ。

 出会ったときのこと、あの雨のこと……。


 そして、なんとか思い出す。

 彼女の名前。

 名付けた彼女のこと。


「夕雨……」


 そう呟いて、僕は、彼女の金塊をそのままくしけずったような髪をく。

 額には汗。

 目覚めとしては、最悪の朝だった。



 *



 決めていたことがあった。

 七月二十二日。僕の中では、苺の日。


「なぁ、どこか行きたいとこあるか?」


 テレビを前に、夕雨と二人。ベッドを背もたれにして、眺める昼の情報番組。

 なるべく、時刻表示には目がいかないように注意して。


「理太さんの隣なら、どこへでも」


 そう答えて、僕の左肩に頭を乗せてくる夕雨。かかる重みが、心地いい。


「じゃあさ、お祭りにいこうぜ。結構大きなお祭りがあるらしくてさ」


 二人でお祭りに行く。実は僕の憧れだったりする。


「いいですよ」


 即答であった。


「本当にいいのか? 好きなこととかあったら言っていいんだぞ?」


「理太さん、昔に戻ってます」


 他意識過剰。

 駄目だな、弱っているとどうしても戻ってしまう。ここはそう、僕がリードせねば。


「私の好きなことは理太さんといることで、理太さんが幸せに生きていけることなんです。これはずっと変わらないんです。遠出して買ったタピオカが不味まずくっても、理太さんといられれば、それでいいんです」


「……なんでここでタピオカが出てくんだよ」


「……例えですよ、例え。気にしないでください」


 彼女は少し俯きがちにそう言った。彼女が流行に乗るとは、実に意外である。


「そんなに僕のことを想ってくれるなら、これからも一緒にいてくれよ」


「それとこれとは、お話が別なのです」


「別じゃないんだけどな……。まぁいいさ。絶対に離したりなんかしないんだからな」


 僕は言って、彼女と手を重ねる。


「今のところ勝敗は私の五百十勝五百九敗ですからね」


 すげぇ拮抗してんじゃん。

 というかその設定まだ生きてたのか。なんか結局は魂と魂のぶつかり合いかと思ってたんだけど。


「今日最後にキュンとさせた方に一億ポイントです」


「ほらな!」


 どちらにせよ、今日、僕は彼女の手を離すつもりは無いのだけど。

 と、決意を固めているところにピンポン、と鳴るチャイム。

 

 おう、やっと届いたか。


「何か頼んでいたのですか?」


「まぁな。夏祭りつったらやっぱり――浴衣、だろ?」



 *



 そこには、夏の空気が充満していた。


 暮れなずむ町の大通りは波と形容するに相応しい人でごったがえしていた。そこかしこから聞こえる笑い声と蝉の声が混ざり合って、エネルギーとして僕を揺さぶる。

 落ちかけの太陽の名残の熱と、刹那いまを楽しもうとする人の熱気は、感情を高ぶらせるには十分な熱量で。


 そんな心持ちで見る浴衣姿の夕雨は、それはもう、どんなに綺麗だったことか。

 

 淡い水色に、連なる花を垂らす藤の花柄は女性らしい曲線美にえ、その立ち姿は計算しつくされた芸術作品のよう。

 視線を集める鮮やかな金色の髪には、先ほどプレゼントした空色のちょうの髪飾り。『ちょう』の字と掛けられ、さなぎから蝶へと羽化する神秘性に込められたその意味は『不老不滅』。

 もっとも、バタフライエフェクト、というには少々出会いのインパクトが強かったような気がするけど。


 ここで告白するのなら、もう、僕の記憶はもう穴だらけで、確かなのは彼女の名前と『美少女・新品・3980円』の売り文句くらい。

 それでも彼女を想う気持ちにはこれっぽっちの欠落も無いと確信できるのなら、それでいい。これはきっと一過性のモノだろう。今日を過ぎれば、今まで通りの一か月にちじょうに戻るだろう。そう信じて。


 かつかつかつ――。

 喧騒に混じって、彼女の下駄が鳴る。

 どうせなら僕も甚平じんべいを着たかったのだけれど、浴衣のレンタル代が想像以上でして……。半袖半ズボンなんていう風情の無い恰好かっこうで申し訳ない。


「すごい人の数ですね」


 彼女は蒼い瞳に目いっぱい人の影を映して言う。


「まぁ県内でも有名なお祭りだからな。はぐれるなよ」


 僕は改めて夕雨の手を握り返す。

 すると彼女も、恥ずかしそうに、何回か力の加減をした後、ぎゅっと握り返してくる。


「これで晴れてバカップルですね」


 隣でむ夕雨も、心なしかテンション高め、なような気がする。


「そんなの言わせておけばいいんだよ。そんなこと言うやつは大抵ロクでもないぼっちだからな」


 その説得力は大きい。だってついこの間まで僕がそうだったのだからね。


「そういえば、バカップルとパイナップルって語感似てますよね」


「確かに似ているけれども今そういうくだらないダジャレ言ってる場合じゃないだろ……」


「そうですか? こういうお祭り時でこそダジャレって言うものなのではないですか? というかむしろ言うべきなのでは?」


「何の使命感だよ……」


「和の精神の継承、ですかね」


「んなわけあるか」


 まぁ、俳句や和歌では掛詞かけことばとして扱われて、それこそ千年以上前から親しまれてきている文化なのだから、一概には否定出来ないのであろうが、少なくとも軽薄なダジャレごときで受け継がれるべき代物しろものではない。


「そういえば、何か小腹に入れたいですね」


「あぁ、それなら屋台いっぱい並んでるし、お祭りフードなら選びたい放題だぞ」


 通り沿いにところせましと並ぶ屋台。茜と藍色交じりの空に照る提灯ちょうちんの明かりが眩しい。


「そうですね、やはりを意識するとなると――」


「いや、そんなこと意識しなくていいから」


 まぁ、女子ってのは想像以上に外見重視ってのは、妹の談だけれど。だからあんまり焼きそばとかは食べたくないのだとか。別に気にしなくてもいいのにな。


「そうですね、それではりんご飴を食べたいです」


 りんご飴、説明は不要であろう。


「おうさ。そんじゃ探すか」


 歩きながら、『りんご飴』の文字を探す。反対側(僕らは駅から歩いてきているので、方向的にはお祭りの主催である神社の方からということになる)から来る人の中にはりんご飴を持っている人も見かけるので、無いというわけではなさそう。


 人の波に抗うことなく、ゆっくりと歩きながら屋台を探していると、


「お祭りっていいですよね。皆が笑っていて」


 ふと、夕雨がそんなことを言った。

 僕もこの雰囲気が大好きなのでうんうんと頷いて、応える。


「分かるよ。こう、幸せエネルギーが伝播でんぱするっていうかさ」

 

「幸せエネルギーですか(笑)」


 鼻で笑われた。


「いいじゃんっ! 幸せエネルギーって素敵じゃんか!」


 というか話振ってきたのお前だろう。


「あ――りんご飴見つけましたよ。行きましょう行きましょう」


 ぐいっと手を引っ張られる。確かに進行方向にりんご飴の屋台を見つけたけれど。

 なんだか今日の夕雨は活発というか、活動的というか。

 .......焦っているというか。

 まぁ、彼女からしたら今日がタイムリミットな訳だから、当然のことかもしれないけれど。

 というか僕も大分心臓がドキドキしているし。なんとか平静を装ってはいるけど、いつも以上に周囲に気を張っているせいか、一歩が重く感じる。


「そういえば理太さん、今何時ですか?」


 突然問われる。


「え、あぁ。五時三十分」


「.......ありがとうございます。お礼にりんご飴のりんごの部分を差し上げます」


「好き嫌い別れるところじゃねえか」


「ちなみに私は嫌いです」


「そこは嘘でも好きって言えよ!」


 いや、意外といつも通りなのかもしれない。こういうところが、彼女の強さなのだろう。

 そんなことを考えながら、僕たちは屋台に向かった。



 

 


 

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