第四十話・伏線のない彼女の秘密


 ニトリで買ったお洒落系の掛け時計は、気だるげに深夜二時――ではなく、一時を指していた。お洒落なのはいいけど、数字のデザイン凝りすぎて時間分かんなきゃ意味ないと思うんだよね。


 先ほどの薄暗かった状況から一転。電気をつけて、ちゃぶ台を前に夕雨と正座で向き合う。ホットパンツは穿かせてある。

 怒涛のトンデモ展開が続いたため、ここで一旦整理しようとのことで開かれた真夜中の臨時会議。参加者はもちろん僕と彼女のふたり。


「夕雨、整理しよう」


「はい、整理しましょう」


 この一時間で色々なことを知った、教えてもらった。その情報量はすさまじく、ここらで整理しなければやっていけない状態。いや、量というか質の問題か?

 とにかく。


「僕として一番気になるのは、わ、別れ話の件なんだけど」


「その辺を色々と説明しましょう。せめて、理太さんの中の私には――」


「ん?」


「……いえ、それでは講義を始めます」


「あ、講義スタイルなんだね」


 というわけで、夕雨学の講義が始まった。





「現在、2019年。リニアモーターカーが本州を縦断し、5G回線による超高速通信が実現した、華々しき科学の時代です」


「まぁ、確かに本州を三時間で縦断できるリニアは便利だと思うし、VR世界はもはや一つの違う世界として成立してるし、考えてみればすごいと思うけど」


 技術の凄さは、その凄さを感じさせないことにある。もちろん、研究者は違う感想を持つのだろうが、ただ恩恵を享受する僕らとしては使だけで、これといった感動は無い。

 データとして、数値として過去と比べるなら凄いと思うことはあるけど、わざわざそんなことをする必要はない。

 僕らはよく分からないものを、よく分からないまま使っている。あの時計の仕組みだって、僕は知らない。

 

「しかし、それでも人間が探求を止めることはありませんでした。それは利便性の追求のため、知的好奇心を満たすため、あるいは……今では叶わぬ願いを叶えるため。

 そしてその果てに、私たちは時空間跳躍タイムトラベルを可能にしました。ある一人の、妄執によって」


 夕雨は言って、窓の外を満たす夜闇を見つめる。誰かを憐れむような、そんな目をして。

 

「へぇ……タイムトラベルか、そりゃすげぇな……って、え!? タイムトラベル!?」


 少し遅れて、その単語の非現実さに慄く。説明するまでも無い、夢物語の象徴。創作物でよく見る、あの、タイムトラベル? 世界線とか移動しちゃうやつ?

 にわかには信じられない話であるけど、夕雨の表情を見る限り(といってもいつもの無表情)、ボケているように見えない。


「はい。時空間跳躍です。今回は試験的な運用。いや、これは未来でのお話ですから、試験的な運用、の方が正しいですかね」


「いや、今日本語の曖昧な時制表現について正確性を求めてはいないから」


 でしょう、と言われるとちょっと不安になるし。不確定な感じがして。


「それで、その試験的運用の第一号にと、この私が過去、つまり現在に送られたわけです」


「……それって、かなり凄いことじゃない?」


「紛れもなく、世界を変える技術でしょうね。世界を滅ぼしうるものを、たったひとりのために生み出した開発者は相当頭がイカれてますよね」


 スケールがデカすぎて、正直現実として受け止められない。冗談ならここら辺でネタ晴らしをしてほしいところだけど、そんな雰囲気は微塵も無い。


「……なんか在り来たりで申し訳ないけど、証拠とかないのか?」


 夕雨は、うーんと思案して。


「申し訳ありません。未だパラドックスについては未解明な部分が多いため、迂闊うかつに話せないんです。ですので、今まで私が一切未来の話をしなかった、というのが証拠ですね」

 

「なんかズルいなそれ!」


 普通、何気ない日常パートで天気当てたり、試験問題を教えてくれたりするのが伏線とかになっているんじゃないのか? これでは予想というか、予測できるわけがない。

 いやまぁ、いくらそんな伏線を張られていたとしても、カノジョが未来人かも、なんてことは絶対に考え付きもしないだろうけど。


 それに、確かに夕雨が一切未来の話をしていなかったのは事実だ。『明日は雨ですよ』などと、天気予報の話なんかは聞いた覚えがない。しかし、していないものに対して注意を払えるほど、僕は暇じゃなかったのだ。


「そして、繰り返すようですが、今回はあくまで試験的運用です。この結果を未来に持ち帰らなければなりません」


「だから、一週間後に別れようと」


「そうです」


 彼女はこくりと頷いた。

 

「なぁ、それ僕と別れるための壮大な嘘とかじゃないよな?」


遅刻したときに困ったおばあちゃんを創造するとか、部活サボるために親族を入院させる(したことにする)みたいなね。

なんかこうして例を上げてみるとタイムトラベルの話が随分とぶっ飛んでいるように思える。比喩的にも物理(?)的にもぶっ飛んでいるのは確かなんだけども。


「私だって別れたくはないんです。まったく、理太さんはどれほど私に愛されているかを理解すべきですっ」


 むっとした表情で僕を見つめる彼女。やばい、ちょー可愛い。


「と、いうことなのですが、ご納得頂けたでしょうか」


 問われる。

確かに、理解はした。どこか他人事で、現実感はないけれど、分かった気ではいる。


しかし、しかし、しかし。


納得したかどうかは、全く別の話なのである。



 

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