第十八話・興野理太改正案の可決

 流石に部屋の内装を変える時間は無かったのか、モノの少ない質素な部屋のままだったが、それ故にメイド二人の存在は特異に映った。


「はい、お兄ちゃんとご主人様。富士山麓さんろくで取水した天然水だよ」


 トレイに乗せられたグラス。中身は透き通った透明。

 それが男子大学生の前の食卓にコトリと置かれる。僕の目はそのグラスに蛇口の水が注がれていたのを目撃している。


「そこの浄水場で塩素殺菌した水だろ」


「何事も雰囲気でしょ」


「富士山麓の水を推すメイド喫茶の雰囲気は分かりかねるな」


 メイド喫茶に自然を大切にするイメージはない。メイド服にエコマークが書いてあったらなんか嫌だろう。


「雰囲気で言うなら”メイドの聖水”って方が良いんじゃねぇか?」


 航一の一言。


「その単語をさらっと言えるお前の精神力な」


「航一さんってそんな人だったんですね」


 妹が通行人を警戒する猫のような目で彼を睨む。


「俺はどこまでもいっても俺さ(キラッ)」


「爽やかな笑顔キメても聖水発言は打ち消せないからな」


 流石にイケメンとはいえド変態発言はさすがにカバーできまい。


「――ま、航一さんなら仕方ないかな」


「イケメン強ぇ!?」


 不平等は平等に撒かれるものなのだな。

 というか”聖水”発言を仕方ないと思われるパーソナリティってどうなのさ。


「そういえば興野妹、メイド喫茶(仮)って何をしてもらえるところなんだ?」


 航一が問う。


「サービス?」


 随分と大雑把だな妹よ。


「高校の時はお茶とかオムライスとか色々出したけど、今はそんな気分じゃないし」


「気分で仕事を中断してもいいのか」


「メイドだし、いいんじゃない?」


「そうなのか、へぇ~」


「おい納得するなよ馬鹿。

 そもそもこれはアイツのためのイベントだろう。肝心のやつがいなきゃ始まらないだろ」


 やつとはつまり、夕雨のことだ。

 僕らが部屋に通されたときにはいたのだが、いつのまにか夕雨の姿は消えていたのだ。


「夕雨ちゃんはスーパーに買い出し中です」


「あの恰好でか!?」


「あ……忘れてた……」


 うっかり、といった風に手を口元に添える妹。

 ただでさえ浮いているというのに、その上メイド服着用済みなんてきたら……うぅ、胃が痛くなる。

 あいつは気にしないだろうけど、その分のツケは僕に回ってくるのだ。近所のおばちゃんに「変わったご趣味なんですね」と言われた日には、玉川上水にて華麗な飛び込みを決めてしまうことだろう。


「人類のメイド好きなんて今に始まったことじゃないし、今更誰も気にしないだろ」


「お前の中のメイドはどれだけ普及してんだよ……」


「一家に一人?」


「ルンバか」


「ったく理太は気にしすぎなんだよ。誰もお前なんて気にしてねぇし見えてもいねぇよ」


「流石に見えててはいてほしいんだけども」


「お兄ちゃんそういうところあるからなぁ。自意識過剰っていうの? 直した方がいいと思うな~」


 トレイをキッチンに置いた妹は、座っている僕の背中にくるりと回り込んで、両手をそれぞれ僕の肩に置いて言う。メイドがやるような仕草ではない。


 ――いやしかし……重くなった成長したなぁ、妹よ。


「僕だって直した方が良いとは思ってるけど、そう簡単には治らないんだ」


 僕の自意識・他意識過剰があまり良いことでないことくらい分かっている。そうじゃなきゃ「僕みたいになるな」なんてことは言えない。

 しかし、だからといって一朝一夕に直せる癖ではないこともまた確かで。


「夕雨ちゃんに『僕のこと、どう思ってる?』とか聞いてないよね……? 流石に引くんだけど……」


「なんでリアクションがやってるていなんだよ。流石にそんなこと聞きやしないよ。それこそ怖いし」


 そう答えると、航一がはぁ、とため息をついた。


「友人としての忠告だけど、もっと積極性を持っていった方がいいと思うぞ。同じ屋根の下に寝てるんだろ? それこそがっつく感じでさ。

 いとこにがっつくって……うん、引くな」


「お前から言っておいて勝手に引くな」


「いとこ……?」


 妹が首を傾げる。

 あ、こいつには言ってなかったな、夕雨の設定。

 航一に聞かれないように、小声で設定を伝える。

 妹は軽く頷くと、僕の肩をトントンと叩いて、


「――ねえ、夕雨ちゃんにしたら?」


「……へ?」


 いや、この妹はいったい何を言っているんだ?


「そりゃいいじゃん。やろうぜ。あの娘、どう見ても理太の親族には見えないし」


 どうやらバレていたらしい。

 ――とはいえ。


「いや、だから何言ってんだお前ら」


 カノジョ? 夕雨を?

 

「だって普通に考えてさ、そこに至るまでにどんな経緯があったとしても、二週間も同じ屋根の下で暮らしてるわけでしょ? そういう関係になるのが自然じゃない?」


「不自然だろ」


「「自然だ(よ)!!」」

 

 二人が声を揃えて叫んだ。

 え、なに、世の中ってそんなにただれてるの? ボクちゃんショック。


「――ほんと控えめというか、こじらせてるよね、お兄ちゃん。顔も悪くないんだし、スペックはまぁまぁ高いんだからもうちょっと自信もっても良いと思うんだけどな」


「まぁ俺よりは下だけどな」


 航一はさらりと茶髪を梳いた。


「今僕を褒めるシーンだったろ!」


「どうせ信じられないとか言い出しただろどうせ。ったく、お前になんか気ィ使わないってのに」


 呆れたように言う航一に同意するように、妹の髪の尾っぽが上下に揺れる。

 まぁ……説得力はあるけど……。


「僕があいつと付き合うのか……いや、可能不可能はおいておいてだけど」


「お似合いだと思うぞ。というかあんな美人を前に理性を保っていられたお前が異常」


 こいつに『ベッドの上で誘われた』なんていったらどんなリアクションするんだろ……。確実に目玉は飛び出すよな。現代の鬼太郎のはじまりはじまりである。

 と、異常性を指摘した航一に、妹が続く。


「めちゃくちゃカワイイし、なんでも出来るし、たしかにちょっと変わってるトコロはあるけど、すごいいい物件だと思うよ。同じ女子から見ても。

 それに『好きなコト探せ』っていうんだったら、自分から見本みせなきゃダメじゃないの?」


「それは好きなであって、好きなではないだろう」


 一文字違いで大違いだ。筋肉きんにく大蒜にんにくくらい違うぞ。


「だったらお兄ちゃんは夕雨ちゃんのこと嫌いなの?」


 航一の隣に、僕から見て十一時の方向にいる妹が問う。


 嫌い……? 


「嫌い――ではないけど」


「じゃあいっちゃえ」


「いっちゃえいっちゃえ」


「んな無責任な!

 『愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりません』って言うじゃない  か!」


「お兄ちゃん愛が重い」


「それにそんなこと言うのは中原中也しかいねぇ」


「……え、マジでやるの……?

 付き合うって、好きな人とやる行為じゃないのか」


「付き合えば好きになるって。これ女子高生の格言」


「そういうものなのかな……」


 夕雨のことは嫌いじゃないし、むしろ好感を持っているくらいだけれど……それを恋愛感情とごった煮にしてもいいものなのか?


「まぁ好感度上げは必要だけどな。とにかくアタックしてみろって。あんな可愛い娘がカノジョになれば嫌でも自信つくぜ」


「妹としても安心できるし……うん……」


 ん。

 なんだよその間は。それらしく目を伏せちゃって。


「とーにぃかーくぅ! お兄ちゃん変革計画、始動っ!!」


「「いえええええい!!」」


 妹(メイド)が右手を振り上げると、航一もノリノリで腕を上げる。さながらライブで合いの手を入れるアイドルファンのごとく。


「……いえーい……」

 

 大丈夫なのかな……うーん……。

 これで僕がいい方向に変われるのならばいいんだけど……。

 


 





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