第五十三話・戦争終結編 金魚すくいとこぼれる雨粒
水色の浴衣に、エヴァ初号機(相変わらずお気に入りらしい)のお面を頭に被った彼女は、バリバリと小気味いい音を立ててりんご飴を頬張っている。
これぞまさにお祭りの光景、である。
「どうぞ、飴の部分はサービスです」
雑踏の中、夕雨はこちらを振り向いて、真っ赤なりんご飴を差し出してくる。
もちろん、食べかけ。
しかし、僕はそんなことでもう躊躇したりはしないのだ。
――バリバリ。
「うーん、やっぱ飴と林檎を一緒に食うのが一番美味しいよね」
「そ、そうですね……」
夕雨は顔を林檎みたい赤くして反応する。照れてる夕雨は超絶可愛い。僕のカノジョラブパラメータがまたしても上昇した。そろそろスカウターが壊れそうである。
直接のキスより、相手の食べかけのモノ食べるという行為の方がディープな感じがするよね。深い。
「すいません、今の時間教えてもらっていいですか」
やけに時間を気にするなぁ。そんなに花火が楽しみなのだろうか。
「六時だけど」
「……まだ時間がありますね。それではもう少し見て回りましょう」
またしても手を引かれる。僕がリードしたいのにな……。
いや、これはチャンスか。射的とかで活躍すれば、男らしさが急上昇するに違いない!
……なんか発想が小学生みたいだけど、そこは気にしてはいけない。少年の心って大事。
「お、おう。花火は確か七時開演だったしな。よっしゃあ! カッコいいとこみせてやんぜッ!」
*
「ミニゲーム有りの美少女ゲームだったらルート外れますよ、理太さん」
「……すまない」
握っているものは彼女の手と空しさくらいな僕と、ぬいぐるみやヨーヨーやチョコボール(ダースで)で腕一杯に抱える夕雨。
差は歴然であった。
いや、あのへっぽこ銃で全弾商品の角に当てるとか、もしかして従軍経験あんのかな……、と心配になるほどの腕前であった。射的のおじさん白目剥いてたぜ……?
「カノジョ的には、彼氏の活躍を見たいところなのですが」
「そうだよなぁ……あ、荷物持つよ」
「ありがとうございます……」
彼女の戦利品を受け取りながら、辺りをきょろきょろを見渡す。
くじ引きの出店があったけど、ここで良いのを引いたところで、運頼みしか出来ない男、と見られるのがオチだろうということは予測できたので、そのまま通り過ぎる。
「いろんな出店がありますね」
彼女が言う。その瞳には鮮やかな光。
「このお祭り結構でかいしな。しかも祭りの出店なんて儲け放題だぜ? わたあめの原価とか聞いたら嫌になると思うよ」
高校の学園祭でわたあめを売った時を思い出す。資本主義の悪い所を知ったような気がしたな。
「でも、この雰囲気を味わわせてくれるんですから、それはそれでいいのではないですか?」
「まぁな……」
「でも、やっぱり安さで言えば私にかなう商品は無いと思うんですよね」
「自分で自分を引き合いに出しやがった……」
まぁ、確かに家事なんでも出来て美少女で『3980円』なのだから、改めて考えてみても破格である。
維持費はそれなりにかかったけどな。
「それでもドン・キホーテにはかないませんが」
「ドン・キホーテへの評価が高い!」
確かに安いけど。激安の殿堂だけれど。
もっと自分に自信をもっていいと思うな!
「私もドン・キホーテに目をつけられていれば『1980円』になっていたかもしれません」
「価格破壊だな」
「
「まぁ身内が『1980円』で売られてたなら家格もなにも無い気がするけど」
あの派手なポップとともに夕雨が並んでいる光景はそれはそれでシュールだけれど。そうなっても僕はまっさきに買いに行くつもりである。開店と同時にダッシュを決め込むに違いない。
「理太さんは――どうでしょう。このまま活躍無しでは、理太さんの価値はレジ前のお釣り合わせの一円レベルですよ」
「もはや無価値!」
「いや、でもあれたまに役立ちますし.......」
「そんな苦しげにフォローするなら最初から言うなし!」
さて、そんな戦争最終日とは思えないどうでもいい会話をしながら。
やはり実力で勝負したいな、と思った矢先、目に映ったのは青いケースに張られた水に、その中を優雅に移動する赤い物体。
「――金魚すくいか。王道って感じでいいな。よし、ここで一発当てるか!」
目尻の垂れたおじさんに声を掛けて三百円と引き換えにポイを貰う。
目の前の水槽には無数の金魚たち。そして目を引く出目金がちらほらと。
いったん荷物を置いて、それでも夕雨の手は離さずに、彼女にお椀をもってもらう。
まずは手始めにと、手頃そうな小さい金魚にロックオン。
水面に浮かび上がる時を見計らって――。
「ゲットだぜ――ってうぉおお!?」
確実に
「そこは『ゲットできそう!』でしたよね」
「なんか嫌だなそれ」
新しいポケモン捕まえようとするたび失敗フラグを立てまくる主人公ってどうなのよ。
にしたってこの僕の無能さはいかがしたものか。流石に情けなすぎるぞ。
「理太さん、コツをお教えしましょうか」
と、夕雨。
ここは頼るしかあるまい、と僕は頷く。
「あのですね――」
と、夕雨は熱弁を始めた。
途中から物理学っぽい話まで始まってしまったので、省略することにする。やっぱりすごい頭良いよな、夕雨。
というわけで伝授してもらった金魚すくいのコツを自分なりにまとめてみる。
ひとつ、ポイは斜め四十五度の角度からすっと入水させる。
ひとつ、金魚は追っかけない。
ひとつ、頭やお腹の部分を狙う。
……だそうだ。
聞いているおじさんが終始苦笑いをしていたので、恐らく効果的なやり方なのだろう。
僕は言われた通りにポイを斜めに構え、一撃離脱の心構えをもって水面近くの金魚を狙う。そして腹のあたりに素早く差し込む。
するとどうだろう、いとも簡単に金魚が一匹、また一匹とお椀の中に収まっていくではないか。
すくう。
掬い上げる。
イメージとしては、そうだな。眠れない夜に羊を数えていくリズムに近いかもしれない。果たして眠れない夜に羊を数えるのかは別として、とにかくそんな調子である。
「凄いな.......なんか自分でやってて引く」
「あまりに作業的でカッコいい、という感想が浮かんできませんね。一周回って全然ダメダメな方が母性が湧いてくるので、そっちの方が好感度高めかもしれません」
「骨折り損だな」
「
「程度を骨で表さないで.......すげえ痛々しく聞こえるから」
しかも鼻骨とか、結構リアル。まぁ、この店の店主は現在進行形で鼻をへし折られたような顔をしているけれど。
「でも、そうですね。骨折り損にはしたくありませんよね」
「……? まぁ、そうだな」
僕は適当に頷く。
そして呆けている店主に、大丈夫ですよ、と声を掛け、僕は夕雨からお椀を受け取ると、金魚たちを元の水槽へと戻す。これからすぐに帰れるわけではないし、僕がかえるのは『美少女・新品・3980円』で、いっぱいいっぱいなのだ。
――でも、それならば。
飼い主たる僕が、リードを離すべきじゃないことくらい分かるだろう、と。
十数分後の僕が後悔することなんて、知る
知っているべきでは、あったのだけれど。
右手にポイ。左手にお椀。
しばらくぶりに開放された左手の腕時計の時刻は六時四十分。
もうそろそろ花火の場所取りを始めるべきだろう。
「夕雨、じゃ行こうか」
「――――」
返事が無い。
どこかよそ見でもしているのか。
振り向く。
隣には水色の浴衣を着た――見知らぬ少女が熱心に水槽の中を覗いていた。
夕雨では、ない。
「夕雨――?」
立ち上がって、辺りを見渡しても、彼女の姿は見えない。
お嬢ちゃんなら走ってどこか行ったよ、と店主。
それを聞くやいなや、僕は脚に力を込めて、突風のように駆けだす。
後ろから荷物置き忘れてるよ、と声がしたけど、構うものか。
僕は今、一番忘れちゃいけないものを、忘れようとしているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます