第三十三話・僕らのラブコメ


 翌朝。

 チンッ、とトーストの完成を告げる甲高い音で目を覚ます。

 スマホを開く。日付は十三(日曜)。時刻は十時。


 大分遅くなっちゃったなぁ……。でも、彼女が朝食を作っているところを見ると、彼女もどうやら起きるのが遅かったようだ。彼女もきっと疲れていたのだろう。昨夜、逃げていると思わせて、僕の背後を取り続けていたわけだしな。


「……おはよ、夕雨」


 キッチンで忙しなく動く彼女の背中にご挨拶。相変わらずのカエル寝間着のままなんだが。


「おはようございます理太さん。ずっと手を握ってくれていてどうもありがとうございました。おかげでしばらくは左手の感覚が無かったです」


「ぶふぉ!?」


 まさか、あのまま寝てしまっていたのか!

 恥ずかしぃ~!

 手汗とかかいてないよな……ってなんだ、ちょっとしょっぱいニオイがするぞ!


「ですが、跳び起きたおかげで快活な朝を過ごせました。それを鑑みると悪くは無いかもしれません」


 僕の脳内に、朝目が覚めて、手を握られていることに気付いた夕雨が飛び起きる映像が再生される。あー、いいなそれ。


「なんだ、結構前に起きてたのか」


「はい。ですが朝食を作り始めたのはついさっきです。所用があってコンビニに寄ってましたので」


「コンビニ?」


「はい。『たまごクラブ』を買いました」


「気が早ぇよ!? せめて『ゼクシィ』だろ!!」


 いや、結婚雑誌も大分気が早いと思うんだけど。


「朝からいいツッコみですね」


「お前に散々鍛えられたからな――あ、手伝うよ」


 そんなこんなで、朝食。

 彼女の来る前は適当に菓子パンを食べたり、あるいはそもそも朝食を抜いたりと凄惨たる食事事情だったのだが、今ではトーストにベーコン、サラダにオムレツとホテルでしか見ないような献立が続いている。

 そして向かいに美少女。多分僕の朝は世界で二番目くらいに充実している。一位は不動のビル・ゲイツ。


「――あーん、してあげましょうか」


 突然、彼女は言った。言うまでも無く、カエル寝間着姿である。


「……どうした、突然」


「カレシにはこうしてあげると喜ぶ、と雑誌に書いてありました」


「おいさては色々雑誌買ったろ! 後で見せてみろ。夕雨のことだから悪用しかねん」


「これは日経新聞情報です」


「日本の経済が『あーん』で回されてたまるか!」


 何故変なところでボケるんだ。

 慣れたけどさ。


「それでは、ベーコンをあーんしてあげますね」


 フォークでベーコンを持ち上げる夕雨。


「ちょっと待て何でよりにもよってベーコンなんだ。それじゃまるで犬の餌付けみたいじゃないか」


「???」


「なんで首を傾げる――って分かったぞ。さては最初から餌付けのつもりだったんだろう!」


 にっこり。

 一番笑って欲しくないところでとびっきりの笑顔見せやがった……ちくしょう、可愛いじゃねぇか……!

 しかし、どうやら餌付けは本当の話だったようで、まさに胃袋を掴め作戦を実行していたようだ。なるほど、だから自炊しようって勧められてたわけか。

 はーん。女子って怖い。


「むむ。それなら理太さんがあーんしてくださいよ。逆餌付けです」


 餌付けという単語から離れてくれ。

 いくらこういう関係になったとはいえ、そんなすぐイチャラブするってのも品が無くないか? とは思いつつ。こうして躊躇ばかりしては昨日のようなことになりかねないのもまた事実。


「あーん――」


「…………」


 大きく開けられた彼女の口。並びの良い白い歯が覗く。

 こうなっては、やるしかないか。

 といっても僕はもう結構食べ終えてしまっていて、残るは目玉焼きを乗せたトースト四分の一しかない。ちょっと楽しみにしておいたのだが、仕方あるまい。トーストを手で丸め筒状にすると、彼女の口にそのまま突っ込む。


「――はむ」


 彼女は頬張る。

 僕の人差し指と一緒に。


「お、おまっ! ゆび、指っ!」


 感想一覧箇条書き。

 ・温かい。

 ・ウェッティ。

 ・エロい。

 ・超エロい。


 彼女は僕の反応を見て、楽しむように妖艶に笑むと、舌で僕の指を舐め回す。柔らかく、しっとりとした感触。舐めとるように、絡めとるように。

 ひゃぁ~。なんかすごい積極的じゃ~ん。

 しばらくして彼女は満足したのか、ちゅぽんと僕の指を離した。案の定、僕の人差し指はぬらりと煌めいていた。


 もぐもぐ、ごくり。


「美味でしたね。寝ている間に下味をつけていたのがよかったですね」


「指からしょっぱいニオイがしたのはそのせいか!!」


 寝ている間に調理とか、某注文の多い料理店よりたちが悪いぞ。


「どうぞ、あとはじっくり間接キスのお時間ですよね。トイレなら朝綺麗にしておきましたよ」


「朝からそういうネタやめろよ! あと手はちゃんと洗うからな!」


 何度目になるか分からないけれど、言っておく。

 僕はそこまで変態じゃない。


 と、有言実行のために洗面所で手をすすぐ。

 まったく、いつになく積極的というか、大胆というか。

 僕の心臓は持ってくれるだろうか。今のうちに強心剤でももらっておこうかな。



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