第二十七話・僕のしっそう
暗闇を走りながら、夕雨のことを、考えていた。
フワフワとしていて掴みどころのない彼女。物事の核心を隠し続ける、忠実なる僕のモノ。
僕はそんな堅苦しい関係を拒んでいたけれど、いつの間にか、刷り込まれるように、彼女は、僕のモノなのだと、思っていたのかもしれない。
――いや、それも違うか。そこには、僕の意思があるはずだから。
僕は、彼女が僕の物だと、対象の永続性を信じたかったからこそ、僕は、そう考えるようになったのだろう。まったく、なんて失礼な話だ。
――でも、考えるのは、苦しい。
彼女が本当は何者で、どこから来たのかなんて考えるのは、ひどく苦しい。
明確な始まりがあったとするならば、そこには明確な終わりが存在するということだ。
僕たちの関係は普通じゃない。普通じゃないからこそ、この関係は延々と続くものではないと分かっていた。それだけが唯一、僕の分かることだった。
いずれ地球が壊れるように、いずれ太陽が爆発四散するように、人類が宇宙の膨張が止まったことを知ってしまったように、この関係は、いずれ終わる。
終わりを知るのは、辛い。
そんな思いをしてまで、口を閉ざす彼女の気持ちを害してまで、僕は、僕のやりたいことを押し通そうとは思わない。僕が知りたかったのは、彼女の
だからこそ、もう少しは、長く続くと思っていた。
もちろん、僕よりも彼女に相応しい人がいるのであれば、その時は、笑顔で、彼女を、見送ってやろうと考えていた。
でも、その時だって、別れの台詞の言ってやれるくらいの時間は、あると思っていた。
彼女がくれた
等間隔に僕を照らしては後方に去って行く白色の街灯。時折入れ違う車のヘッドライト。それはどれも無機質で、彼女の金色ではない。
「――ハァ……ハァ……ッ」
激しく膨張と収縮を繰り返した肺が痛む。身体が焼けそうなほどに熱い。汗が滝のように流れてシャツをびっしょりと濡らす。
僕は根っからのインドア派なのだ。僕をこんなに走らせるのは……僕の不注意のせいか。
走って、走って、走った先に、辿り着いた大学の裏門。広大な敷地と豊かな自然が故に、なかば森への入り口と化した場所。
その脇で、看守のおじさんが気だるげに立っているのを視認する。まったく、そんなに暇なら僕の代わりに走ってくれよ、おっさん。
「すいません。金髪の女の子を見かけませんでしたか……こう、新品っぽいやつです」
写真が無いがためにこんな説明しか出来ない。見つけられたら、そん時は写真でも撮っておこう。
にしても、新品っぽいやつってなんだ。
案の定、看守は怪訝な顔をして、首を横に振った。
僕は礼を告げると、そのまま門をくぐる。違う入り口から入った可能性もあるからだ。
辺りはまさに森。五メートル先は闇、といったところだ。そして先の公園以上の青臭い自然の匂いが嗅覚を刺激する。
……不快だ。
それでもなんとか目を凝らして、僕は彼女の姿を探すが、見当たらない。
走って、歩いて、ぐるりと見渡して、走って、歩いて、心臓を落ち着けて、大学内を彷徨う。
食堂……空っぽ。
本校舎……静寂。
講堂……真っ暗。
――いない…………いない……いない、いない! いないっ!!
航一らからの連絡もない。
夕雨、お前はどこにいるんだ。
夕雨、お前は何を考えているんだ。
お前の望みは、なんだ……?
――なぁ、夕雨。
答えてくれよ。
僕が悪かったからさ、頼むよ。僕のビビりのせいで、ほんの少し気持ちを伝えるのが遅くなっただけじゃないか。
大切なものがいなくなって初めてその価値に気付く、だなんてありがちな展開に、させないでくれよ。
なぁ、夕雨……!
走り続けて、走り続けて、走り続けて。
いよいよ体力が果てて、路上に膝をつく。
ぽたりと、頬を流れる水滴。
雨――。
次第に強くなって、僕の全身に強く打ち付ける。
そういやあいつ、傘持ってなかったよな……。
ポケットをまさぐる。空っぽ。
どうやら財布を持ってくるのを忘れたようだ。
膝に手をついて、立ち上がる。
そして僕は、夕雨のいない大学を後にした。
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